19・2
その一方、ハクの母親――由依と、その姉である綾乃はショッピングモールでの買い物をし終えた後、ちょうどカフェにて昼食を取っているところだった。
「で、最近あんたんとこの子どもはどんな感じなの? やっぱり変わってない?」
綾乃はアイスティーを一回口にした後、そう言った。
「どうって言われても……。まぁ変わってはないかな……。なんで?」
「なんかあんたの子どもって少し変わってるっていうか……ほら、あんまり友達と遊んだりしてるの見たことないし、私。まあ、最近私あの子の顔見てないからわかんないだけど」
「……たしかに、私も拍が友達とかと遊んだりしてるのあんまり見たことないかも……」
「ほんとに!? なるほどね。やっぱ変わってなかったか~」
姉がそう呟く一方で、由依は顎に手を当てながら、ここ最近の息子の言動を思い返していた。
「……いや、変わってたかも」
「何が?」
「あんまり言葉じゃ説明できないけど、雰囲気が前よりも少し明るくなったというか……こう、表情も豊かになったって思うことが前にあって」
「彼女でもできたんじゃない?」
「え、彼女? ハクに彼女……!?」由依は思わず目を見開いた。「……って! お姉ちゃん食べ方汚いって」
由依は食べながら話していた姉を見て、思わず注意する。
「冗談。あの子に彼女なんて十年早い」
相変わらず他人に対して辛辣物言いをする人だなと、由依は思う。
正直、由依にとって息子に彼女がいるかいないか――なんてことはどうでもよかった。いや、全然気にならないと言ったら噓になるが。
だが、友達がいないことに関しては少し心配になる。
息子はあまり自分のことを話すタイプではない。
やりたいこと、やっていること、将来のこと、そして学校のこと――母親だというのに自分はまったく知らないのだ。
だから一層不安になる。
自分が知らないうちに、息子が背負いきれないような悩みを一人で抱え込んではいないだろうか。いじめは、受けてないだろうか。学校は楽しいだろうか。
「まあ、放っておけばいいんじゃない?」
「え?」
姉の急な発言に、思わず困惑する由依。
「意外と、自分が思ってたよりも将来のこととか考えたりしてると思うし。それに――」
綾乃はコップを置いた後、由依の顔を見て口を開いた。
「あの子、絶対由依のこと信用してると思う。何かあったらきっと話してくるんじゃない?」
「………」
それを聞いて、思わず安心している自分がいた。
息子は、息子なりにちゃんと考えて生きている。子どもだからって、全部がわからないわけじゃない。
自分が息子に対して思う、将来こうなってほしい、とか、こういう人に育ってほしい、とか、それこそ友達をたくさん作ってほしいなんていう思いは、正直な話ある。
けれど姉が言うように、放っておく、すなわち自由に育てる方が本当に息子のためになるというのも、同時に正しいように思えた。
しかし放っておくと、やはりよくないのではないだろうかという一抹の不安もあって……やはり『こう育ってほしい』というのは母親の傲慢なのだろか。いったい親はどこまで子に対して口を挟めばいいのだろう。
友達を作るか作らないかなんて言うのは息子自身が決断すべきことであって、決して親が口出しすべきことではないのかもしれない。
結局、この二極な考えを一つに抑えきれず、自分の中で結論づけることはできなかった。
これが長い間に渡って続くのも母親の宿命か――そんなことを考えた。
とりあえず今大人しく息子を見守ることに徹しておこうと、由依は思った。それが一番我が子のためになると思って。
「拍ってほんとにいい子なんだよ? 私が仕事でいないとき家事やってくれるし、今もちゃんと詠美ちゃんの世話やってくれるんだからさぁ。本当は休日でしたいこともあると思うのに」
「大体二人で暮らしてるんだから、家事の手伝いくらい当たり前じゃないの?」
それを聞いた由依は、驚いたように目を見開いた。
「全然当たり前じゃないって! 拍、小学生のころから家事手伝ってくれてるんだよ!?」
