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私とは異なる世界

翌朝はいつも通りにやってきた――感情も、輝きもなく。


6時15分、アラームが鳴る。

ユイは毎日のように、無意識の動きでそれを止めた。


シャワーは素早く。

安い朝食。

仕事用の制服――ベージュのポロシャツに黒いズボン。


今日の戦場はリングではなく、24時間営業のミニスーパー。

氷が切れるか、新しいカップラーメンの入荷くらいしかニュースのないチェーン店の一つだ。


店内の冷たい蛍光灯は目を刺し、

安いコーヒーと消毒液の匂いはもう日常の一部になっていた。

高校をやめてから二つ目の仕事。

もちろん、この日も何も起こらないと思っていた。


――あの二人が入ってくるまでは。


ドアベルがチリンと鳴る。


ユイはレジから顔を上げ――動きを止めた。

同年代くらいの若い女性が店に入ってきた。

服装が派手なわけではない。だが、その存在感が目を引いた。


クリーム色のロングワンピースに、水色のジャケット。

光を受けて金色の輝きを帯びる、手入れの行き届いた明るい栗色のまっすぐな髪。

表情は穏やかで自信に満ち――傲慢ではなく、ここにいることを当然としている人の顔だった。


その腕の中には、小さな女の子。三歳くらいだろうか。

高い位置のツインテールが歩くたびに揺れ、うさぎ耳付きのピンクのパーカー、白いタイツ、赤いエナメルの靴が小さくコツコツと音を立てる。


なぜかユイは、背筋がわずかに伸びていることに気づいた。


若い女性は自然で温かな笑みを浮かべて近づいてきた。


「すみません…牛乳はありますか?」


声はやわらかく、礼儀正しい。

だが作り物ではない。甘ったるい声で挨拶しながら陰で文句を言うような、あの偽りの愛想ではなかった。


ユイは瞬きをした。


「あ…はい。奥の大きな冷蔵庫の隣です。」


「ありがとうございます。」女性は軽く会釈した。


女の子は母親の腕の中からユイを見つめた。


「ママ、ジュースもいい?」


――ママ。


その一言が、軽くも鋭く、空気に落ちた。


女性は優しく娘の頭をなでた。


「まずは牛乳。そのあとでジュースね?」


「はーい!」


二人は並んで通路の奥へ消えていった。

ユイの胸の奥で、何かが小さく動いた。

それは単なる微笑ましい光景ではなく――


別の生き方。

別の戦い。

自分の知らない世界。


やがて二人は、牛乳と、約束どおり小さなリンゴジュースを手に戻ってきた。

女性はそれらをカウンターに置く。その仕草は、ただの商品ではなく何か大切なものを扱うようだった。


「案内してくださってありがとうございます。」女性は軽く頭を下げた。「私はミハル。こちらはミツキです。」


女の子は少し恥ずかしそうに笑い、手を上げた。


「こんにちは!」


こうしたやり取りに慣れていないユイは、ぎこちない笑顔を作った。


「…こんにちは。」

少し間を置き、女の子を見て言う。

「2歳くらいかな?年齢のわりにすごく話すのが上手だね。賢い子だ。」


ミツキは誇らしげに目を輝かせた。


「ママがいっぱい言葉を教えてくれるの!」


ミハルはやわらかな誇りを帯びた笑顔を見せた。


「ありがとうございます。」

それは何気ない一言だったが、彼女にとっては意味のある言葉だった。


ユイは商品をスキャナーに通す。


「430円です。」


ミハルはぴったりの金額を差し出した。


「はい、どうぞ。」


「ありがとうございます。」ユイは軽く頭を下げてお釣りを渡す。


若い母親はミツキをしっかり抱えたまま袋を受け取る。

去り際、ミツキが手を振った。


「バイバイ、お姉ちゃん!」


自動ドアが閉まり、二人の姿が灰色の街へと消えていく。

ユイはしばらく、その方向を見つめたままだった。

胸の奥に、奇妙な混ざり合い――好奇心と、尊敬にも似た感情を抱きながら。


――ミハルとミツキ。

彼女たちは、私とはまったく違う世界で生きている。

挿絵(By みてみん)

その後の数時間は、いつもと変わらない勤務だった。

急ぎ足の客、温め直されたコーヒー、延々と繰り返される店内BGM。


それでもユイの頭から、あの女性とその娘の姿は離れなかった。


家に帰ったとき、誰かが待っていてくれるというのはどんな感じだろう。

どんなことがあっても、小さな腕が抱きしめてくれると信じられる生活とは――どんなものだろう。


ユイは羨ましがってはいなかった。

そんなものを夢見てもいなかった。

少なくとも…そう思い込もうとしていた。


シフトを終え、レジを締め、名札を外して外へ出る。

午後の空気は冷たく、柔らかな風が歩道に落ちた枯れ葉をさらっていく。


――ミハル…ミツキ…


本来なら、自分にとって何の意味もないはずの名前。

それなのに、心のどこかに残って離れない。

理由もなく――それでいて、不思議なほど…大切に思えた。

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