センスゼロ―ナ令嬢は、宵越しの命を持たない
「はじめまして、こんばんは
今夜はお悔やみを申し上げられに来ました!」
この世の終わりのような曇り空の下 びゅーびゅーと吹きすさぶ風が
【R.I.P】と刻まれた無数の墓石の周りで、ぷかぷかと漂う先輩達を揺らしている
まずは、先輩方にごあいさつ っと
何しろ私は 今日処刑されたばかりの、新人死人 メノマエ・ヨコギリーヌだ
死んだら天国か、地獄へ逝けるものだと信じて あんなに毎日祈っていたのに
こんな薄気味悪い墓場逝きになった理由を 誰かに教えてもらおう!
「よぉ お嬢ちゃん その顔、あんた新入りだな?
こんな綺麗なのに断首とは惜しいなぁ その首、随分スッパリやられたんだな
俺ぁ、クモッテル・テンキヨホー んでお嬢ちゃん、あんた名前は?」
私に話しかけてくれたのは センスゼローナ・ブランドマニア公爵令嬢に処刑された先輩……よね?
「わたしはヨコギリーヌ メノマエ・ヨコギリーヌです。
センスゼロ―ナ様の馬車の前を横切った時、あの方の足止めをしてしまったせいで
つい半日ほど前に処刑されました」
この方の処刑は昔 見たから覚えてま~
――はいごめんなさい、嘘です。 全然覚えてません
だってセンスゼロ―ナ様に処刑された方々が多すぎるんだもん
あの令嬢だって、今まで処してきた人達のことを覚えてないでしょ!
「……あぁ、今日も見事な曇りっぷりだから
コイツァはいい処刑日和だと思ってたら、やっぱ新人が増えたかぁ」
クモッテル・テンキヨホーさんが 曇り空を見上げてつぶやく
うんうん、今日は1日中、曇り空だったしね
せめて処刑される前くらい 澄んだ青空を見せてほしかった
自分の命日の天気を選べないのって、人生の不自由さを体現してるなぁ。
――そんな私達に 近くの墓石にもたれかかっていた女性が鼻で笑いながら
「ま! 晴れてようが、曇ってようが、降ってようが死んだんだけどね、あたし等
そういやクモッテル あんたは、その名前のせいで処刑されたんだっけ? ニシシッ」
ニョロロンと首が伸びた方が会話に参加してくる
「はじめまして、わたしはメノマエ・ヨコギリーヌと申します あなたは?」
「あたしは、ヘタクソ ソウジ・ヘタクソ
数年前に、あんたも執行された、あの広場で絞首刑になった元侍女だ。
センスゼロ―ナの部屋を掃除中に花瓶と、彼女の絵を倒した罪で処刑されたけど…...
あれから7年も経てば、覚えてないか?」
7年前、7年前……うーん、こうして墓地を見まわしたらわかるけど
この国みたいに処刑が多いと 先輩達を覚えてるのは流石にムリ
「あたしの時なんか 処刑人のヤツが、運悪く寝込んじまったまったせいで
数日待たされちゃってさ、首を長くして待ってたらこの通り 絞首刑で首が伸びちまった」
「ま、おかげで、生前みたいに首がこらなくなったのは ありがたいけどね」
軽い口調で笑い飛ばす彼女に、クモッテルさんが、やや芝居がかった仕草で両手を広げ
「まさに、そう!
俺が処刑された理由が、天気が悪いせいなんて、まともな理由じゃねぇよなぁ?
センスゼロ―ナ令嬢のアフタヌーンティーの時に、ちょうど今夜みたいな曇り空を眺めてたら
「お前の名前のせいで、今日は曇り空なんだわ!」 なんて言われた後
“あの言葉” からの絞首だよ、天候まで俺のせいって酷くねぇ?」
「その話を聞く度に、いつも思うけどさ せめて処刑される前にひとことくらい
気象庁へクレーム入れな?
