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 翌朝。

 ゆっくり支度を済ませた私たちはお昼過ぎに町を出て、荷物の大半を宿に残したままの軽装で湖に向かった。


 野宿の支度をしながら夕日に照らされる水面を2人で堪能して、頭の片隅でここに来る理由でもあったあの物語を反芻する。




 物語の始まりは、主人公である女の子とその幼なじみの男の子が暮らす小さな村に、魔法使いを名乗る老婆がやってきた日。


「お前さんは、運命を見つけるために旅に出ないといけないね。なあに、見つけてしまえばすぐにわかるはずさ」


 女の子をひと目見た魔女の意味深な言葉を受けて、外の世界に憧れがあった彼女は生まれ故郷を飛び出した。幼なじみの男の子は女の子を心配して旅についてきた。彼女はどうやら、何かに夢中になると周りが見えなくなってしまうようだから。


 そうして様々な場所を巡り、形も知らない『運命』を探し、旅が始まってから季節が一巡する頃に、2人はこの湖に辿り着く。


 絶景に感動してあちらへこちらへと駆け回る女の子を男の子はじっと眺め、男の子へ思いつくままに感動を言葉にしようとした女の子は気づくのだ。

 この1年の旅の中、繰り返される出会いと別れに成長する自分たちの心の内側で不変を貫いた、彼の眼差しに込められた無償のひたむきな愛に。


 小さな村で唯一歳の近い子ども。それだけの理由で一緒に居たと思っていた男の子との間に繋がった運命的な絆を、その時初めて女の子は意識した。

 一緒にいた時間が長くたって好きになれない相手も多い中で、こんなにも互いを思い合える仲になれたのは最早『運命』だった。この旅路はそれに気づくために必要なものだった。


 運命の正体に気づいた少女は「あなたが運命だったのね」と少年に告げ、『ずっと一緒』を約束して故郷へと帰っていく。




 小さな子ども向けだからキスシーンのひとつも無いが、献身的な片思いと欲を伴わない純真さが素敵なハッピーエンドだった。


 あの物語の告白の舞台は、これから見られる月明かりの下の光る花畑。

 そして、寝物語では話さなかったけれど、私の父が母にプロポーズをしたのも月明かりが綺麗な日の夜だったという。


 そんなわけだから、私の理想の告白は『景色の綺麗な月明かりの下で』になった。

 忘れかけていた子どもの可愛らしい夢のひとつだった。




 太陽と入れ替わるようにして、ゆっくりと月が登る。

 まだ陽光の名残が地平線を赤みがかった色に染めているけれど、確かに地上を照らす存在が月に変わり始めている。


「リズ、見ろよあれ……花が」


「ほんとだ……」


 固く閉じていた蕾が綻び始めた。内側の花弁の色がはっきり見てわかるのは、花自体が光を放っているからだ。


 ポツポツと見えた微かな光は、時間が経つごとに数を増し光量を増し、湖を囲うように広がっていく。

 水面は月光の白と花の黄色に煌めいて、静かな花火を見ているようだった。


「すっげぇ……」


 隣から聞こえた呟きには首肯で返事をした。

 あまりの絶景に声が出なかった。

 ザァ、と風が吹けば花弁が舞い上がり、ひらりひらりと降りてくる。


 神の祝福に形があるなら、きっとこんな景色になる。

 そんなことを考えた。


「あ、エリック、髪に花びらが……」


「ん」


 頭を差し出すように下げられて、手を伸ばせば届く距離に座っていることを意識する。ピクリと跳ねた指先は彼には見えていないだろうけど、普段なら安心するはずの距離に動揺してしまった自分を自覚した。

 ……相当、緊張しているらしい。


 ローブの内側、腰のポーチに仕舞ってある例の物を触って確かめながら細く長く息を吐く。


「「あの、」」


 意を決しての第一声が、エリックとそっくり被ってしまった。


「どうぞ、お先に」


「いや、でも」


「声が被ったのに驚いて何言いたかったか忘れちゃったの。そのくらいのちょっとした話だから、気にしないでいいよ」


 真っ赤な嘘だ。一世一代の大舞台のつもりだった。

 でも、今日はもう無理だと思った。すぐに何度でも絞れるような勇気じゃなかった。ましてや、与えてもらったことも初めてのものを自分から求めるのだから。


「じゃあ話す、けど、……」


 難しい顔のエリックが、口元を手で隠しつつ、親指と人差し指の指先で口角を緩慢に揉みほぐす。言いたいことを正しく伝えるための言葉を探すように。


「……改めて言うまでもないくらいの分かりやすさしてたと思うんだけど、俺さ、リズのこと好きなんだ。友愛とか『人として』ってやつじゃなくて、恋愛的な意味で。昨夜のも、からかいの一環とかでもなくて、ちゃんと本心だった。

