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寝物語を初めてから、もう1週間だね。
あっという間だなぁ。
……ところで、今日の寝物語だけどさ。私、もう家族との思い出で話せそうな事、無いんだよね。
だからもうやめてもいい?
え? 家族と離れたあとの話も聞きたいって……やめた方がいいよ。寝物語にしては刺激が強すぎると思うから。
…………そんなに言うなら、別にいいけど。その代わり、『もういい』って言ってもやめてあげないからね。
じゃあまずは、私が両親と離れるきっかけになった話から。
と言っても、小さい頃の嫌な思い出ってちゃんと覚えてる部分の方が少ないじゃない? だから、結構短めで終わると思うよ。
私が4歳の誕生日で本を買ってもらって、「春になったら花冠作ろうね」ってお母さんと約束した話はまだ覚えてる?
そう、ならいいの。それがきっかけだったって話だから、覚えててくれて助かったって感じかな。
挿絵付きの新品の絵本って、庶民が買うにしては高級品でしょ。それを、周りには独り身だって言ってて、人里から離れた場所に住んでるお父さんが買ったものだから、怪しく思った人が後をつけてきたんだって。
お父さんはそれに気づかずに家へ帰って、後をつけてきた人は楽しそうに話す男女と女の子の声を聞いた。カーテンが締め切られていたから、その時はまだお母さんが魔族で私が混ざり者だって事は知られなかった。
でも、お父さんが独り身じゃないって事を知ったその人は、私とお母さんに後ろめたい何かがあるって分かったから、私たちの家の周りをうろつくようになった。こちらに気づかれないように、時間を開けながら、森の実りを取りに来た振りをして。
お父さんは、私とお母さんの姿を見られる前に運良くそれに気づいて「引っ越そう」って言ってくれたけど、次に住む場所の当ても無いのにまだ幼い私を連れての旅なんて絶望的でしょ?
でも、そうでもしないと遅かれ早かれ私たち家族は異端扱いされて、教会に捕まったら私とお母さんが殺される。人族のお父さんだってただじゃ済まない。
だから、時期的にも無謀だと分かっていてもなお、私たちは逃げるしか無かった。
荷造りを一日で済ませて、買ってもらった児童書とか、家族で拾ったドングリとか、宝物は全部その家に置いて夜逃げした。
……皮肉なものだよね。
世間から嫌われる混ざり者の私はその時に両親から愛されていて、私が優先された結果、私しか生き残らなかったんだから。
お父さんは、私とお母さんを魔物から庇って死んじゃった。
魔法のひとつも使えない一般人のお父さんが、食べ物を自分より多く分け与えていた私とお母さんの代わりに、真っ先に。
私たちが家を捨ててから、たった1週間後の出来事だった。
それからまた何日かして、お母さんはある冬の朝に目覚めなくなった。
寒さと、絶望的なまでの食糧不足が原因だった。
いつもならお母さんが魔法で暖めてくれているはずの洞窟で、寒さに身を震わせて目が覚めた私は、眠るお母さんに触れるより前に全てを悟って咽び泣いた。
空腹で五月蝿いお腹を無視して、私はお母さんを埋葬した。
人が見つけられないような場所に、魔法で土を掘り返して、目印も兼ねた墓石を置いた。
冬だからお供えの花は用意できなくて、代わりに魔法で氷の花を作った。
その後、ひとりになった私は当てもなく冬の森の中を彷徨って、最終的に行き倒れた。
その倒れた場所が孤児院の近くだったらしくて、私は孤児院に暮らす子どもに見つけられて保護された。
……じゃあ、今日はここまでね。一気に孤児院で暮らし始めたところまで全部話すと、きっとエリックも私も寝不足になっちゃうから。
おやすみ。
ーーーーー
昨日の続きだけど、私が小さい頃から孤児院で暮らしていたのは、前に少しだけ言ったことがあったよね?