あんたはいつから、この国のお天気窓口になったんだよ!」
舞台役者のように語る彼に、からかいながら返すソウジヘタクソさん
死んだ後くらい、気楽に話したいよね。
軽口をたたき合う私達の元に
「おう新入りか 嬢ちゃんはじめまして 俺ァ鍛冶屋のアバレンボウネコ」
おお! 立派な筋肉と高身長!
この体格で兵士じゃなくて鍛冶屋なんだ?
「俺ン時なんかよ 飼い猫のドスンが、ゼロ―ナのドレスに飛び掛かろうとしたら
「これはファッションに対する反逆罪ね!」 なんて叫んだと思ったら“あの言葉”だァ?
こいつを、ドスンを寝転がらせたままにするなんて、どこの飼い主なら出来るんだよって話
ゼロ―ナの嬢ちゃんより、自由な生き物だぜ、こいつァよ」
「処刑方法も火あぶりとか、最期まで最悪だったな あの日は
俺の人生の最期だったからよォ、処刑人の連中に
「後生の頼みだ ミディアムで頼むぜ」って頼んだのに
結局、ヴェルダンになるまで焼かれるなんて、あいつ等もセンスゼロ―ナと同じくらい人の心がねェぜ。1度体験してみ? 死ぬほど辛ェから」
腕に大きな猫の骨を大事そうに抱えながら 自分の死に方を熱弁するのは
元鍛冶屋のネコアバレンボウさん。
うわぁ、火刑は死ぬほど辛いよね!
スパっと終わった私って、マシな方だったんだ……
「ファッションに対する反逆って何よ…… ドレスにも王政があったの?
っつーか、処刑人に焼き加減を頼むなよ! レア焼きの方がグロい死体になってたでしょ」
「ふふっ、ファッションへの反逆罪って なんかカッコいいですね?」
ヘタクソさんがニシシッと苦笑しながらつっこむ姿につられ、私も思わず苦笑が漏れる
「貴族のドレスは、そこら辺の人間の命より重いらしいぜ
何せ相手は、あのセンスゼロ―ナお嬢様だからよォ」
「皆様なんて、まだいい方ですわ!」
アバレンボウさんの言葉を引き継ぐように話だしたのは
ボロボロながらも高そうなドレスを着た……貴族?
「わたくしなんて 誕生日と命日を同時に迎えたんですよ?
あら……コホン、失礼しました
まずは挨拶が先ね、はじめまして
私はハッピーバースデー・カブルナ侯爵令嬢よ。 死んだのは、2年くらい前ね」
「はじめまして メノマエです。
カブルナ様の処刑は、当時王都でも 話題になりましたね」
ゼロ―ナ嬢による処刑が多い、我が国だが 上級貴族の処刑は珍しいので
当時は、カブルナ様の悲嘆が 国を騒がせたのを思い出す。
私みたいな市民ならともかく、侯爵家令嬢でもポンッと公開処刑とか、ホント物騒な国だな?
ま、私も住みたくて、この国に産まれたわけじゃないんだけど。
「わたくしなんて、ホールで「今日はわたくしの誕生日なんです!」って友人に話してたら
「わたくしと誕生日が被ってるなんて不敬ね」って“あの言葉”ですよ?
誕生日のために用意した、深紅のベルベットドレスを着たまま 断頭台まで引きずられて はいガシャン!
ご覧の通り、首の皮一枚すら 残らなかったわ」
「ドレスが血まみれになるくらいなら、赤色なんて選ぶんじゃなかったのに
まさか 誕生日ケーキのろうそくを吹き消す前に、わたくしの火まで消えるなんて思わないじゃない?」
「極めつけは、私の両腕に刻まれた ゼロ―ナ様からの誕生日プレゼント」
『HAPPY BIRTH DAY』と『R.I.P.』の文字が彼女の両腕の骨に刻まれているが
これはセンスゼロ―ナからの、最期の誕生日プレゼントらしい。
いくら誕生日と命日が、同じだったからって
両方を骨に刻まれるなんて、可哀想なくらいセンスが無い
流石センスゼロ―ナ令嬢。
誕生日パーティから、処刑パーティに移動は 流石に酷すぎる
貴族の世界って大変だなぁ……って、貴族でも処刑されてるんだけどね。
「バースデーケーキと一緒に あんたの首もカット って?