 確信したのは初めて素顔見せて貰った時なんだけど、多分初めて会ったその日から少しづつ惹かれてた。……ここまで、信じてくれる?」


 エリックからの『可愛い』を散々否定してきた所為か、そんな風に問われたのを、首を縦にぎこちなく振って答える。

 正直、さっきの感動とはまた違った感情でいっぱいになっててしばらく声が出せる気がしない。


 確かに、出会って1年ちょっとの赤の他人に「一緒に死ぬ」とまで言ってくれる理由なんて『愛』か『恋心』くらいしかパッと思いつかないし、好意も隠す素振りもなく褒めそやしてくるから分かりやすかった。

 希死念慮を自分から明かした時にその分かりやすい好意を利用しているようで心苦しくなって、その心苦しさの理由が『多くを求めても叶えてくれるかどうかで想いの深さを計っているから』ってことに気づいて初めて、エリックに同じだけの感情を返したいと思ってる自分を見つけられた。


 けど、こうして彼から言葉にされると破壊力が桁違いだ。「可愛い」とかの褒め言葉は多用するのに「好き」の一言はたとえ食べ物が対象でもなかなか口にしていなかったから、本当に希少で。

 くすぐったいとか照れくさいとか、そういうのを5段くらい飛び越えた境地にいる気がする。


 ……ってか、告白、先越された。


「リズが好きだから、リズの生きる理由の一端になりたかったし、死ぬその瞬間まで少しでも長く一緒にいたかった。

 サジュレスの王城で再会してからも、旅してた時みたいに景色の綺麗な場所を一緒に巡って、絶景を前に目を輝かせてるリズが何より綺麗で、もっとずっと隣で見ていたいって思ってた。そういう所に連れていくのは俺でありたかったし、幸せな瞬間をもっと一緒に積み上げたいって欲も出た」


 色々と計画が砕け、乱高下する感情の奔流にいっぱいいっぱいな私を置いて、エリックの語りは進む。


「ここに来るはずだったあの日、俺思ったんだ。『あと一晩じゃ足りない』って。今回ここに来るまでの道でも同じようなこと思ってた。もっと一緒にしたいことがあったし、俺だから見られるリズをもっと見たかった。

 ……だから『もう人生を悲観してない』って言ってもらえた時、自然と涙が出たくらい、すっごく嬉しかったんだ」


 熱いくらいの彼の右手が、地面についている私の左手を包み込む。


「死にたくないんじゃなくて、リズの生きる世界で俺も生きていたい。そのためだったら勇者の称号も家族も全部捨てて、リズが生きたいと思える国に亡命だってやってみせる。

 告白の計画なんて立ててなくて、ちゃんとした指輪も何も用意できてないけど……どうか俺と、結婚を前提に付き合ってほしい」


 見間違いでなければ頬がうっすら赤くなっているエリックが真剣にこちらを見ている。こちらもきっと負けず劣らず真っ赤だろうけど、視線を逸らしたいとか隠れたいとか、そんなことは思わなかった。


「亡命なんてしなくていいよ。

 ……それに、指輪なら、ここにあるし」


 腰のポーチから少しだけ横に長いペアリング用のケースを取り出して、万が一にも中身が転がっていかないように、もどかしいくらいの遅さで蓋を開ける。

 リングケースの開閉も練習しておくべきだったかもしれない。なんか、普通の蝶番の小物入れと開き方が違いすぎた。


「あんまり高いのはフード被ってると入れないようなお店になっちゃうから、石は宝石じゃなくて魔石なんだけどね。婚約用の指輪ってどんなのが正解かわかんなくて、でも、2人で着けるならちゃんとしたのがいいから自分で色々やってみたんだ。

