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番外 エリミシェの推しシーン、その裏側。

 時系列的には18.5くらいの、リズちゃんが暗躍しつつ遠征に行くエリックの引っ付き虫をしていた頃です。




「はーっ、つっかれたぁ……」


 ドサッと身を投げ出すように、いつもの客室のソファへと腰掛けたエリックが愚痴っぽく呟いた。


「遠征、お疲れ様です」


「ああ、ミシェル。いつもありがとう」


 用意していたハーブティーを差し出せば、疲れきった顔を取り繕って笑みを浮かべたお礼が返される。

 この感じだと、今回の遠征は結構な重労働をしてきたらしい。


 活躍の地から遠く離れた王都にも勇者エリックの名声は轟いているが、その詳細までは正確には伝わってこない。

 今回の彼は、噂だと軍隊規模のオーガを一騎で全滅させた事になっていた。が、人の身である以上はそんな事できるはずもない。軍隊規模のゴブリンならまだしも。


「ん? いやあ、それは流石に無理だ。そもそも退治したのはオーガの群れじゃなくてデカめの巣を作ってた殺人蜂(キラービー)だし、噂が原型を留めてないな」


 侍女として客人であるエリックに話しかけるのは宜しくないことだけれど、休憩時間ですし、と屁理屈を心の中で捏ねながら噂の真偽について聞いてみれば、そんな答えをいただいた。


「てかミシェルって今は休憩中なんだろ? どうせなら一緒に座ってお茶飲まないか? 俺だけ寛いでるってのも落ち着かないんだよ」


「なら、お言葉に甘えて」


 貴族とは縁遠い普通の家庭で育ったというエリックは、勇者として名声を集め、公の場で物語の中に出てくるような勇者らしい振る舞いが板についた今でも、全く態度が変わらない。

 没落貴族の親戚の子孫、くらいの末端の騎士でさえ、王城に勤務するようになっただけで侍女やメイドを相手に偉そうな言動をするようになるのに、出会った時からずっと誰に対しても丁寧で優しく、思いやりを忘れない。

 混ざり者の待遇を改善しようという動きが始まるより前に出会った私にさえ、混ざり者がどんな扱いを当然とされてきたのかを知っているはずのエリックは、普通の人にするように接してくれた。




「……はぁ。いやあ、やっぱこの味だわ。帰ってきたって感じがする」


 猫舌の私には少々厳しい温度のハーブティーをゆったりと楽しみながら、エリックはしみじみと言う。

 色々とずるい人だ、と、こういう時に思わされる。


「『やっぱこの味』とか仰ってるところ悪いんですが、いつも少しずつハーブの比率を変えてるんですよ?」


 茶化すように言って、ほんの少しのハーブティーをこちらも舌の上に乗せる。ぴッと肩が跳ねてしまったのはご愛嬌だ。思っていたよりも熱かった。


「っふ、相変わらず熱いの無理なのな。なんか砂糖とか混ぜて温度下げたら……って、あっぶね! 忘れるとこだった」


 これお土産、と差し出されたのは、小さめの瓶に入れられた黄金色でとろみのある液体。


「これは蜂蜜ですか? もしや、キラービーの……?」


「そう。キラービーの蜂蜜って高級品なんだし、売って被害の補填に当てて欲しかったから固辞したんだけど、依頼主の村長さんに『どうか我々の感謝の気持ちを無下になさらないでください』って言われちゃったもんだからさ。ちょっとだけ分けてもらったんだ」


 ミシェルとお茶する時に一緒に使おうと思って、と笑ったエリックは、私にキラービーの蜂蜜をハーブティーに混ぜるように促してくる。

 試しに数滴垂らして混ぜ、飲んでみれば、上品な甘みが味蕾を刺激した。思わずまじまじと湯気の立っている水面を見た私を微笑ましそうにエリックは眺めている。


「これは、さすがの美味しさですね。危険を犯してでも手に入れたくなるのも納得です」


「喜んでもらえたみたいで何より」


 蜂蜜を混ぜて程よい温度になったハーブティーをゆっくり味わいながら、私たちの間には雑談に花が咲いた。


「俺が遠征行ってる間、こっちでなんか変わったこととかあった?」


「変わったこと、と言えるほどの出来事は特に何も。……ああでもそういえば、先日王妃殿下のご両親が王城にいらっしゃってましたね。初孫である王子殿下を代わる代わるお抱きになり、『小さい頃のクリスそっくりだ』と仰っていました」


