鶴と鴉
時の流れは万物十色…
命の流れもそれにて早遅…
奇にて怪し…不可思議事、世に散乱す…。
終演渡し、始業となす…。
近くて遠い時代…
とある宿場町のとある長屋。
秋の夕暮れ時、透き通る赤茶の空気を切り裂く様な大きな音を立てて走る。
ザッッザッ!ザッザッッ!
勢いよく引き戸を開け男が軒先で大声を出す。
息も切れ切れ、目を見開き、
「うぉい!旦那っ!はぁはぁ。旦那は居るかいっ!」
薄く赤暗い部屋の隅には、一人の男が仰向けに寝そべっている。
「ちっ。るせぇ。ちっとは静かにできねぇのか。そんなに乱暴に開けたら戸がどっかに飛んでっちまうじゃねぇか。」
「っすっすまねぇ。はぁはぁ。来た、き…来た。今度は間違いねぇぜ!はぁはぁ。」
「あー…。まず、鼻の下の水。拭いたらどうだ?」
「その前に、旦那、水っ。水っ!」
男はお構いなしに、水瓶に頭を突っ込み勢いよく水を飲む。
鼻水垂らし、水瓶に頭を突っ込んでいるこの男、
名を「鴉」。小柄で短髪の小煩い男である。
「ったく…カラスの行水じゃねぇか…。で、今度はしっかりその汚ねぇ目で確認したんだろうな?まぁ、落ち着いて話せや鴉。」
「っおっ、すまねぇ。確かにこの目で確認したぜ!この汚ねぇ目で!って汚くねぇわっ!」
「すまんすまん。で、色と形は?」
「淡い山吹。少し靄がかかってやして…形までははっきりとは…」
「………、下の中ってとこか…。労働にもならねぇな…。そんなんで、わーわー言いながら来るんじゃねぇよ。テメェで解けるだろ。俺はまた寝るわ。後は任せた、鴉。」
そう言うと、つまらなそうに男は背を向け寝転んだ。
尻をボリボリ掻きむしるこの男、
名を「鶴」。ボサボサの長髪で痩せた長身の男である。
「だ…旦那ぁ…。あっ!そう言えば、美味い味噌田楽作ったけど、アレが居て怖くて鶴さんの所に持って行けないって…姉さんが言ってたっけなぁ。」
鴉は悪そうな顔をして鶴の耳元で話し始めた。
眉間に皺を寄せ、鶴は静かに耳を傾ける。
「…、そういや最近、身体が鈍ってて、ちょっと動かねぇとと思ってたところだったなぁ。散歩でもしてくるかな…。」
「おぉ、散歩ですかい?旦那。紅葉の綺麗なとこ知ってますんで、おいらが案内しますぜ。」
ニヤリとしながら鴉は鶴の草履を揃える。
鶴はゆっくりと立ち上がり、壁に立て掛けてある刀を取り、それを腰に刺した。
「さっさ、こちらですぜ旦那っ!」
鴉は腰を低くし、街の繁華街へ向かい歩き出した。