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投稿初日なので、4話続けて投稿してみました。
明日からは朝夕6時に1話ずつ、計2話投稿しようと思ってます。
「………………いやだ」
長い沈黙の末にエリックが小さく呟いて、いきなり差し出した手を握られた。それだけでは止まらずに、握った手を引き寄せるようにして私を丸ごと抱き締める。
ビクッと肩が揺れて、離して欲しくて身を捩る。でも、そうして暴れるほど抱きしめる力が強くなっていく。頭の中が完全にパニックで、魔法で短距離転移して腕の中から逃げる事も、エリックを私から吹き飛ばしてしまうことも、この時は全く思いつけなかった。
「や、やだっ! 離して、触んなっ」
乱暴に白髪を掴み上げる手。
頬を張られた時の衝撃と熱さにも似た痛み。
這いつくばった私の腹や手を踏みにじる靴の裏。
触れ合いとも呼べない関わりは、そんなものばかり。
だから、こんなの、知らない。
怖い。怖いよ。
知らないから、この後に何をされるのか、分からなくて怖い。
この温みを、一瞬でも心地良く思ってしまった自分が怖い。
この腕に突き放されるのが。
痛めつけられる日が来ることが。
私からエリックに縋ってしまう未来が。
「大丈夫、大丈夫だよ。リズ、大丈夫。俺はリズに怖いことも痛いこともしない」
嘘だ。うそだ。何が大丈夫だって言うの。今の私、これっぽっちも大丈夫じゃない。やめてよ。震えてるんだから離してよ、怖いよ。何も分からなくて、知らない事ばっかりで、怖くてたまらないの。
「大丈夫、大丈夫……」
私の背に回されたエリックの腕から、ゆっくりと締め付けるような力強さが無くなっていく。でも、決して緩くはならない。宥めるように、暖かい手のひらが私の背を規則的に上下する。
ふと、自分がいつの間にか暴れるのをやめていたことに気がついた。
ただ、脱力して腕を下げるのでは無く、エリックが私にしているように、私もエリックの背に腕を回していた。
背に回した手のひらで、エリックの服がクシャクシャになるくらい握りしめて縋っていた。
「大丈夫、離れないよ。今日の事を理由に、リズを一人になんてしない。嘘じゃないから。……だから、もう泣かないで?」
緩々とエリックの服を握っていた手を離すと、私の背中から頬へとエリックの手が移る。
手のひらに促されるままに顔を上げると、外気がじっとりと湿った目隠しを撫でた。その時の冷たさで、少しだけ気分が落ち着いた。
そして、それまで目隠しが外気に晒されなかったのは、エリックの胸に自分の目元を押し付けていたからだったのだと気づいた。
「……目隠し、取っていい?」
ギクリと体が強ばる。それがまだ私に触れたままでいるエリックにも伝わったのか、
「無理にとは言わないよ。ごめんね、嫌だよね。ただ、目を見て話したかっただけなんだ」
と申し訳なさそうに、へらりと笑って言われた。
……やっぱり、その笑い方は嫌いだ。
「えっ、り、リズ?」
そう思うと、自然と私の身体は動いていた。
頬から外されそうになったエリックの手を掴んで、こめかみ辺りの隙間にエリックの指をひっかけるようにして、その指を私の顔から離れるように動かして、目隠しを緩める。
エリックの朝焼け色の瞳の中に、素顔を晒した私が映っている。分かりやすく不貞腐れた私が。
「……」
「…………なによ」
私の瞳をひたすらに見つめるエリックは、少しだけ口を開けたまま動かない。
……こうなったら、向こうが動くまで私も絶対動かない。
もう決めた。
こんなことでムキになって、どっちが年上だよとか考えたら負けだ。エリックに言われたら実力で黙らせてやる。新兵卒同然のコイツに、後衛に不利なこの至近距離であろうとまだまだ負ける気はしない。
「…………」
「……………ぇう、」
たっぷり10秒以上の硬直が続いて、エリックの半開きの口からかろうじて絞り出されたのは、なんとも情けない、意味を持たない音だった。
貶すでも感想を言うでも無く、ただ呻いただけ。
……もしかして、いざ私の目を見て、声も出せないくらい恐ろしくなったんだろうか。
そう考えて、一気に心が凍りついた。
エリックから酷いことを言われる未来を怖がった時点で、私はとっくに独りの時より弱くなってしまっていた。1ヶ月にも満たないような短期間、一緒にいただけなのに。
「……もう、いいでしょ。早く収納袋渡して。私、もう、行くから。王命、私もう放棄してどっか行くから」
突っぱねるようにエリックの胸を押して離れようとする。でも、上手くいかない。
「エリック……?」
栄養不足の女の腕では、鍛えられた男を突き飛ばせない。そんなのは当然だけど、それ以上にどうしてか、エリックが私を離そうとしてくれない。
この瞳の色に、怖気付いたくせに?