 魔石が私の目の色に染まってる方はエリックの指輪で、まだ魔力を込めてない白っぽい透明が私の指輪。防御壁の魔法を仕込んであって、もし貯めてある魔力を使い切っちゃってもまた魔力さえ補充したら使えるようになってるの」


 満月の光に照らされて、エリックの指に合わせて作った指輪の魔石が黒真珠のような複雑な色で輝く。

 その隣の私用の指輪の魔石は微かに白く濁っていて、月光でぼんやりと発光して見えた。


「っ、これ、いつから……?」


「指輪の準備を始めたのは……第1王子が誕生した頃、だったかな? 魔石について学び始めたのはその半年前で、お揃いで指輪を着けるような関係になりたいって思って色々調べるのを決意したのは、エリックとサジュレスで再会した時」


 暖かい色をした、私の一番好きな宝石がその輪郭を歪ませる。

 瞬きのひとつで決壊した雫は、シュッとして大人びた頬を伝い、パタパタと落ちては様々な場所を色濃くする。

 ジーンズの青を紺に。

 椅子替わりの岩肌の灰を鈍色に。

 そして、抱き寄せた私の、薄手の外套の肩口を。


「リズ、俺、今、すっごく嬉しい……!」


 絞り出すような声に「私も」と答え、エリックと同じくらい力強く抱き締め返す。

 こんなに喜んでもらえたのだから、私の暗躍も浮かばれた。






ーーーーー






 サジュレスの王城で再会したエリックと別れたあの日、私はそのまま神殿の息がかかっていない情報屋を訪れた。

 移住先ならどの国がいいのか調べていた、神殿の犬として生かされていた頃の行きつけの情報屋だった。


「日蝕後の太陽と月は何を照らすと思う? あなたの考えを教えてよ」


 バーテンへの問いかけと共に寂れたカウンターに座り、金貨を詰めた小さな袋を乱雑に投げ渡す。


 静かにこちらを睥睨したバーテンの男はグラスを拭いていた手を止め、どこでも飲めるようなありふれたウイスキーをロックでこちらに差し出してから明後日を向いて話し始める。


「太陽は、月さえ関わらなければ平等に照らしてくださるさ。月の方は……そうだな、おとぎ話の悪い魔女によく似た乙女を見守っていらっしゃるらしいぞ」


 『日蝕後の太陽』は新国王を、『月』は新国王の妃を、『おとぎ話の悪い魔女』は童話の中で悪役として登場しがちな混ざり者を意味する。

 王城内では、王妃が混ざり者を侍女として連れ帰ったという話とそれに対する反感の数々、しかし王妃が気に入っているその侍女を無闇に傷つける訳にもいかないという葛藤を聞いてきていた。


「雨乞いの話はある?」


 雨乞いとは、続く晴天に耐えかねて行われる雨雲を呼び込む儀式のこと。

 太陽を新国王としたこの話の中では、新国王が睨みを利かせている存在を指す。特に、新国王の治世にとっての脅威や障害となる、監視の目が緩めば際限なく暗躍し暴利を貪るような存在だ。


「雨乞いなら、何より高い尖塔を建てようとしてる教会でやっているそうだ。日照り続きで完成までの計画に狂いが出てるらしい」


 このサジュレスで一口に教会と言うと、国教でもある女神教のものを指す。

 『何より高い尖塔』はつまり、サジュレスの王をも凌ぐ権威、権力を意味する。


 総合すると、新国王は権力欲に溺れている女神教の権威を削ぎたがっていて、王妃は混ざり者の待遇を本気で改善するつもりらしい。

 王が女神教を睨んでいるのは、率先して混ざり者を排除しようとする女神教が王妃の意思と噛み合わないという理由が先か、思い上がっている女神教の上層部が治世を乱す存在になるからというのが先か。

 どちらにしろ、私自身も恨みがある女神教を失墜させてしまえば、万事うまくいきそうである事に違いはない。


「ここのお酒って本当に美味しい。また来るわ」


 頭の中で結論を出した私は、空のグラスを軽くカウンターの奥に押し、そのままバーを出た。


 正直、私は酒に強くないし、ウイスキーはロックだと濃いから割って飲みたい。フードとローブで隠してあるが体格と声はとっくに覚えられているはずで、ただの客じゃないのは向こうも分かっているだろうし、次は弱いお酒を頼んでみようと思った。




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