第9話:雪峰病院の孤独
雪が深々と降り積もる夜、病院棟は静寂に包まれていた。
氷室アサギはユナを抱え、廊下を慎重に進む。
赤い非常灯が影を伸ばし、壁や床に長い影を描く。
外界から完全に孤立した雪峰病院は、まるで凍りついた牢獄のようだった。
「……このままじゃ、誰も助けに来られない」
氷室は低く呟く。
手の震えが、焦燥と緊張で増していく。
だが、止めることはできない。
優しさを捨てることは、命を諦めることと同義だからだ。
結城セイが氷室の後ろに立つ。
「孤独だが、君の判断がすべてだ。システムも、封鎖も関係ない」
冷静な声だが、氷室には重みがある。
孤独の中で互いに頼れる存在が一つだけある——
それが結城であり、少女ユナだった。
ユナはまだ微かに震えている。
彼女の手を握る氷室の指先は、震えるながらも確実に生命のリズムを感じ取る。
心拍の微細な揺れ、呼吸の不安定さ、皮膚の温度……
機械では測れない、命そのものの微細な信号を手が受け取る。
「怖くても大丈夫。私がいる」
氷室は小さく呟き、手の震えを抑えようとせず、むしろその感覚を頼りにユナを支える。
彼女の震える手は、精密な手術で培った感覚を超え、心と体を結ぶ唯一のツールとなった。
廊下の奥、監査AIのカメラが無機質な目で二人を追う。
その冷たい視線は、人間の感情を理解せず、ただ規則を遵守させようとする。
だが、氷室は知っている。
機械は理解できない、命を守るための微細な感情と判断があることを。
「止まらないで……」
少女の声が胸の奥で響く。
その声は恐怖ではなく、希望の震えとして手に伝わる。
手の震えと心の決意が融合し、氷室は一歩一歩前へ進む。
赤い警告ランプが廊下を赤く染める中、雪峰病院の孤独は増す。
外部との通信は断たれ、閉鎖された施設内に二人だけの世界が広がる。
しかし、孤独の中で感じる絆と信頼が、氷室の手を止めさせない。
「守る……私が守る……」
心の奥で誓いながら、氷室はユナの小さな体を抱き、廊下の先に待つ未知の危機へ向かって進む。
雪峰病院の孤独は、二人の覚悟を試す最初の試練に過ぎなかった——。




