中庭に差す影
ラディアントカフェの朝は穏やかだった。
ミハルはシンプルなコートを羽織り、肩にバッグをかけて歩いていた。
その手を握るのはミツキ。
琥珀色のツインテールを揺らしながら、ぬいぐるみのウサギとお絵描き帳をリュックに詰めて、保育園へ向かっていた。
「ママ、今日ね、みんなを魔法少女に描くの!」
とミツキは無邪気に笑った。
ミハルは優しく彼女の頭を撫でる。
「いいわね、ミツキ。
でももし誰かに何かされたら、ひとりで抱え込まずに、先生に話すのよ。」
保育園の園庭には子どもたちの笑い声があふれていた。
ミツキは色とりどりのマットの上に座り、クレヨンで「魔法の家族」を描いていた。
ママ、ユイ、リカ、レイカ…そして、自分はキラキラしたドレスを着ていた。
しかし、そこに現れたのは、年齢の割に大柄な男の子・レンジ。
悪戯な表情でミツキの絵を覗き込んだ。
「なに描いてんの?」
ミツキは誇らしげに答える。
「家族と、お姉ちゃんたち!」
レンジはそれを見て笑い出した。
「こんなの、落書きじゃん。
ちょうだいよ、それ!」
そう言うなり、絵を乱暴に奪い取った。
「返してよ! それ、わたしの!」
ミツキは目を見開いて立ち上がる。
しかしレンジはそれを高く掲げ、手の届かないところで笑う。
「もう、ボクのだ〜!」
それだけでは終わらなかった。
ミツキの大切なウサギのぬいぐるみを掴むと、地面に放り投げた。
「こんなの、ブッサイクなぬいぐるみだし!」
ミツキの目に涙が浮かぶが、泣かなかった。
ぎゅっと拳を握って叫ぶ。
「ママが言ってた!人のものを勝手に取っちゃダメって!
あなた、ひどいよ!」
「ママ、ママって、またママかよ〜!泣き虫!」
レンジは小突いて、ミツキは尻もちをついた。
でも彼女はすぐに立ち上がった。
「負けないもん!」
レンジはいつも彼女を困らせようとしていた。
クレヨンを隠す。
絵を邪魔する。
つまずいたときに笑う。
最初は陰湿に。
だが今日はあからさまに攻撃的だった。
そのとき、先生のアヤカが駆け寄ってきた。
「レンジくん!やめなさい!」
ミツキの前に立ち、レンジの肩を掴んで止める。
「これは遊びじゃないのよ!」
「だって、いつもミツキばっかり!みんなミツキのことばっか!」
「それでも、いじめていい理由にはならないわ。
またやったら、お外遊びは禁止。今すぐ謝りなさい。」
レンジは不機嫌そうに顔を伏せ、かろうじて「…ごめん」と呟いた。
ミツキはうっすら涙を浮かべながらウサギを拾い、ぎゅっと抱きしめた。
「だいじょうぶ、せんせい。…わたし、へいきだから。」
先生はその頭を撫でる。
「ミツキちゃんは強い子ね。でも、いつでも頼っていいのよ?」
レンジの胸に宿る影
みんなが遊びに戻る中、レンジは園の隅で拳を握っていた。
「なんで…なんで、あいつばっかり…
なんで、みんなミツキの味方なんだよ…」
その胸の奥に、嫉妬と怒りの黒い影が渦巻き始めていた。
——そのとき。
目に見えぬ影が、彼の背後に忍び寄る。
まるで囁くように、彼の心に潜り込む。
「そうだ…そのまま憎め。
妬みを抱け。
もうすぐ、おまえは私のものだ…」
その日の午後、何も知らぬミハルが保育園にミツキを迎えに来る。
だが、彼女はまだ知らない。
ある少年の心が、闇に染まり始めたことを。
そしてその影が、次なる《ブラックアビス》の標的であることを。
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