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 時系列戻りまして、エリックが拉致られた時のリズちゃん視点です。ダイジェスト気味に進んですぐエリック視点になります。

 よろしくお願いします。




「……エリック、遅い」


 投擲用のナイフを買いに行っただけなのに、いくら馴染みのない場所だからって時間がかかり過ぎてる。


 まさか、何か事件に巻き込まれて……?


 脳裏に浮かんだ嫌な予想を、頭を横に振ることで振り払う。

 それよりもまず、私と死ぬのが嫌になって逃げ出したんだと思う方がよっぽど現実的だ。


 ……でも、でも、「俺を置いていこうとか、絶対思わないでくれよ」って、あっちから言ってたのに?


 考えだしたら止まらなくて、その日は借りた宿の部屋に籠ったまま、エリックを待ち続けて満月を逃してしまった。

 宿屋の女将には、ひとまず追加で1ヶ月分の部屋代を支払った。どちらにしろ、次の満月までは動けないから。


 その1ヶ月の間に、私宛ての手紙が届いた。

 生まれて初めて受け取った手紙は、エリックからのものだった。


 ざっくり言ってしまうと、

『急にいなくなってごめん。どうしても外せない用事ができたから、迎えに行くまで待っていてほしい』

 と、そんな事が書いてあった。

 どこから出された手紙なのかは、場所を示す言葉が何も無かったから分からなかった。


 手紙を受け取ってから何日か経って、滞在の延長料金を払うか選ぶ段階になって、私は宿を引き払うことにした。


 それで向かったのは、このユーフォレアの王都。

 情報が集まるのは中心都市の後暗い場所だと、相場が決まっているから。




 王都に向かう最中、私の頭の中はずっとしっちゃかめっちゃかだった。


 元々エリックを道連れにしたくなかったんでしょ? なら、こうして離れてくれてる間に勝手に死んじゃえばいいのに。

 私が約束破ってひとりで死ぬような奴だって分かったら、きっとエリックだって後を追おうなんて思わないよ。


 そう囁く私。


 でも、約束破っちゃったら嫌われちゃうよ。エリックから嫌われたくないんでしょ?

 嫌われたくないから、「一緒に死ぬ」なんて言い出したエリックに駄目って言えなくて、ここまでズルズル来ちゃったくせに。突き放すような態度も中途半端にしか取れなかったくせに。

 エリックを死なせたくないって思ってるんでしょ。


 そう責めてくる私。


 私自身、どちらにも反論できなかった。囁きに身を任せる事も、責める声に諭されて完全に自分の死を諦める事もできない。

 何もかも中途半端で、ちゅうぶらりんで、結論も見えないまま、どうしてか私はエリックの行き先を探す為にあの湖に1番近い村から離れた。


 それが答え? ……ううん、まだ分からない。

 エリックを探し出して、エリックに会って、私が何を最初に思うか。それがはっきりするまで、まだ。




 王都のすぐ近くまで来た頃には、もうあの日から数えて4回目の満月が終わっていた。


 王都の関所ともなると、フードで顔を隠すような怪しい人物は入れて貰えない。

 ただ、例外的措置として、全世界共通で発行されている冒険者証さえ持っていれば、冒険者証を通じて犯罪歴等を調べた後に入都を許される。冒険者はワケありも多いから、フードを取らされるような事も無い。

 そして、銀以上の冒険者証であれば、犯罪歴がないと証明されているのと同じであると見なされて、魔力での照合だけでありとあらゆる関所を越えられる。


 もし、サジュレスで渡された通行手形と、そこに書いてある王の口添えしか持ち合わせがなかったら、私はここで正体を暴かれて、殺されるか袋叩きにされるかの2択を迫られていたことだろう。

 王命以外で出国した場合は、国境が私刑の刑場になっていただけの話だ。結果はほとんど変わらない。


 だから私は、自由を求めようとして真っ先に冒険者になる道を選んだ。この旅が始まるほんの少し前に、歴代最速と言われる昇級を重ねて銀プレートを手に入れた。

 本来はサジュレスから出て別の国に行くためだったけれど、まさか、こんな所で使い道に恵まれるなんて。


 関所の前にある長蛇の列が進む速度だけはどうしようもなかったけれど、それ以外は万事問題無く、私は魔族の国の王都に入った。


 入都してから、ありとあらゆる種類の情報を扱うような後暗い方の情報屋を見つけるまで、そう時間はかからなかった。情報の対価は、冒険者ギルドに預けていた依頼達成の報酬を引き出して支払った。


 情報屋から『サジュレスの王太子と勇者が行動を共にしている』『王太子は現サジュレス国王から王位を譲ってもらう為に祖国へ向かっている』と聞いた時、私はあれだけ嫌った祖国に引き返す事を一切躊躇わなかった。