切り分け上手だね、流石センスゼロ―ナ様だ」
口元を皮肉げに歪めながら、あの日の事を漏らす、カブルナ令嬢に
ヘタクソさんが、ニシシと笑い茶々を入れる。
うーん あの方の、無駄な才能の活かし方は、他に無かったのかな~。
私達が笑う中、クモッテルさんが ふとどこか乾いた目で曇り空を見上げながら、
「思い返すとさ あの日の予感は、大当たりだったんだよなぁ。
“今日の天候:最悪” まさか、そのまま自分の命日になる予感とは思わなかったけど
処刑嬢の記録じゃ 「自分の名前のせいで処刑」って書かれてるらしいが
なんだよ、意味わかんねぇよ!」
ペットホウーチさんも腕に抱えた、飼い猫ドスンの骨をなでながら
「俺ン記録なんて、「飼い猫・ドスンによるドレス反逆罪」だぞ?
ドスンの……飼い猫による反逆罪とか何だってんだァ?
せめて「王国への反逆」に変えてくんねェかなぁ、ドレスに反逆とか何がどうなってんだよ」
「しかもセンスゼロ―ナのヤツに
「飼い主もペットも美的感覚にそぐわなくて不快」なんて付け足されたって聞いたぜ?
俺の事はともかく、ドスンのやつはこんなに可愛いのによォ
流石に泣いたわ、涙腺はあの日 燃え尽きたけど」
猫の可愛さが理解出来ないってありえないよね、あの令嬢が犬派だからかな?
あの人の感覚は、人外すぎて 全然理解出来ないや
ま、自分に忠実な犬が好きなだけであって、人でも動物でも大差ないんだろうけど。
「じゃあわたくしは、「誕生日が同じ日だった重罪」になっているのかしら?
広間から断頭台に直行したせいで 結局、地獄の門番くらいしか祝ってくれなかったもの
「誕生日と命日が同じとかめでたいのう♡」って、両手で斧を構えて言うセリフじゃないわよ。
しかも、あの門番達の顔 めちゃくちゃ怖かったし!
うん、でもまぁセンスゼロ―ナ様と違って、顔に似合わず人情はあったけど」
「おやおや……地獄の方が人情あるって説、割と真実味あるかもねぇ」
クモッテルさんも腕を組みながら、同情を隠しきれない声で話してるけど
待って、ちょっと待って地獄? 地獄があるの?
私 地獄にも行けてないわよ! 天国もだけどあったの?
「あんた等は、まだ理由があるだけマシだよ!
ああ、あたしはミズマキね はじめまして、メノマエちゃん。
あの日もいつも通り、我が家の店先で水を撒いてたら、それがゼロ―ナのお嬢の視界に入ったからって串刺しだよ?
水撒きしたから死刑って、わけがわからないって
こんな事になるなら、あの小娘に 思いっきり桶の水ぶっかけてやればよかった!」
視界に入ったせいで死刑は流石に意味がわからない、センスゼロ―ナ様を理解する事自体無理だけど
うーん……なんか、先輩方の話を聞いてたら、皆さんの処刑理由が酷すぎて少し申し訳なくなる
店先で水を撒いてただけで、自分の命まで巻き散らすなんて 店主にしても安売りしすぎだよ。
「そういや、ネスギーナ・ヤキトリの旦那は?」
「あの人なら今夜も寝てるよ なにしろ処刑の時まで寝てた男だ
ゼロ―ナに“あの言葉”を言われても、顔色一つ変えなかったのは、彼くらいなもんさね」
「いや 旦那は寝てたから聞こえてなかっただけだろ?」
「串刺しで死んだ後の感想も 「焼き鳥のきもちが やっとわかった」 だしな」
「なんならここに来た時も、生前より寝る時間が増えてありがてぇ~って喜んでたし。
天国に向かうのも、地獄でやり直すのも、拒否されたからって老後どころか 死後も楽しんでる旦那だ
あンくらい奔放に生きた方が、楽な人生だったかもなァ」
――とりあえず 天国や地獄はあるらしい、けど どちらからも拒否されるってなんなの?