「相変わらず仲睦まじいご家族だな」


「本当に。王子殿下はまだ幼いにもかかわらず、クリスの朗らかな笑顔とそっくりに微笑まれるのです。今から将来が楽しみでなりません」


「きっと、誰からも愛される子に育つだろうね」


「ええ。ちなみに、エリックの小さい頃ってどんな子どもだったんですか?」


 ふと気になったから聞いてみた。エリックは家族の話を良くするけれど、本人の思い出話というのはほとんど聞いた覚えがなかったから。


「俺の? ……うーん、下と少しだけ年が離れてる三兄弟の長男だから、なんだかんだ親に手間をかけさせたくなくて事なかれ主義になってた、かな。今は変わろうとしてるつもりだけど、自分ではまだまだ変われた気がしないんだよなあ」


 天井を仰ぎつつそんなことを言うエリックは、どこか気弱そうに見える。誰より強くて、あちこちから引っ張りだこになっている人なのに。

 本当に彼が事なかれ主義なら、出会ったばかりの私たちはあんな風に話せていない。


 思い出されるのは、護衛訓練が中盤に差し掛かった頃の休憩時間に交わした会話だ。




「……混ざり者について知らない訳でもないでしょうに、どうしてあなたはきちんと指導してくれるのですか?」


 その時に私は、エリックは隠した心の内を本人にぶつけるように明かす人ではない、という確信だけは得られたと思って、さり気なさを装ったつもりで問いかけた。


「どうしてって……難しいこと聞くね。上司からの指示に全力で応えるのが騎士の決まりだから、って答えじゃダメ?」


「……別に、お話したくないというのなら無理には聞き出しませんけど」


「 ご、ごめんって。建前で誤魔化すようなことして」


 クリスから学んだ拗ねたフリは、下に弟を2人持つというエリックにも有効らしい。

 明後日の方向を向きながら少々考えた彼は、


「目標が遠くても諦めてない人を見ると、協力してあげたくなるから、かな。まだ頑張れるうちに味方になってあげられていたら、って思ったんだ」


 と、不思議な言い回しで語った。

 私のこの授業への取り組みの姿勢を見て、という事ならば「味方になってあげたい」とはっきり言うだろうに、実際の言葉は「味方になってあげ()()()()()()」だった。

 それはつまり、彼にそう思わせた人は別に居るということだ。その人で果たせなかった後悔を私で軽くしようとしている。


 嫌な気づきだった。


 私を人として見て、扱ってくれる。やりたいことを尊重してくれて、たくさんの時間をかけて付き合ってくれる。

 けれど、個人として見てくれない。


 私と重ねられるほど似ている所のある、他の誰かに、私は負けた。

 そして、この時初めて気づいた。負けたと思った自分と、勝ちたいと思っていた自分に。




 嫌な感情を思い出しつつも、混ざり者を差別しない彼に助けられた感謝も確かにあって。

 だから私は、初めて私に見せてくれた、弱々しさのあるエリックに伝えた。


「事なかれ主義なんて、私はエリックに思ったことないですよ。……だからきっと、変われてるってことなんじゃないですか」


 権力者の前では指示に従ったフリをして、2人きりになった時に適当に対応することだって出来ただろうに、彼は私の目標に真摯でいてくれた。それが何より嬉しくて、私はこんなに感謝している。

 そんな思いを込めた言葉だったけれど、


「そう? ありがと」


 と、エリックには社交辞令の笑みを浮かべられてしまった。

 こちらにはズカズカと入ってくるくせに、そちらには1歩も入れてくれない。

 これが他人事なら「そんな男やめておいた方がいいですよ」って言えるのに、自分事だと何もかもが上手くいかないのが酷くもどかしかった。


「……うわ、もうこんな時間か。お互い、そろそろ仕事戻らなきゃだな」


 いつものように呆気なく背を向ける彼を、自分ばかりが何度も未練がましく振り返って、見えた後ろ姿に悲しくなる。

 勘違いくらい許して欲しいのに、そんな所も私の好きな『彼らしさ』なのだから憎らしい。






ーーーーー






 エリックとの後味の悪いお茶会から少しした、お昼寝中の王子殿下を見に来たクリスに同行した時だった。


「ねぇ、ミシェル?」


「なんでしょうか、クリスティーナ様」


 美しいかんばせに俗っぽい笑みを浮かべて、クリスがこちらを見ていた。

 こういう時のクリスはちょっとだけ面倒な絡み方をしてくる。クリスの弟君が恋愛結婚をすると知った時もこんな感じで笑って、馴れ初めだとかを弟君の顔が真っ赤になるまで根掘り葉掘り聞いていた。


「んふふ……実はね、私、見てしまったの!

