鋼の影と双炎
午前の陽射しがやわらかく街に降り注ぎ、建物を温かな色に染めていた。
しかし、その光景とは裏腹に、三人の胸には張りつめた緊張があった。
弁当を片手に、由依、リカ、美春は人混みを抜けながら、通り、窓、影を一つひとつ探る。
「こっちは何も…」
リカが狭い路地をのぞき込みながらつぶやく。
「そっちもだ」由依は唐揚げを飲み込みながら答えるが、味わう余裕はない。
美春は落ち着いた様子でバッグを持ち直した。
「…もしかして、考えすぎなのかも。ただの空振りかも」
その言葉が終わるより早く、由依のポケットで携帯が震えた。
「…リリー?」
受話口から響くのは守護者の凛とした声。
『何か反応は?』
「いや…妙に静かで、何もなかったみたいだ」
一瞬の沈黙が、警告のように重く響く。
『油断しないで。ブラックアビスは隠れるのが得意。動く時は、強く欲するものを見つけた時よ。警戒を怠らず、探索を続けなさい』
「了解」由依は答えて通話を切ったが、その口調には待ちくたびれた苛立ちが滲んでいた。
――そのころ街の別の場所では。
灰色のスーツを着た男が、公園のベンチに腰掛けていた。
一見すれば休憩中のサラリーマン。しかし、呼吸の一定さや無駄のない動きは、どこか不気味な正確さを帯びている。
男――黒田タケシは、寄生結晶が体の内側から変貌させた宿主だった。
その力の鼓動を、筋肉の隅々まで感じている。もう完全な人間ではない…そして、それが心地よかった。
「試してみたくなるじゃないか…」
口の端にかすかな笑みを浮かべ、目は無防備な獲物を探す。
視線の先には、手をつないで歩く若いカップル。白いワンピースの女性が無邪気に笑い、青いジャケットの男がそれを優しく聞いている。
世界から切り離された二人――それは、タケシにとって格好の口実だった。
彼の影が地面を這い、じわじわと二人の足元へ伸びていく。
その闇が触れた瞬間、女性の笑い声は途切れた。
「少し遊ぼうか…」タケシは猫のような静けさで立ち上がった。
空気が重くなる。
金属がはじける音――ガキン…ギチ…ギシィ!
二人の肌の下から機械の装甲板が突き出し、関節はピストンと歯車に置き換わっていく。
瞳の光は血のような紅に染まり、生気は消えた。
「…かあ…さ…」女の口がかすかに動くが、声は金属的なノイズへと変質した。
それはもはや狩猟機械。背から生えた複数の腕が、武器のように回転し、周囲を切り裂く準備を整える。
タケシは芸術家のように満足げに見つめた。
「見事だ…変換は完璧だ。さあ…動け」
――一方そのころ。
由依が急に立ち止まり、全身の感覚を尖らせた。
「…リカ、感じたか?」
「ええ…空気が急に重くなったみたい」
美春は肩を抱き、冷たいものが背を走る感覚に震えた。
「まるで何かが体をすり抜けたみたい…」
再び由依の携帯が鳴る。
『北へ五本先の通り。ブラックアビスの強い反応。急ぎなさい』リリーの声は鋭く短い。
「了解」
由依は駆け出し、リカ、美春が後に続く。逃げ惑う人混みをすり抜けながら、叫び声が大きくなっていく。
金属のぶつかる重い音が混じり、耳を圧迫する。
最後の角を曲がった瞬間、視界を衝撃が貫いた。
紅い眼をぎらつかせた機械化の怪物が二体、複数の腕を振り回し、車両を破壊している。
煙の向こうには、両手をポケットに入れたまま冷ややかに立つタケシの姿。
「…やっぱりお前か」由依の視線が鋭く突き刺さる。
「そうだ。そしてお前たちは…次の実験台だ」
「チェンジ! フィストアップ!」
「ホープストリーム!」
真紅と水色の閃光が通りを満たし、煙を押しのける。
由依の赤いポニーテールが炎のように揺れ、白と赤のスーツが熱を放つ。
リカは青いツインテールを揺らし、赤と黒のドレスをまとい、杖を構えた。
「ブレイズフィスト…燃やし尽くす!」
「ストリームプリンセス…全部洗い流す!」
一体が由依に迫る。由依は寸前で身を沈め、クリムゾン・ブレイクパンチを叩き込むが、押し返すのがやっと。
リカは水の壁を立てる。
「アクア・シールドバースト!」
液体の障壁が民間人を守り、避難の隙を作る。
だが敵は卑劣だった。救えば別方向から襲う、消耗戦だ。
「持たない!」リカが叫ぶ。
「誰も傷つけさせない!」由依は再び前へ。
後方で、タケシは冷ややかにその光景を見つめる。
「いい…救出に手間取っている間に、俺は消える」
背を向け、煙の中に姿を消した。
「逃げた!」由依は歯噛みするが、怪我人の頭上に鉄骨が落ちかけている。
「アクア・スパイラルガード!」
水の渦が鉄骨を弾き飛ばす。
由依の胸に、燃えるような力が湧き上がる。
「ブレイジング・コメットストライク!」
炎に包まれた拳が敵の胸を貫き、倒れ込ませた。
二人は力を合わせ、叫ぶ。
「コンビネーションアタック!」
「ラディアント・ツインバースト!」
光の爆発が通りを包み、消えた時には、機械化は解け、人々は気を失ったまま横たわっていた。
肩で息をする二人。
「…やったね」リカがかすかに笑う。
「でも…奴は逃げた」由依はタケシが消えた方角をにらんだ。
この章を楽しんでいただけたなら、ぜひお気に入り登録とポイントをお願いします。
皆さんの応援が、この物語を続ける力となり、より多くの読者に届ける支えになります。
由依とリカのこの戦いに最後まで付き合ってくれて、本当にありがとうございます!