「……ごめん」
酷い言葉を浴びせようとした時、エリックが謝った。
『ごめん』って、何に対しての謝罪?
受け入れる素振りを見せて、怖気付いた事?
受け入れる素振りが嘘だった事?
もう、何も分からない。
怖気付いているのに、私を離さないと言うようにまた私を抱きしめる。
その理由だって分からない。
「ごめん、リズ。想像の倍どころじゃなく、こう、破壊力が………。
だってもう、反則だろこれ。泣いた後だからか布に擦れたからか知らないけど、目元赤らんでるし身長差で上目遣いだし、それ以上に、普段強気なのに弱ってるのがギャップすぎてもうキュン死するんだがっ」
『破壊力』云々の後は、私に聞かせる気がなかったのか心の声が漏れたのか、妙に小声で早口だった。
「え、エリック?」
腕の中にいる私には丸聞こえだったけども。
……でも。
「……ねえ、今なんて?」
「…………えっと。今のは、もしかしなくても……全部言っちゃってたやつ、よな?
聞かなかったことには……」
「…………」
全力のジト目。よもや侮蔑すら込めてやる。あそこまで言っておいて『無かった事』とか無しすぎる。
油が浮いてる汚泥みたいなこの黒い瞳見て、リアクションが『ギャップ萌え』って何よ。
「……やっぱ、無理だよね?」
「……」
「………あー、事情を説明すると、俺の母親が混ざり者とかそういうのに偏見持つのをすっごい嫌ってる人なんだ。
『髪色や目の色だけで人を判断するなんて馬鹿らしい。初代教皇の血筋を表す高貴な紫の瞳を持った大犯罪者だって歴史にいたし、色に基づいた性格診断なんかは信憑性に欠ける』って常々言っててさ。相手に嫌いになれる理由が無い限り、たとえ混ざり者であろうと魔王であろうと親切にするのよ、って耳にたこができるくらい言われまくったんだ。
だから、理不尽に言いがかりつけてきたあの男たちの方が、俺にとって忌むべき存在って言える。今後の旅で俺が死なないようにって色々特訓してくれるリズとどっちを取るかなんて、そもそも比較対象にすらならないんだよ」
「……そっ、そんな私に都合のいい話あってたまるか!! 分かりやすい嘘つかないで!」
何よその、この国の人間にあってはいけない思想持った母親!?
この国で混ざり者に親切にしろだなんて、小児性愛者な性犯罪者を目の前にして「自分は子供じゃないし子供もいないし、自分自身に不利益ないから警邏隊に突き出すのはやめとくわ」って言ってるのと同じでしょ!?? 信じられるわけない!!
「嘘じゃないって! あー……どうしたら分かってくれるかなぁ。その綺麗な白い髪撫でたり、いっそ親愛のキスでもしたりしたらいい? リズが嫌じゃなければだけど」
「き、きっキス!??」
「うん。親が子供にやるような、おでこにするやつ。ほら……」
キスって言葉だけで固まってしまった私の顔に、ゆっくりとエリックの程良く整った顔が近づいてくる。背中に回されていた手の片方がいつの間にか私の後頭部に、髪を撫でるようにして添えられている。
決して強く拘束されてるわけでもないのに、どうしてかエリックの動きを止めようとできない。
「ちょっ、ぁっ、ぅ、近ぃ……っ!」
口でだけ抵抗していても、私の顔は真っ赤になってるし、その声も申し訳程度に動かしてる手もすごく弱々しい。本気じゃないのが丸分かり過ぎる。
前髪越しにほんのりと感触が伝わってきて、一気に心臓が跳ね上がった。
「……真っ赤。
やっぱり、リズは可愛いよ。雪みたいに白い髪も綺麗だし、手入れしてる素振りもないのにサラサラだし。あと、その光の加減で色んな色が反射する黒い瞳も、磨かれた宝石みたいだ」
顔を離して満足気に話しかけてくるエリックの言葉一つ一つに、たまらなく逃げ出したくなる。その言葉を嫌じゃないと思ってしまう自分から、あと、純粋な恥ずかしさから。
「フード被ってるからか肌すごい白いのに、ほっぺだけ真っ赤なのほんと可愛い。……こうして抱っこしてると華奢なのがよく分かって、守ってあげたくなる」
「……〜〜っ、も、いいからっ!! ちょっと黙って! ってか離してっ!!」
初対面とか、嫌いな男から言われたら鳥肌なのに、こんな短期間しか一緒にいないエリックだと嫌じゃないなんて、本当にわけわかんない!
