夜の秘密
タケシは静かな路地を歩いていた。
彼の背後には、混沌とした出来事の残響がまだ残っている。
拳と魔法――あの少女たちの力の感触が、肌に刻まれていた。
「Radiant… Magical Warriors…」
彼は小さくつぶやき、彼女たちの顔を思い出した。
自分が見られたことは分かっていた。
自分が、もう“狙われる側”であることも。
ごみ捨て場の割れた鏡の前で、タケシはジャケットを脱ぎ、髪を整えると、黒い布に包まれた小さな物を鞄から取り出した。
それは、赤いラインが目元を走る、シンプルな黒い金属の仮面だった。
彼はゆっくりと、それを顔にかぶせた。
鏡に映る自分は、冷たく、恐ろしく、そして――誰にも知られぬ「存在しない者」となった。
「もう誰にも、俺の正体はわからない」
彼は穏やかに微笑む。
「もし追ってくるのなら……“存在しないもの”を追ってみろ。」
仮面の男となったタケシは、雑踏の中へと静かに消えていった――誰にも気づかれずに。
***
同じ夜、Fantasy Feastの2階では、ユイがベッドの中で落ち着かない様子だった。
ランプの柔らかな光が部屋をほのかに照らしている。
彼女の頭には、今日の公園でのリカとの出来事が渦巻いていた。
意を決して、ユイは立ち上がり、廊下に出て隣の部屋のドアをノックする。
「……リカ、入っていい?」
扉が開き、即席のリボンで髪をまとめたリカが顔を覗かせた。
「どうしたの?」
「話したいの……」
ユイはぎこちなく部屋に入る。
2人はベッドの端に並んで腰かけ、ユイは目を伏せた。
「……謝りたかった。あの時、あんなこと言ってごめん。あんな風に、君を責める資格なんてなかった。」
リカはしばらく黙って彼女を見つめ、そしてため息をついた。
「……あれは、傷ついたから言ったんでしょ。でも……やっぱり痛いわよ。」
ユイは膝の上で拳を握りしめた。
「だから……どうして、路上で生活してたのか、教えてほしい。ずっと、わからなかったの。何があったのか。」
リカは唾を飲み込むと、小さく震える声で語り始めた。
「父親がね……ギャンブル狂いだったの。毎日のようにお金を失って、酔うと、その怒りを私にぶつけた。殴られて、罵られて……そんな日々だった。」
ユイは驚いた顔をしたが、口を挟まずに黙って聞いていた。
「ある晩、もう限界だった。カバンに少しの荷物を詰めて、家を出たの。
それからは、バイトをしたり、お腹が空いたり、寒かったり……そんな日々。
でも、生き延びたの。自分の力で。」
部屋に静寂が落ちた。
ユイはそっとリカの手に手を重ねる。
「……リカ、それを知らなかった。本当に、ごめん。」
「誰にも話したことなかった。……でも、今は君が知ってる。」
リカは苦笑し、そして少しだけ微笑んだ。
その顔は、どこか救われたようだった。
ユイは静かに頷いた。
「……教えてくれてありがとう。これからは絶対、もう君を見下したりしない。」
リカの目に涙が浮かぶ。
そして、2人の間にしばらく静寂が戻った。
ただ、ランプの小さな音と、2人の呼吸が重なるだけだった。
***
その時、廊下の暗がりには、リリィが背を壁につけて立っていた。
すでに十分な会話を聞いていた。
彼女の表情は真剣だったが、その瞳にはわずかな慈しみが光っていた。
「リカ……見捨てられても、君は生き延びた。
ユイ……痛みを拳に込めて、戦ってきた。
別々の道を歩んできた2人……でも、その苦しみの深さは、同じなんだ。」
リリィは背を離し、そっと階段を下りる。
邪魔するべきではないと、彼女は分かっていた。
「まだ……彼女たちは人間すぎる。脆くて、未熟で……でも、それが彼女たちの強さでもある。」
レストランの暗がりに光るランプの下で、リリィは胸元の翡翠のペンダントに手を添える。
まるで、それが道しるべであるかのように。
「……簡単じゃないわ。でも、この地球には彼女たちが必要。
そして私は……導く役目を果たすの。たとえ、それが痛みを伴っても。」
その頃、リカとユイは、まだお互いの温もりの中にいた。
自分たちが、見守られていたことなど、知らないままに。
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