こうして墓場にやってきた、私と同類のようだけど。
「それにしても、センスゼロ―ナ令嬢の“あの言葉”って、なんであんなに脳にこびりつくんだろうなぁ?
もう死んでるってのに、今でも彼女の「はい、あなた死刑♥」の声が時々、脳内に響いて飛び起きるよ」
その言葉にハピバス令嬢は慌てて耳をふさぎ
ペットホウーチさんも死んでる心臓の胸上を押さえる
「やめてください! トラウマ、フラッシュバックが来るから!
心臓が止まっちゃう……死体ですけど!」
「神経はもうねェけど、なんかキュッとするよな うっ魂の胃が痛ェ!」
思わず私も目をつむる。
彼女の“あの言葉”――「はい、あなた死刑♥」
死刑宣告だけで、死人達にもトラウマを残すとか、センスゼロ―ナまじセンスゼロ―ナ
もう2度と「はい、あなた死刑♥」を聞かなくて済むのに、こうして体がすくむなんて
あの方の声は呪いか?
「……ねえ、仮にさ あの令嬢がちょっとでもまともだったら、あたし等って生きてたと思う?」
ミズマキさんがふと漏らした、真面目な呟きに
「その仮定が、既におとぎ話ですわ!」
「【まともなセンスゼロ―ナ令嬢】なんか見たら、いよいよ終末を覚悟しなきゃな」
「全くだな ンな事、天国と地獄がひっくり返ってもありえねェっての!
あァ、でもココに取り残されるよりましかもなァ? いや、どちらにせよ夢物語か」
ぺットホウーチさん達が間髪を入れず各々が好き放題に反応を返す。
それは無理だよ、前提がまず前提になってないんだもの
そんなセンスゼロ―ナ様が居たら、この墓石はもっと少ないよね!
「はい、この話止め止めぇ!
この馬鹿野郎共、死んだばかりの新人が居るのに、あんまり思い出させてやるなよな」
パンパン!と、手を叩きながら放つひと声で 一瞬、墓場が沈黙に包まれる。
おっと、みなさんの話に夢中で忘れるところだった、これを聞いておかなくちゃ
私の人生……はもう終わってるけど、これからに関する大事なことだもの。
「ところで、天国や地獄があるのに なんで私――私達ってこんな所に居るんですか?
両方あるのなら、どちらかに逝くものですよね?」
私の質問にみんなが困った表情を浮かべながら
「メノマエ、あんたの言う通り 普通に死ねたらそうなるんだがよ
センスゼロ―ナに“あの言葉”を言われたら、天国にも地獄にも逝けなくなるんだとさ ありゃ呪いだな」
「なんでも、処刑されたあたし達の魂に、センスゼロ―ナの死刑宣告がベッタリと引っ付いてるんだって」
「酷い話ですよね! わたくしなんて、地獄の門番に拝み倒したけど あの令嬢に殺されたなら地獄でも迎えられないって
せっかく祝ってもらったのに、お帰りはあちらですって追い返されて ここに戻って来ちゃったの」
「だから、ここに居る連中は センスゼロ―ナの“あの言葉”がトラウマなンだよ」
その瞬間、霧の向こうからぼんやりと、「はい あなた死刑♥」という甘ったるい幻聴が墓場に響きわたったり
全員が一斉に ビクリと肩を震わせ、反射的に墓石の影へ隠れる。
――ああ、天国でも地獄にも行けないなんて最悪
※6話のみの掲載なので、本作は恋愛要素が含まれておりません。