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「で、エリック、今いくら出せるの?」
早速、彼がさっき濁したところに切り込む。一応期待はしていないけど、ナイフ一本くらい買えるだけのお金は持っていると信じたい。
「……ご、5000ベラ」
「……銀貨5枚ね。まあ、ナイフと次の町か村までの保存食くらいなら買えるか」
でも、2人分のテントも寝袋も着替えも買えない。ただでさえ、王都だと物価が高いのに。
「はぁ」
私のため息が聞こえたのか、肩がビクッと震えたのが分かる。
「……別に、責めてるわけじゃないから」
一応フォローを入れるが、
「そ、そうですか」
と、あまり真に受けていないらしい返事。
「とりあえず、ここは私が出すから、貴方に使った分はそのうち出世払いで返して」
これでも、こっそり稼いでいたへそくりがまあまあな額ある。それこそ、ナイフなんて100本買っても預金の1番上の桁が変わらなくて、一括払いではギリギリ家が建てられないくらい。
いつか、首輪が外された時の為に貯めていたお金。
「でも、今手元にあるわけじゃないから、冒険者ギルドでお金下ろさせて」
それだけ言うと、エリックの返事を待たずに進行方向を変える。後ろから意味を持たない「あ」だの「え」だの単音がいくらか聞こえてくるから、きっと着いて来ているだろう。
「まずは収納袋から買う」
無事にお金を下ろし終わり、ギルドから出て黙り込んでいるエリックに声をかける。
「あ、装備も買うけど、金額は気にしないで。それひとつに生死がかかってるわけだから」
その鎧って実用的じゃなさそうだし、と言うと、
「は、はい」
と、ようやく現実に戻ってきたらしいエリックが素直に返事をした。
「……リズ、凄いお金持ちなんだね」
思わず、という風に言葉を零したエリックへ、
「一時期、死に物狂いで稼いでたから。お陰様で、去年冒険者登録ししてからほんの2~3ヶ月で3つもランクが上がった」
と私は返した。
「ランクが3つって事は、リズって今Cランク!? 登録から3ヶ月程度でCって、え、凄っ!」
エリックの反応に、ふふんと得意げになる。
ギルドでは1番上がSランクで、そこからA、Bと下がり、一番下がFランクとなっている。15歳以上という条件を満たすのであれば登録試験も飛び級もなく、登録した瞬間に一律Fランクからスタート。Fランクから1つ上げるのに一般的にはひと月かかって、そこから最短でも、ランクをあげられる期間が倍々で増えていくらしい。これは最短の話であって、平均の話をするならもっと時間がかかる。
それから、Bまで来ると行き詰まる人も多いと聞く。A以上は努力だけでは踏み入れられないような領域なんだとか。
「ううん。ちょっと前にもう一個上がって、今はBランク」
冒険者証を見せつけてドヤ顔。Cまでは一律で銅板だけど、Bは銀、Aは金、Sは金に宝石があしらわれるらしい。
Sの、売れば家が建つくらいの額の宝石が金の板にべたべた付けられている、非常に使いづらそうな冒険者証。当然盗もうとする奴も居て、でも、そんな奴を軽く追い払えて、それだけの冒険者証を売らなくても十分なくらいに稼ぎのある人しかSランクになれない。
そして、私の手元で陽の光を反射しているのは銀の冒険者証。
「B?!! ……えっ、B!?? まじで?!
