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第5話:ユナの涙

病院棟の小さな個室。

窓の外は雪に覆われ、世界が白に沈む。

氷室アサギは静かに扉を開け、そこに横たわる少女を見下ろした。


少女の名はユナ。

淡い銀色の髪が枕に広がり、顔は眠っているかのように静かだ。

しかしその胸はかすかに揺れ、呼吸は不安定だった。

小さな手に触れると、氷室の指先は自然と震えた。

手の震えは医師としての欠陥かもしれない。

だが今、この手は誰かを守るためだけに存在している。


「……ユナ、しっかりして」


声は柔らかく、無理に感情を押し殺すことはしない。

彼女は数字では救えない。

心拍計やモニターの数値は、医師の技術だけでなく、感情の微細な振動にも反応する。


ユナの目がゆっくりと開いた。

大きく澄んだ瞳に、微かな涙が光る。

「……先生、また来てくれたんだね」


氷室は手を握り直す。

涙は医療データには記録されない。

だが、その一滴が、患者の命に、医師の手に、確実な影響を与える。


「君の手術は成功する」


声に力はない。

だが、胸の奥の決意が、言葉に自然な重みを与える。

ユナは微かに微笑み、震える声で答えた。


「……先生、私、怖い」


その一言で、氷室の心臓が締め付けられる。

この世界では、感情を露わにすることは“罪”とされる。

それでも、彼女は手を止められない。

震える手に、少女の存在がさらに重みを与えるのだ。


結城セイが廊下の扉の隙間から顔を出す。

「氷室先生……感情値がまた上昇している。危険だ」


氷室は軽く眉をひそめ、だが表情は変えない。

「構わない。君を守る手は止めない」


ユナの涙は一粒、床に落ちる。

その瞬間、氷室の手はさらに微細に動き、生命のリズムを読み取る。

震える手が命を抱き、守るために動く。


雪の光が窓から差し込み、ユナの涙と手術室のモニターが同じ光を反射する。

この小さな部屋で、二人だけの世界が確かに存在した。

そして、外では封鎖の兆しが確実に迫っている。


「怖くてもいい、でも一緒に生きよう」


氷室の言葉が、ユナの胸に届く。

小さな手が氷室の指に触れ、力を与える。

震える手は止まらない。

この瞬間、氷室は確信した。


優しさが罪になる世界でも、手を止めなければ、誰かを救える——。


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