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エリック視点で始まりまーす。




「ぅ、ん……?」


 普段以上に重たい瞼を持ち上げて見えたのは、見た事もない天井。

 記憶の混乱もあってどうしてここで寝ていたのかが全く分からなくて、とりあえず、と硬いマットレスに手をついて起き上がりかけ、


「うあ゛っ?!」


 腕に走ったあまりの痛みに慌てて腕に体重をかけるのをやめ、ひたすらにその痛みが過ぎ去るのを待とうと体を丸くする。

 ただ、腕の痛みほどではないもののその些細な動作に身体の節々が痛みを訴え、これは本格的にヤバいかもしれない、と脂汗をかく。


 何でこんな怪我を?

 ここで目覚める前、俺は一体何をしていた?


 脳裏をそれらの疑問が空回り、そして気づいた。


「そうだ、リズっ!!」


 俺が怪我で動けなくなった時はいつも、リズがベッド脇に居て手を握りながら看病してくれたのに、今はその手を握られている感触がない。

 それが出来ないような状況にあるのか。もしかして、俺と同じように怪我を?


 嫌な予感が背筋を凍らせ、それと同時に目覚める前の記憶が鮮明に蘇った。


 あの時、花畑でリズと変異種が率いるヘビの魔物の群れに襲われて、崖から落ちた。変異種の魔法で崖から落とされたリズを追って、俺も崖から飛び降りたんだ。意識が途切れる直前に、ザバンッ!! と水の音が聞こえていたから、運の良い事に崖下は川だったらしい。


 ただ、リズは崖から落とされる時に、脇腹を変異種の魔法が掠めていた。その傷を負ったままに長時間水中にいたとなると、失血死が危ぶまれる。


 『死』という言葉が脳裏にチラついたと同時に、俺は思わず腕の痛みも忘れてベッドから転げ落ちるように抜け出していた。


「リズっ……!」


 半ば祈るようにその名前を口にして、


「ん………な、に?」


 と背後──さっきまで寝ていたベッドの反対側──から聞こえてきた声に脱力する。

 床に倒れ込んでいる様が見苦しいと分かっていても、今はそれを気にかける余裕よりも安堵が勝った。

 ……が、ドサッと音を立てるほどの勢いでベッドを抜け出した時に痛む方の腕をついてしまい、その痛みが遅れて襲ってきて、安心と恥ずかしさと激痛の奔流に耐え切れず「うぐっ」と声が漏れてしまった。


「エリック……いる、の?」


 まだ半分夢の中に居るようなふわふわとした声色で、俺の声が聞こえたらしいリズが小さく呟く。


「エリック……?」


 眠そうなのは変わらずに、でも確実に不安が籠った声で呼ばれて、腕が痛い程度の理由でその声を無視するなんて俺にはできない。


「大丈夫、近くにいる。……もう少し寝てていいから」


「……う、ん」


 今度は少し嬉しそうな声がして、それからゆっくりとした呼吸だけが聞こえてくるようになった。……俺から言われた通りに、また寝たらしい。

 なるべく音を立てないように、さっきまで俺が寝ていたベッドの枠を伝うようにして、俺の隣に置かれたベッドで眠るリズに近づく。


「……良かった。生きてて、本当に…………」


 布団から出ていたリズの右手を取って、その手の温かさに自然と涙腺が緩む。俺の親父じゃないんだし、俺は別に涙ぐみやすい方でもなかったのに、と思っても涙は止まらない。


 リズが崖下に落ちていくのを見た時、こんなに恐ろしい事はもう人生で起こらないと断言できるくらいの恐怖を味わった。

 騎士見習いになる前に祖父母を看取った時は、悲しく思う事はあってもここまでの恐怖を覚えはしなかった。騎士としての訓練中やリズと一緒に魔物と戦って死にかけた時に感じた恐怖も、リズを失うかもしれないと思ったあの瞬間に比べたらなんてこともなかった。