Cから上がるまでに2年はかかるっていう、あの!??」
「うん。そのB」
「マジかよ、やばっ! ヤバすぎない?!」
なんとも素晴らしいリアクション。ここまでのがもらえると、睡眠時間を削ってまで稼いだ過去が報われる気分だった。
ーーーーー
冒険者ランクを教えてからテンションが上がりまくったエリックに「五月蝿い」と肩に平手で一撃与えてから2部屋分の宿をとり、何事も無く夜が明けた。
「ほら、早く起きて。もう出発するから」
グーグーいびきをかくエリックに、今度は腹を狙って平手で一撃入れて文字通り叩き起こす。
フガッと変な音を立てて飛び起きたのが面白くて、クスクス笑ってしまった。
「え、はっ? ……こっ、ここは……そっか、王命でユーフォレアに行くんだっけ」
ぴょんぴょん跳ねた寝癖を撫でながら、ブツブツと呟くエリック。どうやら、意外と寝起きは悪くないらしい。
「おはよ。すぐにでも出発したいから、急いで支度して」
下で待ってるから、と言い残して借りた部屋を後にする。後ろから、私の存在に気づいていなかったらしいエリックの悲鳴が聞こえた気がしたけど、気のせいだということにした。……女の私でも、あんな高音出したことないな。
目的地の村へ向かい始めてしばらく経った頃、遠くに小物の魔物が見えた。
やや後ろを歩いていたエリックに振り返り、問いかける。
「あそこにいる魔物、見える?」
「あ、うん。駆け出しの冒険者が力試しに狩る、王都に近い平原では強めのやつだよね。3匹で群れてるのが見えるけど、どうかしたの?」
「ちょっと、エリックの実力を見せてもらおうと思って。今後の連携の為にも、早めに動きの癖とかも含めて知っておくべき事だから。だいぶ歩いた後になっちゃったけど、あそこの魔物、全部一人でいけそう?」
「あのくらいなら野外訓練の一環で何度か倒したこともあるし、大丈夫だと思う。収納袋持っててくれる?」
魔物側もこちらに気づいたのか、段々とこちらに近づいてきているのを見据え、エリックがそう言って私に収納袋を手渡した。
行ってきます、と一言残し、聖剣を握ったエリックが魔物に向かって走る。
……見た感じだと、型通りの綺麗な戦い方以外もできるらしい。どっしりと構えて相手が疲れるのを待つより、ちょこまかと動き回って隙をつく方が得意そうだ。攻撃を正面から受けようとしないで、流してカウンターを狙うことが多い。
後衛に当たる私にヘイトが向かないように、エリックは3体の敵に満遍なく攻撃を与えている。この戦い方は、騎士団という集団での戦いを経験してきた事が大きいのだろう。私としても、ヘイトはエリックに向いてくれた方が助かる。基礎がなってるのはありがたい。
怪我は、最初の方に1度だけ魔物の爪が掠った以外は何も無く、エリックの実力は期待以上と言えそうだ。
「お疲れ様、エリック。とりあえず、先に怪我だけ治させて」
戻ってきたエリックにそう言うと、返事を待たずにエリックの全身に洗浄魔法を施して治癒を唱える。
私の半分を構成している魔族の特性からか、どれだけ練習しても、私は治癒だけは無詠唱で使えなかった。けど、効果自体は一般的なものと変わらないのでそれほど気にしていない。
「……はい、終わり」
「ありがとリズ」
「どーいたしまして」
お礼を言われたのがくすぐったくて、フードと目隠しでほとんど見えていない顔を俯かせる。
「エリックの戦い方だけど、正直期待以上だったかな。ただ、私は遠くから魔法で狙撃するのが多いから、素早く動き回るエリックとは相性がそこまで良くないかも」
そして、俯いたまま捲し立てた。
ちょっと残念そうにしているエリックとか、別に気になってなんかない。
「……じゃあ、次は私ね」
話の流れを誤魔化すように、顔を上げて進行方向へ魔法を放つ。倒すのはエリックが相手をしたのと同じ獣型の魔物で、今回は風で切り裂く事に決めた。
私の手から風の刃が放たれて少しして、範囲を広げていた魔力感知から、進行方向の反応がひとつ消えた。……うん、成功。