ちゃんと時系列順に、今日はその保護された時の思い出話からね。
まず、孤児院で目覚めてすぐ、孤児院の院長を兼任してる教会の司祭様と、初めて対面した時の話。
その時の私は髪色も目の色も隠してなくて、出会い頭に言われたのは、
「穢らわしい」
っていう吐き捨てるような一言だった。
当然酷く冷たい目で、子供より遥かに高い目線から見下されるようにして言われたから、それだけで涙が滲むくらい怖かった。
その院長に人を痛めつけて悦ぶような性質が無かったのは、多分、数少ない不幸中の幸い。
「次にその髪と瞳を私に見せてみろ。二度とそんな真似ができないように目玉を抉り、頭皮を焼いてやる」
その言葉と共に投げつけられたのは、確実にサイズの合っていない古めかしいフード付きのローブ。
もちろん今身につけているものとは別だけど、基本的なデザインは全く一緒。
発育不良の私には大きすぎて、歩く度に裾を踏んで転びそうになった。もちろん転んだらフードが外れることもあって、そうなったら目撃者がシスターでも孤児でも、折檻されるのが当たり前だった。
孤児院にいい思い出なんて、思い出の本があった事くらいしかないけど……でも、司祭にこき使われ始めた頃と比べたら全然マシだったよ。
餓死くらいしか死の危険って無かったから。
同じ人間だって認めてなくても、孤児院の人たちは私を直接手にかける事を躊躇ってくれたから。
孤児院に保護されてからの数日、私の処遇が決まっていなかったらしくて、ひとまず小さな部屋の中で過ごすように言われた。
そこで思い出のあの本を見つけた。
本を慰めにしながら部屋の中で何回か寝て起きてを繰り返した。でもそれもシスターに「混ざり者が触ったものなんて不潔だ」とか言われて燃やされて。本当にもうダメだってくらい悲しくて、息を殺しながら泣いてたその日、院長が部屋に来て言った。
「お前の処遇が決まった」
って。
それから厳しい躾が始まって、私は教会に都合のいい駒になった。
孤児院でのエピソード、この後は部屋に閉じ込められて魔法の勉強してるばっかりだから特に何も無いんだけど、何か聞きたいことある?
そう。
なら、今日は短めだったけどもう寝よっか。
おやすみ。
ーーーーー
えっと……今日は、勉強漬けの日々が終わったところからでいいんだよね。
じゃあ、始めるね。
私が孤児として孤児院に居たのは、3年に満たないくらいの期間だけだった。
その間、私の世話もしてくれてたシスターさんから多少厳しめに当たられたことはあったけど、嫌だったのはせいぜいそんなもん。孤児の子どもたちとは、ほとんど顔も合わせなかったかな。
そしてある日、
「お前、上級魔法は使えるな?」
って、急に部屋に来た院長に言われて、わけも分からずに頷いた。
そしたら最低限の着替えが詰められたカバンが投げ渡されて、あっという間に馬車に乗せられて王都の孤児院が併設されてる教会に運ばれてた。
何日もかけて移動して、教会に着くや否や、
「お前の部屋だ」
って、孤児院の空き部屋に聖騎士見習いらしき人から荷物ごと物置に放り込まれた。
その翌日に、司教の中でも偉い部類の人と顔合わせがあって、
「殺されたくなかったら死ぬ気で働け」
とか言われて、契約魔法が付与された腕輪で縛られた。
契約魔法の種類は、命令に逆らうと痛い思いをするタイプのやつ。
あまり複雑な条件だと私の魔力量に対抗できないからって、『指示に逆らうのを禁ずる』程度の縛りだったけど。
指示は基本的に、『自死をするな』っていうのと、『○○をして帰って来い』って形で、教会に帰ることが絶対だったから、腕輪をしている間の私は命さえ主人に握られた奴隷と同じ。
死にたくても死ねないって、結構絶望的だよ。嵐の中で吹きさらしの椅子に括り付けられてる気分だった。
毎月大量の依頼書が渡されて、『解決して帰って来い』って言われて身一つで追い出された。
1ヶ月間の食費だったりは当然として、着替えすら持たせてくれなかった。
最初の1年間は、食べ物を買うためのお金を稼ぐ方法も知らなくって、適当に採集したものを食べるだけだから、本当にいつ死んでもおかしくないくらいで。……うん、辛かったよ。
依頼を終わらせて報告した後は物置で休めたけど、しょっちゅう孤児院のシスターから、
「穀潰しなんだからこれくらいやってよ」
って仕事を押し付けられてた。私の扱いは周知されてなかったから、仕事してても穀潰し扱いなの嫌だったな。
