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女神教の傀儡同然だった先王の時代。
教会の悪を訴える先もなかった頃だけど、権威のために教会が行ってきた数々の不正行為を白日の下に晒す瞬間を夢見て、裏帳簿を探ったりしたことがあった。
その結果、エリックと旅をしていた期間に隠し場所を変えられていないなら、私は3日以内にでも女神教が国教から外されるほどの証拠品たちを国王に献上できる状態にある。
しかし、一気に証拠を手放してしまえば、思ったように国王が動いてくれなかった時の保険を失うことになる。
一方で、教会から罪状の軽い順に証拠を少しづつ盗んで献上すれば女神教側の警戒が強まって根絶が難しくなるだろう。一気に盗んでも警戒は強まるのに変わりないが、新国王が信用に足る存在なのかを見極めるために証拠を献上するまでの期間が開きすぎては、それはそれで対策を練る時間を与えてしまう。
塩梅が難しい。
悩みすぎて、いっそ国王側の弱みも握って脅迫で誘導した方が、なんてトチ狂った瞬間もあった。けど、あの狸のタマゴである若き国王相手に脅迫なんてしようものなら、逆にこっちの正体を暴かれて適当な理由で断頭台の露と消える羽目になると思って考えを改めた。
そもそも私の一番の目的は、勇者を使い潰させないこと。神殿への復讐はおまけに過ぎない。
国王側に引き入れられた勇者が名声を高める行為は、神殿を牽制する効果を生む。その名声を高める理由が無くなれば、次は勇者の名声に縋る新勢力が邪魔になる。
そうしたらきっと、国王は勇者を遠征に駆り出す形で突き放して、そこに集まった愚か者共を一掃するか、活動を自粛させてただのシンボルとして使うようになるか。大きく分けてその二つに一つ。
前者に舵が取られたら、不確定要素として勇者も共に処分される可能性が怖い。
だから、勇者を旗頭に新国王の敵対組織が徒党を組む可能性を減らしたくて、神殿を牽制する必要性から無くしていこうと思っていた。
それも、国王の狙いが神殿の牽制だけではなく、国内の大掃除もあるならば意味が無くなる計画であることに、遅ればせながら気がついた。
……自我を出さない形で、神殿の悪事の証拠を国王の執務室にこっそり置いておくつもりだったけど、ちょっと考えを改めた方がいいかもしれない。
エリックが政戦の前線にいるのに、人前に出るのが怖いからって、私だけ完全に隠れて全部自分に都合よくなるようにしたいなんて、我儘がすぎた。
どうせなら私も国家の犬になって、エリックを使い捨ての駒にしようとしているのかを、いち早く察知できるようになればいい。
王妃の新しい侍女を許容した国王になら、フードの下を暴かれても話を聞く前に斬り捨てられたりしないだろう。神殿に恨みがあることを教えて協力を申し出れば、短期間の協力に足る信頼くらいはきっと築ける。王家の暗躍組織より、神殿のほとんどを知り尽くしている私の方が仕事が早いのは確実だ。
エリックとの関係まで教えてしまうと王妃のやりたい事にいいように利用される気がするから、そこは隠すとして。
方針が決まったから、私は早速行動を始めた。
最初は深夜の執務室に忍び込んで国王と会い、神殿への復讐心を語って協力関係を結んだ。
どうせ調べられるだろうから、隷属させられていた事も、勇者の同行者として選ばれた時に死を見込んでた隷属から開放された事も、全部を話した。ただし、エリックとの不仲を偽造するために、ユーフォレアまでの道中で私が勝手に復讐心に駆られて逃げ出した事にした。
たった2人の旅人のことなんて、どうせ誰も覚えていないだろうから。
ちなみに、護衛の目を掻い潜って姿を見せた私に、国王はかなり驚いていた。
でも、『周囲の誰が敵か分からないから』幼少期より全てを警戒していただけの国王と『周囲は敵しかいないから』生にしがみつく為にできることを全てやってきた私を比べた時、少なくとも隠密行動に関してはこちらに軍配が上がるのも当然だと思う。
協力関係になってから半年間は、国王の頼みで神殿の動向を探って報告して、私が神殿からの回し者では無いことを証明させられた。
その後は、頼まれた悪事の証拠を順番に盗み出し、ゆっくり確実に神殿の勢いを削いでいった。
途中で「これもついでに頼む」とか言われて、大教会の隠し部屋から聖書の創世記部分の原本を盗まされたこともあった。
混ざり者に関する記述を探していたらしい。混ざり者の待遇を改善しようと地道に保護活動を始めた王妃のために。
一般に行き渡っている聖書からは消されているというその創世記には、
『原初、女神がその手で生み出したのは混ざり者と同じ姿をしていた』
といった内容が書いてあった。
曰く、女神が自身に似せた最初の人類が混ざり者であるという。
しかし女神に似すぎた原初の混ざり者の夫婦は、既に完成していた他の生態系を圧倒するほどの強さを持っていた。これではいけないと思った女神は、その夫婦の子どもには欠点を与えることにした。
夫婦の元にできた双子の兄は、魔力に秀でているものの繁殖力に欠ける魔族になった。双子の弟は、繁殖力に秀でているものの魔力が劣る人族になった。
それから女神の手で生み出された人類は人族か魔族のどちらかであり、たとえ原初の完璧さを求めて人族と魔族が結ばれようとも、原初返りである混ざり者は原初ほどの完璧さを生まれ持てず、その原初返りも2代と続くことはなかった。