 ミシェルがエリックと一緒に、休憩時間でお茶してるト・コ・ロ!」


 嫌な予感は当たってしまったらしい。

 クリスの自称する、些細なことを恋愛に絡めて考えてしまうという『恋愛脳』が出てきている。


「はぁ……。それが何か?」


「んもう! 私が何を言いたいのかくらい分かってるのでしょう?

 ……ねえ、実際どうなのかしら? やっぱり、あなたたちって良い感じなの?」


「私たちの間にそのような雰囲気はございません。

 ……ほら、お茶会の準備がありますから、身支度を済ませてしまいましょう?」


 休憩時間はもうすぐ終わり。予定の隙間を縫って息抜きに王子殿下を見に来ただけで、これからお茶会に書類仕事にと、まだまだ忙しい。そのことはもちろんクリスも理解している。


「わかったわ。……うーん、でも、良い感じに見えていたのだけれど…………」


「少なくともあちらは、私のことを意識していないようですよ」


「私のミシェルを意識しないなんて、エリックは見る目がないわね!」


「そう言っていただけて恐悦至極に存じます」


 ……本当に、私たちの間にそんな雰囲気は存在しない。

 私は『そういう対象』として意識されていない。

 私を見ている瞳はいつも、私の向こうにある誰かの面影を映している。

 それこそ、初対面の時からずっと。


 エリックが私自身を見ている時の瞳は、クリスや陛下がお互いを見ている時の瞳とは違う。

 例えるなら、そう。

 クリスのご両親が『小さい頃のクリスそっくりだ』と仰って王子殿下を愛でていらっしゃった時のあの視線。あれから王子殿下本人に向けられた甘さを引けば、きっとエリックが私に向ける瞳になる。

 『何より愛しいその人』ではなく、『愛しい人の面影を持つ人』として、私はエリックに見られている。


 幼少期にあの隠れ里の近くで捨てられていたという私は自分の親や親族の顔を知らず、私と歳の近いエリックもまた、私の血縁者を知っているとは思えない。

 だから、私の血縁の面影が私に投影されている訳じゃない。


 なら、私に重ねられているのは一体どんな人物なのか。

 ……答えはひとつだ。

 顔立ちなんかよりもよっぽど目立つ、私と同じような色を持つ人。私と同じように、世間から混ざり者と呼ばれる人。

 彼は、私を通してその人を見ている。


 彼の中の私に分類をつけるなら、見出し語はきっとこの中のどれか、またはその全てだ。


『その人と同じ髪色の』

『その人と同じ目の色の』

『その人と同じ境遇の』



 私は、エリックにただの『ミシェル』としては、きっとこれから永遠に見てもらえない。

 私が『その人』の関連項目から逃れて、ただの『ミシェル』として1度でも見てもらうためには。


 きっと、『その人』より後に出会ってしまった時点で、勝敗は決まってしまっていたのだろう。




 自立してて、変な趣味とか無くて、人柄が良い……つまるところ絶対に逃がしちゃいけないお魚さんで、恋人なら絶対に余所見しない確信があって、だからこそ絶対にこちらを振り向いてくれない。

 こういう罪深め(冤罪)な男の人っていいですよね。

 私の趣味です。同志諸君は握手しましょ。


 なお、エリックの母が前世で読んだ巻末おまけのエピソードでは、このお話が完全な三人称視点で描かれております。

 遠征帰りのエリックとミシェルが和やかにティータイムして、エリックはミシェルを(リズと重ね合わせる形で)優しげな瞳で眺めていて、ミシェルも(たとえ振り向いてくれない確信があろうと)好きな人と過ごす時間を噛み締めている。傍(読者)から見たら付き合う直前の両片想いですね。

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