門前の別れ
保育園は静まり返っていた。
電気は消え、園庭に子どもたちの声はもうない。
だがその夜、小さな影がその沈黙の中を歩いていた。
レンジ――布団を抜け出し、ひとりで園に戻ってきたのだ。
彼は色とりどりのマットの上に腰を下ろし、壊れたミニカーを手にぎゅっと握った。
眉間には深いしわ。
「いつもミツキばっかり……
みんなミツキの味方。誰も僕のことなんか見てない。」
ぽた、と涙が車のおもちゃに落ちた。
だがすぐにその顔は、悔しさと怒りで歪む。
その瞬間、足元に不気味な光が差した。
黒く濁った結晶が、闇の中から現れる。
小さな手のひらほどの大きさ。
その表面は脈打つように光り、まるで病んだ心臓のようにうごめいていた。
レンジは一瞬たじろいだが、逃げなかった。
その結晶は、まるで彼を見つめているようだった。
そして…
頭の中に、誰かの声がささやく。
「わかるよ……
君がどれだけ理不尽に扱われてきたか、私は知っている。」
レンジは、かすれた声で問う。
「誰……?」
「私は君に与える者。
君が奪われてきたものすべてを、今度は取り返す力を。
受け入れさえすれば――」
ミツキの顔が浮かぶ。
叱られるのはいつも自分。
守られるのはいつも彼女。
胸の奥で、熱い怒りと妬みが渦を巻いた。
レンジは震える指で、結晶に触れた。
「強くなりたい……
ミツキより強く……みんなよりも……」
黒い結晶は震え、レンジの胸に沈んでいく。
まるで、彼の一部であったかのように。
少年の口から、叫び声が漏れる。
それはもう幼い声ではなかった。
金属が軋むような、ねじれた咆哮だった。
その腕を覆うのは黒い装甲のような板金。
目は真っ赤に輝き、
彼の影は、地面に伸びて怪物のような形をとる。
「もう……
誰にも邪魔させない……」
キィ……ン、ガン…ガン……
金属のような足音が、誰もいない園庭に響く。
Black Abyss(黒淵)――その闇は、またひとつ新たな宿主を見つけたのだった。
そのころ。
Radiant Café の寝室で、ミツキは夢の中から目を覚ました。
大事なウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、身震いする。
「……レンジくん……?」
彼女の心に、どこかで何かが壊れた感覚が走る。
外では月が静かに輝いていた。
だが、もう安らぎの夜ではなかった――。
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