聖書の記述には、こんな話もあった。
この世界の唯一神である女神は、自身に似せたという原初の夫婦を特別に思いつつも、神という身の上から種族に関わらず人類を平等に扱うと宣言。そしてその平等を教義の核として女神教が完成したという。
頼まれた通りに聖書の原本と創世記を盗み出した私に国王は、これまでの調べと今回の新情報を合わせることで見えてきた『真実』というものを教えてくれた。
混ざり者が排除されるようになったのは、創世記が世間から隠された為に人類の祖が混ざり者と同じ姿をしていた事が忘れ去られ、それと共に人族と魔族の間で大きな争いが起こって、異なる種族と交わる事が禁忌扱いになった為であるらしい、と。
人族と魔族がその数を大きく減らし、開戦から終戦までの数十年間で100以上もの国が地図から消えたという人魔大戦は、人族の数倍長寿である魔族にさえ当時を知る者が誰一人として残っていない現在にも伝わっている種族間最大の戦争だった。
怨嗟が怨嗟を産み、蓄積する恨みに全ての人類が振り回された。どの国の王族でも絶対に、後継教育の中で『繰り返してはならない悲劇』として語られているという。
魔族を目の敵にするような人族の国は、新国王の即位したサジュレスが魔国ユーフォレアと関わりを持ち始めたことでこの大陸から無くなった。しかし、100年、200年と遡ったなら、むしろ異種族の国と無関係を貫く国の方が多かった。
サジュレスは人魔大戦が終わった直後に人族によって建国された国であり、その当時はかなり閉鎖的であったために魔族と混ざり者への排斥が強いままここまで来てしまった。
人魔大戦で多くの歴史的資料は紛失や焼失の憂き目に遭い、創世記が世間から隠された正確な理由は誰にも分からない。
ただ、戦争の過程で徐々に女神教の謳う『平等』が邪魔になったからかもしれない、と無感情に国王は推測を述べていた。
ユーフォレアと交流を始める決断をした国王は、これを機に役員の登用の方針を血統主義から実力主義に変えるつもりでいるらしい。
高い能力を持つと創世記が保証した混ざり者が不要に排除される風潮を「無駄」の一言で斬り捨てるために、と言って、創世記の載った原本そのままの聖書を大量に複製し、市井に行き渡らせた。
教会を弱らせたこのタイミングでしか出来ない暴挙じみた一手だったが、王城で王妃付きの侍女に混ざり者が居ることと、その侍女が王妃を守ったという実績も一緒に公開して、上手い具合に世論を操っていた。
そうして、混ざり者を嫌うよう誘導していた神殿がかつてないほどに弱体化していたのもあって、王妃の第2子妊娠が発覚した頃には、格式高い宝飾店などでは身綺麗にしていようと入店拒否をされる事があるものの、混ざり者が大通りを歩いていても石を投げられない程度にはなっていた。
善政を敷く愛妻家な新国王の評判は素晴らしく、貴族の膿も無事に取り除かれ、今後しばらくは平和に浸っていられるだろうと判断されたのも、ちょうど同じくらいの時期だった。
安泰のシンボル以上の意味を勇者が持たされる必要も無いために、エリックに長期休暇が与えられたという話を聞かされたその時、私は復讐の完遂を宣言して国王と手を切った。
遠征に行くエリックを追いかけた先で悪事の証拠を持ち帰ることも少なくなかったからか、私とエリックの浅からぬ関係を察知しているような事をその別れ際に言われた。が、お互いにお互いの一番を無駄に刺激するのは不利益にしか繋がらないと悟っているだろうから、かなりしっかりした土台の上に設置してみせたこの平和が崩れるその日までは、何の問題にもならないだろう。
こうして私は、付き合いを持つことをエリックの家族から反対されないように最大限の努力をし、指輪もちゃんと用意して、告白の準備を整えた。
ちなみにエリックの指の太さは、花で指輪を作る方法を教わった時に堂々と調べさせてもらっていたりする。
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「サジュレスの王都に帰る時さ、エリックの親御さんたちに挨拶してもいい?」
結婚を約束した翌朝、宿を出る支度が済んだその時にリズが言った。
ちょっと気が早いような、とは思ったが、今後何が起きようと結婚する意思は絶対に変わらないのだから、結婚前の挨拶に早すぎることは無いだろう。
そしてそれはお互いに言える話で。
「いい、けど……。じゃあ、リズのお母さんのお墓にも寄りたいな。俺もちゃんと挨拶しておきたいから」
「だったら私、案内するね。補修されてない道を通るから途中で馬を手放さないといけなくなるし、2ヶ月以内に王都まで帰るためにもちょっと急ごうか」
「わかった」
俺もひらりと馬に乗ったリズに倣い、2人して緩やかな登り坂を進む。蹄が朝露を軽やかに散らし、雫は柔らかな陽の光を受けてきらきら光る。
地平の先に見える爽やかな青がこれからを祝福してくれているように思えて、すぐ前を行くリズの後ろ姿を見た。
風ではためいたローブの奥、見えた薬指の石は、俺の思いを肯定するかのようにオレンジ色に輝いた。
これにて本編完結となります!
ここまでお付き合いくださりありがとうございました!
番外は夕方6時に公開予定です。