「まったく、由依は本当に息子のことが好き過ぎだよねー」
姉は机に肘をつきながら、こっちをじっと見てくる。
「そりゃあ、自分の息子なんだから少しくらい可愛く見えてもしょうがないでしょ?」
「少し、ね~」
「……じゃあお姉ちゃんは詠美ちゃんのこと好きじゃないって言うの?」
「んなわけないでしょ」
「ほらー。やっぱり私と同じじゃん」
「全然違うから。私は由依みたいな子ども想い過ぎのバカ親じゃない」
「バカ親!? 今私のこと親バカって言った? お姉ちゃん」
「うん、だってほんとのことだもん」
「はぁー……!」
情に熱くなってしまったがあまり、思わず感情がこぼれてきそうになる。
いけない。このままではまた子供のときのような喧嘩みたいになってしまう。
「別にいいよ親バカでも。……それより拍たちに何か買っていかないと。どうするお姉ちゃん」
「別に何でもいいんじゃない? 適当に甘いものでも買っておけば喜ぶでしょ」
「じゃあ……ドーナツどか?」
「それでいいと思うよ」
△△
「あー駄目、そこに近づいちゃ!」
夕方、ハクはいまだ詠美と遊んでいた。
困ったことに、詠美がいるこの部屋は自分の部屋なのだ。
だから当然、そこには大事な私物が置いてあるから一体何をされるかわからない。こんな状況でここから出るというわけにはいかなかった。
正直、へとへとだった。
別に、動いたわけではないのだが。
子どものためにずっと気を使っていると、これほどというくらいに精神をやられる。
早くソファで横になりたい。
それにのどが渇いてしょうがない。お茶が飲みたい。
そんな思いが、もう限界とばかりに頭を駆け回っていた時、下の階から玄関の扉が開く音が聞こえた。
それを耳にした詠美ははっとなって、自分を見てきた。ハクは彼女が何を考えているのかすぐに察しがついた。早くお母さんに会いたいんだろう、と。
しかしそのためには階段を下りないといけない。
ハクはそぐに体を起こし、彼女の手を繋ぎながら階段を降り始めた。
「ただいま拍。詠美ちゃんもただいま」
ちょうど急ぎ足で階段を降り終えようとしたところ、母が声をかけてきた。
「あー今日一日、詠美預かってくれてありがとね。はいこれ、土産のドーナツ」と、綾乃がドーナツが入った箱を差し出してくる。
(やった)
ハクは、ドーナツが入ったその箱を速やかに受け取った。
「ママ!」
今まで我慢していたかのように、詠美は母親に思い切り抱きついた。
「はいはい。ほら、詠美。ちゃんとお兄ちゃんにありがとうってお礼言いなさい」
詠美は抱き着いたまま、顔だけこっちに向けてくる。
「……ありがと、おにいちゃん」
「ばいばい、詠美ちゃん」ハクは手を振りながら、朗らかにそう言った。
「ばいばい!」詠美も元気に手を振り返す。
ハクの隣にいる母も「ばいばいー」と、重そうな買い物袋を肘にずらしながら手を振り返していた。
ガチャン――。
扉が閉まる音とともに、この場に静粛が訪れた。
「持つよ、袋」ハクは言った。
「あぁありがとう。助かる」
夕食を済ませた後、ハクは冷蔵庫から土産にもらった例の箱を机に持ってきた。
たしか中身は、ドーナツと言っていたか。
さっそくテーブルに座って開けてみる。
「わ、美味しそ」
おいしそうなドーナツが二つ入っていた。
ハクはさっそく一つ取り出し、口に頬張る。
「んまい~」
今日一日の疲れが一気に取れるみたいに、ドーナツの旨味が身体全体に染み渡る。
一つ食べ終えると、今度は箱を閉じて洗面所の方へ向かった。
ちょうど洗濯をしていた母の姿が映ると、
「あ、お母さん。ドーナツ食べたよ」
「ああうん」
振り返らず、母は答える。
「お母さん分は冷蔵庫に入れておくから」
それを聞いた母は思わず、
「それ、二つとも拍のために買ってきたのよ。私はいいから食べなさい」
「……あぁ、うん。わかった」
再び、リビングに戻って椅子に座る。
もぐもぐ。二つ目のドーナツはなんだか、おいしさよりも二つとも食べてしまっていいのだろうかという罪悪感の方が多く感じた。




