番外 その後のご挨拶
番外2話目の連続投稿です。読み飛ばしにご注意ください。
お互いの両親に挨拶するお話です。
前半はエリック視点でリズのお母さんに、後半はエリックの母リリアン視点でエリックの家族に、それぞれ会いに行きます。
ユーフォレアとの国境に近い山奥で、一抱えほどの大きな石に、リズと2人して手を合わせる。
きっと俺の紹介をしてくれているだろう彼女の隣で、俺もまたリズのお母さんに挨拶をした。
どれだけ愛しているか、大切にしたいと思っているかを懇切丁寧に説明していれば、「……エリック?」と鈴の音のような可愛い声で呼びかけられる。
「あんまり長い間目をつぶってるから、寝ちゃったのかと思った」
そう言って悪戯っぽく笑う彼女に、またひとつ好きだなと思う。
こうして成長して、ご両親から受けた愛と俺の捧げる心を手に美しく凛と立っている彼女を、彼女のご両親と共にずっと見守っていきたいと強く祈った。
勇者業ってリスクあるし、早いこと退職して年金暮らしさせてくれないかな。そしたら一分一秒でも長くリズと居られて幸せなのに。
この思いを敬語で包んで陛下に愚痴れば、「俺がそうしたいくらいだ」って言葉と共に却下されるんだろうな、と遠い目になった。
……まあ、いいさ。怪我しないくらい強くなればいいだけの話だ。リズを守る力を得るためだと思えば、本当に王族か? ってくらい強い陛下との手合わせも、血反吐を吐くような自主訓練もへっちゃらだから。
ーーーーー
勇者として名を馳せている長男エリックから、ある朝に手紙が届いた。
「母さーん! 兄貴から手紙ー!! 婚約者連れて顔見せに来るってー!!」
「エリックが!? いつ!?」
玄関付近から大声を出す次男トラビスに、料理の手を止めて問いただした。
興奮が収まらない。
だって、あのエリックに『婚約者』!! 小説の書き下ろし番外通りのことが現実にもちゃんと起きたのなら、私の推しカプが! 献身的で控えめ可愛いお嫁さんが!! 目の前に来るんでしょ!!!?
「母さんちょい待ち。今読んでる……えっ、はぁっ!!?」
「なっ、何!?」
ダイニングまで手紙を読みつつやって来たトラビスの顔が、手紙のある一点を捉えた瞬間に凄いことになった。
何事かと濡れていた手をエプロンで拭いつつ覗き込めば、そこにはここに到着する予定の日時が書いてある。……今日の日付で。
「えっ、はっ、おっ、お父さーん!!!」
「どうしたのリリアン!?」
思わず夫を呼べば相変わらずの俊足で駆けつけてくれた。
寝坊常習犯の末っ子リッキーも、
「うるさくて眠てらんないんだけど……何事なの?」
と、寝癖だらけの頭で、眠そうに目元を擦りながら寝室のある2階から降りてくる。
「エリックが帰省するって手紙が来たの! 婚約者連れて! しかも、到着は今日の午後1時頃だって!!」
「はあっ!?」
真っ先に叫んだのはリッキー。
気難しいお年頃ながらエリックにはよく懐いていて、「勇者なのに女っ気のひとつもねーの?」とか言ってエリックに会う度に絡んでいた。小馬鹿にするような言い方だったけど、本心では「寂しいからまだ家庭を持たないで欲しい」って思ってるのが他の家族には丸分かりだった。
いつもエリックはそのだる絡みに「うっせ」とか言って返していたから、今回の手紙はまさに青天の霹靂だったことだろう。
「……今日届いた手紙なんだよね?」
「そうなの! どうしましょう! お出迎えの準備もそうだし掃除だってしなきゃ!」
硬直したリッキーの隣で、夫のクレイトンが目を細めて難しい顔をする。
「結婚の挨拶じゃなきゃ説教してやったのに……。
とりあえず、リリアンは食事とお茶の準備をしててくれ。父さんたちで掃除は済ませておくから」