 リズと離れ離れになるなんて考えられない。

 リズが死ぬくらいなら、俺が変わりに死にたい。


「リズ……。俺、リズの事…………」


 愛と呼ぶには未熟で押し付けがましくて、恋と呼ぶには大きすぎるこの感情は、どう伝えたらいいんだろう。

 なんて言ったら、頑なに閉ざされたリズの心に伝わるんだろう。


 ただひとつ確かなのは、リズがいなくなったら俺がだめになるくらい、リズを大切に思ってる事だった。






ーーーーー






「もし、もし、そろそろ起きてくださいませんか」


 不意に聞こえてきた男性の老人の声に、瞼をそっと持ち上げる。

 真っ先に見えたのはリズの手を握る自分の右手で、あのまま寝てしまったのかと小さく納得し、腕が痛まないようにゆっくり起き上がった。


「ああ、お目覚めになられましたか。お加減はいかがでしょう? おふたりとも、酷い怪我をなさっていたものですから、もう目覚めぬのではと心配しておりました」


 再び声の聞こえた方を向けば、水の入ったコップと水差しを乗せたお盆を持った老爺が居た。さっきの声や話し方から受ける印象の通りに、服装は質素ながらにとても優しそうな人に見える。


「あなたが、俺たちをここまで運んで、治療までしてくださったんですか?」


「ええ。川の浅瀬に流れ着いていらっしゃったお2人を私が見つけましてね。運ぶのは集落の若い衆が手伝ってくれました。この家は前の持ち主が亡くなってから空き小屋になっていたので、ひとまずこちらへ運び込んだのです。

 丸一日は寝ていらしたのです、喉が渇いたでしょう。粗茶も出せない貧しい集落ですが、せめてお水をと思いまして。どうぞ」


「治療から何から、本当にありがとうございます。いただきます」


 差し出された水を1口飲んで、ようやく喉の乾きを自覚する。あっという間に1杯目を飲み干し、差し出された水差しからおかわりを貰って2杯目も流し込む。そこでようやく落ち着いた。


「ご馳走様でした。……それで、あの、彼女の容体の方はどうなんでしょうか。俺たちの荷物も一緒に流されたはずなんですけど、それも流れ着いてたりしませんでしたか? その中に傷薬だったり色々入ってるので、もし彼女に何かあったらそれも使ってほしくて」


「おふたりのお荷物と思われるものでしたら、おふたりと一緒に流れ着いているのを見つけて、そちらのテーブルの上に置いてあります。

 お嬢さんの方でしたら、あなたに比べれば軽傷でしたから、きっと大丈夫ですよ。流れ着いた時もあなたに抱きしめられたままで、しっかりと守られていたのでしょうな。

 脇腹の傷が1番酷くて、痕が残ってしまうかもしれませんが……こればかりは、どんなに優れた傷薬でも結果は変わらないでしょう、としか」


「……そう、ですか。でも、きっとあなたに見つけてもらえなかったら、俺たちは2人とも助からなかったでしょう。あの、本当に、なんとお礼をしたらいいのか………」


 彼には全く非が無いというのに申し訳なさそうな表情で傷の具合を教えてくれた、リズの髪色を見てもこうして助けてくれた老爺へ、今の俺にどんな恩返しができるだろうか。


「お礼なんて結構ですよ。善行に代償を求めてはおりませんから。

 ですがそうですね、おふたりの怪我が治られるまでこの小屋を貸す代わりに、少々畑仕事などを手伝って貰えますとありがたい。……それから」


 朗らかに話していた老爺だったが、改まって真剣な面持ちになり、


「この集落に暮らすのは、世間で『特別』とされる髪色や瞳の色を持つ者ばかりです。

 亡国の王族にだけ現れる色を持って生まれた人間。忌まわしい混ざり者と髪色や瞳の色が一致して生まれてしまった人間。そういった世間では暮らしづらい者たちが集まってできたのがこの集落なのです。

 どうかあなた方がここを出た後に、集落について触れ回る事だけはしないでください」


 と言った。

 混ざり者を『忌まわしい』と表現したこの老爺の声色に憎しみが見て取れて、途端に危機感が募る。しかし。


「ぅぅ……こ、こ……どこ?」


 目隠しをつけていないままのリズが、今、目覚めてしまった。


「ああ、お嬢さんも……っ!!?

