女王の誇り
エセリオンの水晶の大広間で、女王イゾルデは魔法の鏡を手にしていた。
彼女は密偵たちからの合図を待っていたが、映ったのは虚ろな反射だけだった。
暗号も、魔力のきらめきも、一切ない。
イゾルデは動かずに立ち尽くした。黄金の瞳が虚空に固定されている。
「…どういうこと?」
十四歳の時から、イゾルデは「エセリオンの天才」と呼ばれてきた。
五手先を読む戦略家。
水晶をまるで自分の身体の一部のように操る魔導士。
そして、政治的な計算で一度も失敗したことのない女王。
…それなのに、今。
最も単純な作戦——密偵を潜入させる——その試みが、沈黙のまま終わった。
側近たちの間に不安のざわめきが走る。
「女王陛下…発見されたのでは?」
「あるいは、跡形もなく…排除されたのかも…」
イゾルデは、優雅な手の動き一つで全員を黙らせた。
—「それはあり得ない。
この者たちは、発覚しても生き延びるよう訓練されている。」
だがその瞬間、彼女の心にわずかな疑念が差し込んだ。
「ハルトという男は…一体何者?」
「エセリオンの密偵よりも深く、影を操る者など存在するのか…?」
わずかに、誇りが揺らいだ。
その揺らぎを、側近たちは見逃さなかった。
魔導顧問のセラフィーヌが、静かに言う。
—「陛下…これは、ただの敵ではないのかもしれません。」
イゾルデは目を細め、静かに思索した。
—「私はこの目と知性、そして計画に絶対の自信を持っていた。
それゆえに人々は私を“天才”と呼んだ。
だが、もし影の王国が私に疑念を抱かせたのだとしたら——
私は、この目で真実を確かめる必要がある。」
女王は玉座を立ち、侍女に命じて一つの宝箱を運ばせた。
中には、黒の絹でできた旅装束が納められていた。
宝石もない、軽く質素な、変装用の衣。
—「私はエセリオンの女王としてではなく…
一人の“真実を知りたい女”として行く。」
月が水晶の塔を照らす夜、イゾルデは密かに王宮を後にした。
誰一人として、彼女を止められなかった。
「ハルトという男が本当に存在し、
私と同じ“天才”ならば——
…それが怪物かどうか、この目で確かめてやる。」
夜風がその言葉を運ぶ中、馬車は闇に向かって進んでいった。
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