1.『ヲタク』の『セカイ』
セカイ「んはっ!?」
我ながら、まぬけな寝ぼけ声だった。
女子高生2年、小多九世加依オタクセカイ。
『また…同じ『夢』っ‥』。
なぜか頬を涙が伝っていた。
セカイ(変なの…)
少女が泣いている、同じ夢だ。
世加依は眼鏡を掛けなおし、口端のよだれを拭いた。
目の前のPC画面には乙女ゲーム『ジャック&プリンス』の推しキャラ「デルゼア・クロスフォード」が映っていた。
デルゼア「私にとってキミは、唯一無二の存在なんだ。だから貴女でなくてはダメなんです」
という甘いセリフがテキストで表示されている。
艶やかな黒髪に切れ長の眼をした美顔。
セカイ「ぬふふう…」
推し「デルゼア・クロスフォード」の甘い言葉に世加依はウットリした。
胸をまさぐられるような、鋭いときめきを感じる。やっぱり『ジャック&プリンス』ではデルゼア様が一番だ。
そんな確信を心に抱く彼女の部屋。
アニメ・マンガ・ゲーム・フィギュア・プラモデル・本などが並ぶまさにヲタクでヲタクによるヲタクのための部屋だった。
夜風で風鈴が鳴り、純白のカーテンがたゆたう。
夜空には星は見えず、半月だけがひっそりと浮かんでいた。
世加依は立ち上がり、窓を閉めた。
セカイ「寒くなってきたな……!」
季節は秋を迎えつつあり、夏の暑さから寒さへと気温は移行しつつあった。
バタン。
空気が密閉され、部屋は何人も立ち入れぬ空間となり、彼女のヲタ活が再び始動した。
デジタル時計にはPM23:01と表示されており、日付は8月31日となっていた。明日から夏休みが終わり、新学期が始まるが、オタクの就寝時間は遅いのだ。
そんな彼女を見下ろすひとつの存在があった。
夜空に浮かび、月下で光り輝く、白髪の不思議な少女。
少女は只々、窓を閉めた世加依の姿を見下ろしながら、口元に「ふふふ」と笑みを浮かべていた。