食べ物も貰ってないのに穀潰しって言われて、立ってるのもやっとなのに洗濯干しとかできるわけないよね。魔法使ってどうにかしたけどさ。
で、そんなある日。私は依頼の遂行過程で悪い人と知り合って、狩った魔物の素材を換金して貰えるようになった。
冒険者になった今だから分かった事だけど、随分買い叩かれてたよ。相場の10分の1もあるかどうか、って感じ。
でも、そのおかげで私は食べ物が買えるようになって、今日まで生きられた。貯金もできないギリギリの生活だったことに変わりは無いけどね。
そういうわけだから、その悪い人に感謝こそしてないけど、買い叩かれたことを恨んでもないかな。
15歳になってからは冒険者登録して冒険者になって、そこからようやく貯金ができるようになった。
教会からの依頼の合間で魔物を討伐して、っていう生活を1年くらい続けて、ほとんど教会にも帰らなくなった。
ただ、冒険者としての活動はバレなかったけど、さすがに帰ってくる頻度が低すぎて怒られた。
頑張って帰ってくる頻度も調節して、シスターからのイビリにも耐えて。
そして、17歳になった頃に司教サマと騎士サマがぞろぞろやって来て、
「王がお呼びだ。行ってこい」
って、国の騎士に引き渡される直前に腕輪を外された。
契約魔法が込められた腕輪っていうのは高価らしいから、用無しの、これからの旅路で死ぬだろう私に着けさせておくのが勿体なくなったんだと思うよ。
それで、その日に私はエリックと出会ったわけだ。
ーーーーー
そこまで語り終えたリズは、何日か前に俺が木から掘り出したコップに魔法で水を注いで喉を潤した。
「……どう? 面白かった?」
自嘲の籠った声だった。
「面白くは無かったけど、聞けてよかったと思うよ」
「……そう。良かったね」
何の感情も読み取れない声色でそう言って、リズは俺に背を向けて横になる。
「リズは、今生きててよかったって思ってる?」
聞かないといけないと思ったから、そう聞いていた。
「……今は、エリックとの旅は、嫌じゃないけど。
でも、この旅が終わったとして、私に生きる理由なんて何も残ってないの。会いたい家族はこの世に居ないし、お母さんの墓参りさえできたら、他にやりたい事だってない」
「……そっか」
平坦な声で言った。
だって、そうだよな。
この前の白髪の老爺の時といい、混ざり者ってだけで生きていくのが難しすぎる。
逃げるが勝ち、なんてこの場合で言うのは不謹慎かもしれないけど、きっとそういう事も考えてるんだろうなと、どこか遠くで思っていた。
「だから私ね、死に場所はもう決めたの。
この本と再会できたあの日に、どうしたいか決めたの」
リズは言った。
本の終章の舞台、そこで死にたいのだと。
「この本に出てくる場所、どこも絶景なんだけどね。そこは本当に別格なんだって。満月の夜にしか咲かない光る花があって、その光が湖に反射して、幻想的なんだって。
最期が綺麗な場所だったら、どうしようもないこんな人生も、少しはマシに思えるかもしれないでしょ?」
それに同意も否定もできず、2人して黙り込んだ。
僅かに洞窟に差し込む月光は柔らかく、それでいて冷ややかな色をしていた。
「なあ、リズ」
「……なに?」
もう寝てしまっていてもおかしくないくらいの時間が経ってから、俺はリズに話しかけた。
「俺も、一緒に行っていい? その本に書いてある場所に」
「どうして?」
「どうしてって言われても困るけど……そうだな。
ひとりだと、寂しいだろうと思って」
「…………」
こちらに背中を向けているリズを見て、続ける。
「俺、もう別に、王命とか守らなくてもいいと思うんだよ。どうせ『隣国が〜』とか言ってたのも、あの国王のことだから利己的な考えからの発言だろうし。
だから、これからの旅はさ。その本の聖地巡礼にした方が、よっぽど有意義だと思うんだけど……どう?」
返事は無い。
でも、拒絶されないならそれでいい。リズの意にそぐわない事をしなくて済むってだけの話だ。
「一緒に行って、一緒に死のう」
俺の意思は固かった。リズから何を言われたって、最期までリズに付き纏うつもりでいた。
だから、もうこれ以上何も聞くつもりはなくて、寝てしまおうと布団を被った。
「……勝手にして」
随分と時間が経ってから聞こえた言葉は、全てを突き放すようにも、拗ねている子供のようにも聞こえた。