「……えっと、急に何も無い所に魔法打ってたけど、大丈夫なの? 延長線上に人がいないか確かめた?」
心配そうにするエリックに、表情が見えないから分からないだろうけど笑いかけて、
「歩いてみれば分かるから、まあ、楽しみにしてなさい」
と収納袋を返却しつつ歩き始めた。
「えっ、リズ!? もしかしなくてもあの距離から狙撃したってこと!?」
そして、大人しく収納袋を受け取ったエリックが、わちゃわちゃ叫びながら私の周りをうろちょろする。……うん、うざったい。
「そうだよ。普段からあんな感じで、先制されないように狙撃することが多い」
「すっげー……!」
そこからは質問攻めにされて、答えたらうろちょろするのやめるかな、と思った私は律儀に全部答えていった。
けど、余計にいらない動きが増えるばっかりで一向に落ち着いてくれないし、正確に急所を貫いた魔物の遺体を見てもっと騒がしくなったし、早々にバテて休憩が増えたから、着くはずだった村に着けずに野宿する事になった。
「ほんとごめん!」
「まあ、初日から無理して後半に体壊すよりは良いだろうし、別に気にしてないから。ほら、頭上げて。簡単にスープ作ったから、食べよ」
答える度にはしゃぐエリックを見て、こうなる予感がしていたのに、途中から褒められるのが嬉しくなってやめようとしなかった私にも責任がある。
だから、謝罪されるとこっちも申し訳なくなってきてしまう。
場を誤魔化すように、テントを張ってくれたエリックに普段作っているスープを渡した。
「あ、ありがとう」
スプーンと器を受け取って早速口に含んだエリックだが、突然凍りついたように動かなくなった。
「……え、エリック? どうかした?」
もしかして、スープに入れる調味料でも間違ってしまったんだろうか。不安になって私も飲んでみたが、いつも通りの味だった。
「うーん……?」
エリックが固まった原因が分からなくなって首を傾げると、
「ぅ、ふう゛っ、ぐ……!」
と、当のエリックが呻きながら喉をごくりと動かした。なんだか、苦い薬を吐き出すのを堪えて嚥下する子供に見えてくる。ただのスープなのに。
「はぁっ、はぁっ……!」
涙目で息を切らすエリックだが、スープを1口飲んだだけのはずだ。何故、強敵と戦った後のような表情をしているんだろうか。流石に失礼じゃないか。
「リズって、……いつも、このスープ、飲んでるの……?」
「そうだけど」
無意識に、返事が無愛想なものになる。しかし、そんな私を気にすることなく、死にかけのエリックは質問を続けた。
「じゃあ、このスープ、何……入れた?」
聞いたのはエリックなのに、どうしてそんなに答えて欲しくなさそうな顔をするんだろう。食べられないものは一切入れていないのに。
「ここにあるやつ全部だけど、それがどうかした? おかわりならいつでも好きなだけどうぞ」
煮える鍋の前にある、まな板の上に残っている食材を指し示す。食べ盛りだろうからと思って、余分に材料を切っておいたのだ。そして、私の指先を辿ったエリックの顔色が、面白いくらいに青くなっていった。
「……ぅそ、ろ、ぜ……薬、ぅ……。しかも、……………」
ボソボソと何事か呟いて、
「リズ、これから食事を作る時は、全部俺がやるよ」
と、力強く宣言される。
「あと、おかわりは申し訳ないけど辞退させて欲しい」
私の返事を待たずに、続けてそう言ったエリック。「俺が作る」宣言よりもよっぽど切羽詰まった声色に、思わず眉間にシワが寄った。
目隠しで眉間のシワは見えていないだろうけど、機嫌が良いとはとても言えない私の雰囲気は感じ取ったらしい。
「作ってくれた気持ちは凄く嬉しいんだけど、今はちょっと、旅の緊張とかであんまりお腹空いてないんだ。残ったスープは、明日の朝に一緒に飲もう。その時、切ってある材料も使っておかず作るよ」
……不味い、とはっきり言わなかったのは、多分、エリックなりの優しさなのだろう。これはこれで、気を使われた感が満載で気まずいけど。