ほら行くぞ、共用部分だけ大急ぎでやればまだ間に合う、と息子2人を連行するクレイトン。
「絶世の美女連れてきたらどうするよ!?」なんてウキウキのトラビスはともかく、茫然自失のまま引きずられていくリッキーが少々可哀想だった。
「……って、急がなくちゃ!!」
一気にシンとしたダイニングで一瞬呆けてしまったが、その遅れを取り戻すようにいそいそと、私はひとまず準備中だった朝食のサンドイッチから仕上げてしまうことにした。
ミシェルちゃんを連れてくるだろうエリックの到着まで、あと4時間。
「大丈夫だよ、母さんがどういう人かってのは前にも話しただろ? 俺をこんな風に育てた親なんだから、絶対反対なんかしないって。……もし反対されたって、絶対手放したりしない」
……時間ぴったりに玄関に並び、息を殺すようにして待っていた私たちは、扉越しに聞こえてしまった長男の耳から砂糖が溢れるような甘い声に百面相していた。
クレイトンは苦笑いで肩を竦め、トラビスはニヤニヤしながらヒュゥと小さく口笛を吹いている。私もまた、エリックの言葉選びに夫の血を感じて変な気分になっている。リッキーは……彼氏の浮気現場に出くわした彼女、とかの感じが一番近そう。めんどくさい小舅まっしぐらなんじゃないかしら、これ。
「じゃ、開けるよ。……ただいまー……って、うわぁっ!!」
婚約者ちゃんの手を握ったまま玄関扉を開けたうちの長男は、そろい踏みの私たち家族を見て飛び上がらんばかりに驚く。
私は私で、知ってる色を纏った知らない顔立ちの女の子の登場に、全く動揺を隠せずにいた。
結婚の挨拶に来たリズちゃんが手土産にくれたユーフォレアのお菓子をお茶請けに、私が趣味で調合したハーブティーを一口。
コミュニケーション能力が飛び抜けて高い次男のトラビスは、緊張気味のリズちゃんの隣に座って楽しそうに雑談している。エリックはトラビスの冗談に時折ツッコミを入れながら、自分の家族と話しているリズちゃんを本当に愛しそうに見ている。自分と似た愛し方をする長男のことを見て感心しているクレイトンも、リズちゃんのお茶が無くなれば「次はこっちも試してみる?」なんて別のフレーバーティーを手に話しかけて場を和ませる。
リッキーは……何か話そうと口を開くだけでエリックから睨まれて、ハムスターみたいに怯えている。開口一番に「俺は認めてないから!」とか叫んでリズちゃんに悲しそうな顔をさせたものだから、すっかりマークされたらしい。
猪突猛進型のまだ可愛げのあるこの小舅が、一日でも早く大人になる事を祈ろう。
クレイトンと同じ愛し方を自分の『正解』にしたらしいエリックのことだから、きっとこの結婚を反対する存在は、たとえ弟であろうと容赦なく縁を切ろうとするだろうし。お兄ちゃん大好きっ子なリッキーがそれに耐えられるとは思えない。
それから、エリックの連れてきた子がミシェルちゃんじゃなかったことに驚いた私だが、リズちゃんはちゃんといい子そうだし、エリックと相思相愛なのは十分に理解できた。だから、ちゃんとリズちゃんをエリックのお嫁さんとして歓迎するつもりである。
小説に出てきた『勇者エリック』の前に、エリックはうちの可愛い長男だし。
……でも、今だけ。ほんのちょっとだけ感傷に浸らせて欲しい。
前世の私が「両片想い尊ーい!!」ってキャーキャーしてた『エリックのミシェルを見る瞳は慈愛に溢れていた。』の一文が、まさかの本命の女を投影して別の女を見てた視線の描写だったとか!! ちょっと!! ないわー!!!
好きな人に似てるから、困ってそうに見えたら助けたくなるとか、まあ分かる。分かるけどさ!
あんな小説にあったみたいに優しく接されたら、親切にされることに慣れてないミシェルちゃんなんてコロッと惚れちゃうに決まってるじゃない!!
