「街を裂く轟音」
街の中では、日常は一瞬で崩れ去ることがある。
音ひとつ、影ひとつで……世界は見知らぬ姿に変わってしまう。
その日の夕方、ユイとリカは知ることになる――
拳だけでは戦えない戦いが、この世にはあるのだと。
別の地区――
明るい栗色の髪を持つ魅力的な女性が、濡れた歩道をヒールの音でリズムを刻みながら歩いていた。
ベージュのジャケットをシンプルなワンピースの上に品よく羽織り、その瞳は何か特定のものを探すようにショーウィンドウを眺めている。
――そのとき。
ドォォォン!
空気を揺るがす轟音。
通りの中央で黒煙が立ち上り、続いて金属が車体を引き裂くような音が響く。
女性は顔を上げ、息をのむ。
「……まさか……もう始まったのね。」
煙の中から姿を現したのは――男……いや、かつて男だった“何か”。
その身体は金属板とケーブルの塊と化し、背中からは複数の追加アームが伸び、それぞれが鋼鉄の爪で終わっている。
赤く光る双眸。
そして無造作に車をアスファルトへ叩きつけ、壁へと投げ飛ばした。
さらなる爆発が通りを照らす。
ガシャァン!
硝子の雨。悲鳴。サイレン。
二台のパトカーが駆けつけ、警官たちが発砲する。
バン! バン! バン!
だが弾丸は装甲で弾かれ、虚しく地面に落ちた。
近くの路地から出てきたユイとリカは、その騒ぎに足を止める。
「何なの、あれ……?」リカが目を見開く。
「わからないけど、やばい匂いしかしない。」ユイは眉をひそめた。
怪物は街灯をなぎ倒し、逃げ惑う人々の間を破壊の波のように進む。
そしてユイは気づく――粉々になった窓ガラスの前、ミハルがミツキを胸に抱えていた。
幼い少女は母の首元に顔を埋め、泣き声を上げている。
「ママ、こわいよ!」
「大丈夫……大丈夫よ……」ミハルは震える脚で娘を庇った。
ユイは拳を握る。
「リカ……あそこに母娘がいる。」
「だから? あれは私たちの問題じゃ――」
「違う!」ユイの瞳が燃える。「あの二人を見捨てるなんてできない!」
リカは一歩引く。怪物の咆哮が耳をつんざく。
「正気じゃない……あいつに殺される……」
「かもね。でも、何もしなければあの二人は確実に死ぬ。」
唇を噛んだリカが舌打ちする。
「……ほんとあんたってトラブルの塊……!」
そう言って駆け出す。「でも一人じゃ行かせない!」
群衆をかき分け、二人はミハルとミツキのもとへ辿り着き、安全な場所へ連れ出そうとする。
だが――
ガキィン!
怪物が頭をこちらに向ける。赤い目がロックオンし、金属の足音が大地を打ち鳴らす。
一本の腕が鞭のようにしなる。
リカは横転し、ユイは間一髪で跳び退いた。
「こっちに向かってきてる!」リカが叫ぶ。
ユイは踏みとどまり、胸の奥が灼けるように熱くなる。
「ここで止める!」
全力の右ストレート――ガァン! 骨に響く衝撃。だが装甲はびくともしない。
怪物は二本の腕を交差させて振り下ろす。ユイは転がってギリギリ回避。
リカは石を拾って頭部めがけて投げつけた。
カン!
怪物の視線が彼女に移り、突進。
脇の腕がリカの体をはじき飛ばす。
「ぐっ……!」リカが壁に叩きつけられる。
「リカ!」ユイが駆け寄る。
だが敵はすでにミハルとミツキへ向き直っていた。
「やめて……お願い!」ミハルは娘を抱きしめる。
「触るなあああ!」ユイが片脚を掴み、リカも反対側を押さえる。
怪物が力任せに暴れる――その瞬間、空から二条の光が降り、閃光が敵の視界を奪った。
光が収まった時、彼女たちの目の前に二つの物体が浮かんでいた。
赤い宝石が脈打つように輝くガントレット。
そして星のように明滅する青緑色の宝石をあしらった小さな杖。
「な、何これ……?」ユイがガントレットを見る。
「……高そうなオモチャ?」リカが呟く。
白いコートにフードをかぶった女が背後から現れ、鋭く言い放つ。
「時間がない! 変身しなければ生き残れない!」
「変身……?」リカが一歩引く。
「いいからやるのよ!」女が命じた。
怪物が再び迫る。
ユイの鼓動がドラムのように鳴る。
何もわからない――だが、本能で悟った。これを取らなければならない。
「――チェンジ! フィストアップ!」
赤と白の魔法陣が足元に弾け、髪が炎のような赤に伸びて高いポニーテールに変わる。
服は光の粒となって解け、赤い短いスカートと白い縁取りの制服、そして燃えるガントレットへと再構成された。
燃える瞳で立ち上がる。
「――正義を打ち抜く燃える心! ブレイズフィスト、希望を灯す!」
リカは震える手で杖を握り、空へ掲げる。
「――この命の流れ、絶やさない……! ホープストリーム!」
水色と黒の魔法陣が足元で回転し、光の水流が舞い上がる。
髪は空色に伸び、二つの長いツインテールとなって波のように揺れた。
海のモチーフをあしらった青いドレスが身を包み、輝くティアラが額を飾る。
「――希望と共に流れ続ける! ストリームプリンセス、退かぬ潮流!」
機械の怪物は、その場で一瞬動きを止めた。
まるで、今目にした光景を理解しようと処理しているかのように。
ユイとリカの手に握られた宝石は、なおも鼓動するように脈打ち、
まるで新たな生命の拍動が二人の中で目覚めたかのように光を放っていた。
ミハルは、ミツキを抱きしめたまま二人を見つめる。
少女は瞳を輝かせ、小さな声でつぶやいた。
「ママ……あの人たち……ヒロインだ……」
ユイとリカは一瞬だけ視線を交わした。
考える時間はない。
だが二人とも分かっていた――この瞬間を境に、もう何も元には戻らないということを。