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8-1

 辺りに巻き散らされた毒液から、紫色の煙が立ち込める。ヴィクター・サルドディウスは、やや遠方でこちらを見据えるヴェノラーナを睨みつけていた。



『大英雄になりたい!? お前がか?』


『落ちこぼれのお前が、SSS(トリプルエス)なんてバカみてぇなこと言ってんじゃねぇよ!』



 ヴィクターの脳内に、こびりついた記憶が蘇る。幼い頃に、冒険者の学園で、同級生に足蹴にされた時の記憶が。


 ヴィクター・サルドディウスは、落ちこぼれの少年だった。彼のステータスはあまり伸びが良くなく、自分よりも才能のある者たちに幾度となく罵声を浴びせられてきた。


 それは、この世界ではよくある光景だった。ステータスで常に上下が明確に区別されるこの社会では、他人と比べ合い、人としての格の差を測り合うのが当たり前だったのだ。


 しかし、ひとつ。この世界の常とは異なる事があった。


 それは、ヴィクターが生まれついての負けず嫌いだったことであった。


 才能のないヴィクターは死に物狂いで研鑽を積み、モンスターを倒し、他の者たちよりも遥かに多いレベルを上げて来た。


 自分をバカにした人間を見返すために。何より、幼い頃に憧れた、英雄の栄誉を手にするために。


 ヴィクターは、努力が才能を超え得ることを証明するために、常に何かと競争を続けて来た。生まれついてから延々と育んだその競争心は、言うまでもなく、彼の行動指針を決めていた。


 周囲が毒霧で満ちる。既にヴィクターたちは、ヴェノラーナが出した毒を多量に吸い込んでいる。


 ヴィクターは血を吐き、ぐらりと体を揺らして片膝を着く。そんな彼の後ろには、婚約者である2人の女冒険者と、今回のハンティングに同行させたリステリアとがいる。



「ぐっ――この、おバカさん……! わかっていたでしょう、勝てないことぐらい……! なのにどうしてこんなモンスターに喧嘩を売りなさったんですの!」



 リステリアは、口から血液を漏らしながら、息も絶え絶えにヴィクターへ問う。ヴィクターは手に持つ剣を地面に突き立て、それを支えに立ち上がりながら、「子供が、追われてたんだよ……! 他に手なんてなかっただろ……!」と受け答えた。


 ヴィクターの足が震える。確実に迫る死への恐怖に、肉体の操作がおぼつかず、心がひっ迫していく。


 そんな酷く衰弱し切った精神の中で、ヴィクターが思い出していたのは、ロックベアードのレイドに遭遇したあの時であった。



「――なにビビッてんだよ」



 ヴィクターは脳裏に浮かんだ映像を否定し、無理強引に口角を上げ呟く。



「アイツより、俺の方が勇気がないだと? ……そんなはずがねぇ」



 途端、ヴェノラーナが頬を大きく膨らませ、そのまま口から毒液を吹き出す。吐き出された毒液はヴィクターたちへと迫り、彼らの肉体を溶かそうと襲い掛かる。


 ヴィクターは迫る毒液を睨み、途端、持っている剣に蒼い炎を纏わせた。



「俺があんな奴に負けるはずがねぇ! 舐めるんじゃあねぇぞこの野郎が!」



 ヴィクターは叫ぶと同時、蒼い炎を纏わせた剣を大きく十字に振り回した。



「グランドクロス!」



 十字に振るわれた剣は蒼い炎の軌跡を残し、炎は迫る毒液を消し去った。


 炎が消え、ヴィクターは息を切らして向こう側にいるヴェノラーナを睨みつける。ヴェノラーナはしかし、こちらを警戒したまま下卑た笑みを浮かべ、ヴィクターたちから距離を空けていた。


 ヴェノラーナは、このままヴィクターたちが衰弱し倒れるのを待っているのだ。ヴィクターはそれを理解しつつも、純粋に身体能力の高いヴェノラーナに近づくことも叶わず、辺りを包む毒の霧に肉体を蝕まれていた。



「ぐっ――クソ、どうすりゃあ……!」



 ヴィクターが焦り、悪態をついたその瞬間。



「――ファイヤッ!」



 突如、辺りに女性の声が響いた。途端にヴェノラーナに炎の塊が当たり、周囲の木々を薙ぎ倒すような特大の爆発が起きた。


 ヴィクターは突然の出来事に「なんだ!?」と驚く。瞬間、何者かが毒の霧を貫き、ヴィクターたちの元へと現れた。


 現れたのは、ルースだった。ボロ衣を纏ったルースは、息を切らして地面を転がると、そのまま「がはっ、ガハッ……!」と吐血をしながら、体を震わしてゆっくりと立ち上がった。



「る、ルース!? お前、なんでここに――!」


「今は、喋っている暇はない……!」



 ルースは更に咳き込み、多量の血液を口と鼻から漏らしてヴィクターへと話しかけた。



「お前――! 祝福のローブはどうした! そんなボロ衣じゃあ、毒の効果をもろに浴びて……」


「黙ってろ! ……ヴィクター。このままじゃあ、僕らは死ぬ。奴を倒せば、クロロさんが解毒剤を作ってくれる。――奴を倒すには、お前の力が必要だ。生きたかったら、僕たちに協力しろ」



 ルースは敵意の籠もった声で、ヴィクターへと言う。ヴィクターは彼の言葉に反発しそうになったが、仲間たちの状況を見ると、そのまま歯を食いしばり感情を押し殺した。



「――どうすりゃあいい?」



 ヴィクターはルースへ問う。ルースは息を切らしながら、「それは――」と言い、ヴィクターへと作戦を説明した。

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