「……いい、エリック。あなたにそのつもりが無くても、優しくすると勘違いしちゃう女の子だっているんだからね。リズちゃんを安心させてあげたいなら、他人に優しくするなとは言わないから、常に『大切な人がいるんで』ってアピールは怠っちゃダメよ」
王都に帰るついでに立ち寄っただけだから、と2時間ほどの滞在で帰ろうとするエリックに、私はそんな忠告をした。
「? うん」
とか、何も分かって無さそうな返事をしたこの鈍感息子は本当に罪深い馬鹿野郎だ。
一方で、小説でのミシェルちゃんみたいな存在に心当たりでもあったのか、リズちゃんからは感謝の眼差しを向けられて少々くすぐったかった。
……自分からは、やっぱり言い難いわよね。心が狭いって思われて幻滅されるんじゃないかとか、愛されてる自信があっても怖くなるものね。
本人に八方美人の自覚が無い上に、こっちにはちゃんと愛を示してくれて、なら不安になってる私が悪いの? って思っちゃうわよね。
抱え込んでいても仲が拗れる原因になるって分かってるこの感情だけど、真正面から愛をくれるこの人にぶつけるのは違うんじゃない? 私の中で解決するべき問題なんじゃない? って、考えすぎて苦しくなっちゃうのよね。
そんな事を視線だけで通じ合え私たちは、きっといい義家族になれるだろう。
なんて思いながらエリックとリズちゃんを見送って、じゃれ合ってるトラビスとリッキーを後ろで眺めつつ、夫婦並んで家に戻ろうとする。
その時にふと思い立ってしまったものだから、肘でクレイトンの脇腹を小突いてやった。
「いてっ! え、何で!?」
と、小突かれた理由も分からずに目を白黒させる姿を横目で見て、どうしてもういい歳なのにビール腹の片鱗も無いのかしら、毛だって全然フサフサだし、とやさぐれた心で思う。
子どもが独り立ちして離婚する夫婦が周りに多くなってきて、「お宅の旦那さん、ずっと若々しいままでいいわねぇ」なんて言われることがある。
嫌なところまで似ちゃってまあ、と遠い目になった。
ノックに「通れ」と許可を貰い、国王陛下の執務室に入る。
「休暇より帰還し、本日より職務に復帰いたしますことを伝えに参りました」
「そうか。励めよ。下がっていいぞ」
こちらに一瞥も向けないのはいつもの事なので、書類に書き込みをしているのは特に気にせずにさっさと挨拶を済ませる。言葉数の少なすぎる対応にドン引きしていたのも今となっては遠い昔の事だ。
本当なら言われた通りに退室してしまいたいが、結婚する報告も一応しないといけない。
「いえ、ご挨拶とは別に、一つ個人的なご報告がございます」
「なんだ」
「この度、以前より親しくしていた女性と結婚することになりました。目立ってもいい事はありませんし、挙式は行わない予定です」
「そうか。……では、祝いの品の代わりに一つ、いいことを教えてやろう」
本当に祝いの気持ちがあるのかも微妙な、酷く平坦な声色で陛下は言う。
「聖剣を抜いた者が次代の勇者となり世界を平和に導く、という伝承が信じられているが、あれはデマだ。
神託を受けて立ち上がった勇者はかつて実在した。しかし、後世に聖剣として伝わっているその剣は勇者が愛用していた剣であるというだけで、特別な力が宿っているわけではない。風化をものともしないほどに丈夫で性能の素晴らしい品ではあるが、それだけだ。
勇者の愛用品を聖剣というシンボルとして神殿に飾り、盗みを警戒して台座に抜けなくする仕掛けを施し、その仕掛けについての話が忘れ去られた結果、仕掛けの経年劣化でたまたま聖剣を抜けてしまったお前が現代で勇者として担ぎ上げられた。
神殿の奥地で忘れ去られた資料の中に、聖剣についての記述を見つけて知った。信頼できる情報だ」
俺の立場の根幹を揺るがすような事実を、今日の日程でも語るかのように、あっさりと。
「だから、ただ健全な政治をするだけでは意味を成さないような、未曾有の危機というものを警戒する必要は無い。ある程度の膿が排出できたからには、辺境に勇者を派遣する頻度を減らせる上に、育児休暇なんてものも制度として適用しても問題ない状況にある。ただし、式典には勇者として出てもらう必要があるがな」
「育児休暇、とは……?」
「ティーナが考案した、子を持つ親のための休暇制度だ。赤子の世話に集中するための休暇が、職場に籍を置いたまま取得できる。給付金も出す上に、育児休暇は男女問わず取得できるようにする」
聖剣がどうのはもうどうでも良くなったし、王妃殿下は本当に心の底から尊敬できる御仁だと思った。