 黒い瞳……お前、混ざり者か!!」


 先程までの真剣な面持ちとも、その前の朗らかなものとも結びつかない、怨嗟に満ちた声と表情。


「まさか私が混ざり者を助けてしまうだなんて……! 魔力量が少ないから、運悪く髪色が一致して生まれた娘なのだと思ってしまったのが悪かったんだ。ただ魔力を使い切っていただけだったとは!

 出て行ってくれ! 今、すぐに!! 混ざり者に与える施しなど無い! 出ていけ!!!」


 丁寧な口調すらかなぐり捨て、一方的に喚く老爺。

 目覚めて早々に暴言を浴びせられ、混乱しているはずのリズは、諦めたような表情で俯きそれを受け流している。


「……っ」


 今まで俺は、こうして『混ざり者だから』と何の罪もない人を責めるような場面に運良く出会わずに生きてきた。

 だからこそ初めて目の当たりにしたこの光景は俺にとって衝撃が強く、リズの慣れを感じさせる諦念の表情が気に食わなかった。そんな表情をさせる世間の風

潮も、目の前で怒鳴り続けている老爺もだ。

 『恩人なのに』と頭の何処かでは思ったが、止まれるだけの理性は残っていなかった。


「彼女が!!!」


 老爺にも勝る大声で叫び、罵詈雑言を止めさせる。


「彼女が、リズがあなたに何をしたって言うんですか!! 混ざり者に生まれる事は罪じゃないでしょう!? 生まれは選べないものだと、あなたはそんな簡単な事も理解できないんですか!?」


 体が万全じゃないのに大声を出したせいで、呼吸が乱れる。顰め面をした老爺も俯くリズも黙り込んで、部屋の中は酷く静かになった。


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 あまり長くはない沈黙の後に、


「……お前らに、何が分かる」


 と老爺が吐き捨て、叩きつけるようにして扉を閉めて部屋から出て行く。次いで草を踏む音が微かに聞こえてきたから、この建物そのものからも立ち去ったのだろう。


「リズ、あの……」


 声をかけたはいいものの、言葉が続かなくて結局口ごもる。

 そんな俺にリズは、


「いいよ、別に」


 と小さく言った。


「『いいよ』って、どういう……?」


「私の事、庇わなくていいよ。一々まともに受け取ってると、身が持たなくて余計辛いし」


 ようやくこちらを向いたリズは、下手くそな笑顔を浮かべていた。今にも泣きそうで、でも、泣くことすら諦めているのがよく分かる笑顔。


「何言って……!」


「私、ここから離れるね。1人でいる事も、森の中で過ごす事も慣れてるから大丈夫。

 エリックはその怪我じゃ旅なんかできないでしょ。この辺りで時間潰して待ってるから、さっきのおじいさんに謝って、治るまでここに居させてもらいなよ」


 俺の言葉を遮ったリズは、言い終えるや否やふらつく体に鞭打って立ち上がり、2つある収納袋の内の1つを手に取ると、ゆっくりこの小屋の出口へと向かう。

 一人で行かせたくなくて、一緒に居たくてリズを止めようとするが、身体がピクリとも動かせないからそれができない。直感で、そうなるようにリズが俺へと拘束の魔法を使ったんだと分かった。


「まっ、て……」


 辛うじて絞り出した音も黙殺されて、静かに離れていく足音を聞く事しか、俺には許されなかった。




 このお爺さん、生まれつき髪色が白くて散々不幸を味わった後に、世間の目から逃れようとしてこの集落に辿り着きました。

 混ざり者に白髪の特徴さえ無ければこんな人生を歩まずに済んだのに、という方向性で歪んでしまいましたが、自分と同じパターンの可能性を信じて一度はリズを助けるなど、根は良い人です。

 良い人だからこそより不幸な経験を積み、その結果、感情の逃げ場を求めて混ざり者を逆恨みし始めたとも言えます。

 普段は人生の苦労を感じさせないほどに穏やかな性格の、集落で暮らす人たちからとても好かれる、頼り甲斐のある長老的ポジションの方です。

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