思い出したようにエリックの口を塞ぎにかかったり、ひたすら足をばたつかせたりして、何とか抱きしめられた状態から脱出する。思ったより脱出が簡単だったのは、エリックが一切抵抗してこなかったから。
それどころか、
「俺がリズのこと嫌いになってないって、これで分かったでしょ?」
って自信満々に言ってくるから、私は彼の言う『真っ赤な可愛い顔』でそれを認めるしか無かった。
ーーーーー
あれから、どちらともなくいつも通りに荷物を持って、次の目的地の村に向かうべく歩き始めた。
……けど。
「遅い!」
収納袋のおかげで荷物は軽いはずなのに。普段から鎧着て訓練してる騎士サマなんだから、ローブと胸当てだけという軽装備の私に負けない体力を持ってて欲しかった。
「このままじゃ日が暮れる! もっと急いで!」
「ちょっ、ちょっと、休憩っさせて……」
息も絶え絶えにエリックが言う。
「〜〜〜っ、もう! 5分だけだかんね!」
急ぎたい気持ちを抑える。このまま歩き続けるより、少しでも休憩を挟んで体力を回復させた方が最終的に早く着くのだと分かっているから。
「……はぁ」
「す、すみません……」
私の溜息に、ビクリと肩を震わせてエリックが謝る。いいや、今回は、ここまで萎縮させた私が悪い。
「謝らないで。……今のは私の方が悪かったから。ごめん」
いつも1人でやってきたから、自分を基準でしか考えられなかった。
『男だから、私よりも重装備だって平気なはずだ』なんて、根拠もなく考えていた。
これじゃあ、私を慮ることなく使い潰そうとしてきた教会と、何も変わらないじゃないか。
恐る恐るこちらを窺って謝るエリックに、幼かった頃の私が重なって、自己嫌悪が深くなる。
そんな私を見かねたように、わざとらしいくらい明るい声色で、水分補給を終えたらしいエリックが話しかけてきた。
「さっき2人で逃げた時も思ったけど、リズって俺よりよっぽど体力あるんだな。一応俺も身体資本の騎士を職に選ぶくらいには体力に自信あったんだが、銀の冒険者証をたった17歳で手に入れただけあるんだな」
「まあね。魔法で筋力を補助してるからってのもあるけど、そのくらい必死にならないと生きるために必要なお金が手に入らなかったから」
気分を変えたくてありがたく話に乗らせてもらったけど、思い出した嫌な事が上手く切り離せなくて、空気が悪くなるような話にしてしまった。
「リズは、あの日王宮に呼ばれるまで教会の管理する孤児院で生活してたんだよな? なのになんで、自分で稼がなきゃ生きられなかったみたいな言い方……もしかしてだけど、混ざり者だからって事か?」
心底不快そうに眉間に皺を寄せるエリックに、嬉しいようなむず痒いような、変な気分になる。
「……世間で普通なのは、教会の方だからね?
ああそうだエリック、この程度でへばってるようじゃ、いくら命があっても国境付近の森なんてとても抜けられないから、次の村でまたダンジョンに籠るからね。あと3回はダンジョンに2週間くらい籠るのを繰り返すから、しっかり覚悟しといてよ」
エリックは私が曖昧な言い方で濁したのがお気に召さなかったらしくて更に眉間の皺を深くさせるから、なんだかそれだけで泣きたくなって、咄嗟に話を逸らした。
分かりやすい話題の転換で誤魔化されてくれたエリックのこの世の終わりみたいな表情に笑わせてもらって、次の村に今日中に到着する事を諦めた私たちは適当に休憩場所に選んだここで1晩を過ごすことにした。
急にエリックめちゃくちゃデレてんだけど、なんでや。作者にも分からんのだけど、ほんとなんでや。ここまでこいつデロ甘にする予定無かったぞおい。……最近溺愛系読みすぎたからか?