 それがもう、きっと答えと同じだった。




 ユーフォレアからサジュレスへの道を、今度はひとりで歩いた。

 サジュレスの王太子の性格についても情報屋で聞いていたから、譲位は確実に成功するだろうと分かっている。だからこの道程を焦ることはなかった。

 ただ身を切るような寂しさが、私の足を前へと進ませた。


 国境を越えてすぐの自然の中で、見覚えのある洞窟を見つけた。

 雪は無いけれど、日光が洞窟の内側で作りだす影の形を知っていた。


 魔法を使って引き摺って歩いて、子どもの足でどれくらいの距離だったか。魔力の供給が絶えた氷花はずっと前に雪解けと共に消えている。精一杯の力で動かした岩は、成長した今でも持ち上げるのがやっとの重さだろう。


「私……お母さんと、お父さんみたいになりたい。大切な人に命を懸けさせるんじゃなくて、大切な人のために命を懸けられる人に」


 そして、小さな幸せで満たされた人生を願いたい。






ーーーーー






 新国王の即位を祝う式典とパレードが終わって、勇者としてのお披露目も済んだ。


 リズには、譲位が終わり妃殿下を迎えに行くと同時にまた手紙を出したが、あの宿屋にまだ居てくれているだろうか。配達ミスも無く、きちんと届いているだろうか。


「今日は疲れているだろうし王城の客室を貸してあげよう。明日から1週間の休暇を出すから、実家に顔を出しておくといいよ」


 と、警備終わりにローレンス国王陛下より告げられて与えられた王城の端の広すぎる一室で、静かに下弦の月を眺めながら想いを馳せる。


 1週間ではどんなに急ごうとユーフォレアには行けない。ひと月以上の纏まった休暇は王の交代による混乱が収まるまで望めないだろうから、その間にユーフォレアからリズが移動してしまう可能性は高く、次にリズに会えるのはいつになるのか全く予想がつかない。


「聖剣なんて抜かなければ……いや、だとしたらリズに会えないし……」


 勇者を辞める方法は無い。

 先代は稀代の暴君を討った初代勇者であり、病没するその日まで勇者と呼ばれていた。2代目である俺も、前例の無さを理由に聖剣を手放すことを禁じられ、死ぬまで勇者と呼ばれ続けるだろう。

 勇者の看板を背負う俺に求められるのは、国民の希望を体現すること。あちこちに顔を売りながら魔物を倒し脅威を排し、そして国の危機には前線で盾となり鉾となること。


 私人としての側面は家族の前でしか出せないだろう。それでいて、結婚さえ自由にさせてもらえるか分からない。

 直系の血縁を残すなら相手は貴族の令嬢がきっと宛てがわれる。その令嬢と子供の前で勇者の仮面を外せるとは思えない。

 血を残すことが望まれないならば、俺は生涯独りを貫く必要がある。独りの部屋は確かに少しは気楽かもしれないが、俺が癒しを求められる人は手に入らない。


 勇者の俺でも武力以外の脅威を感じさせられる陛下にかかれば、譲位さえ済めば俺の名声を使わなくても国を治めるのに問題は起こらない、なんて言って世間が納得する程度に活躍することだけ求めて、それ以外は自由にさせてくれそうな気もする。

 むしろ政治的な影響を持つことを嫌いそうだとも思う。


 あとは、王妃殿下が混ざり者の待遇改善にご興味があるようだし、いっそリズの存在を明かして利用される前提で安全を求めるのも手かもしれない。

 政略も利害も絡まない関係を保ちたくても、絡めなければ会うことすら叶わないのならばそれも仕方ないのかもしれない。


「リズは、嫌がるかな……嫌がるよな……」


 正直、俺自身「彼らの境遇を知ったからには」と行動を始めた王妃殿下に一方的な苦手意識がある。

 幸せの国に暮らす人だと思うから。




「……ん?」


 そこまで考えて、いつの間にか下がっていた視界に真っ黒な人影を捉えていたことに気づく。

 客室から見える手入れの行き届いた庭園の、ここからほど近い噴水のほとりに、その人は佇んでいた。


 まるで、フードに隠された自身の容姿をじっと見つめるように俯いている。

 背格好は華奢で、女性のものに思えた。


「侵入者……いや、だとしたら何故あんな場所に……?」


 不審人物には違いないから、今すぐにでも警備に知らせるべきだ。


 頭ではそう思うのに、不思議とその人から視線が外せない。見ているだけで泣きたくなる。

 流水の止まった静かな噴水の水面に月が映っているから、余計に。


 こんな気持ちになったのは、これで2度目。

 傷を癒すために2人で洞窟に居た頃、最初に寝物語を聞かせてもらったあの日が1度目だった。


「……り、ず…………?」


 さっきに比べればとても小さい、そよ風ひとつで掻き消されてしまいそうなほど弱々しい呟きだったはずなのに、その人はこちらに気づいた。


「……っ」


 目深に被ったフードの下、僅かに覗く毛先は月光を受けて星屑のように輝いている。

 あの妃殿下を探しに行った隠れ里で見てもなんとも思わなかった色なのに、こんなに恋しかったのだと今自覚させられた。同じようで全く違う。特別はひとつだけだった。


 名前も付けられない衝動に震える手を伸ばして見せれば、ひどく軽やかに彼女は地を蹴った。

 滞空とその軌道を補助するための上昇気流に重々しいフードが外される。


 秘された宝石が、黒く七色に輝いた。




 差し出した俺の手を支えに、彼女はバルコニーの手すりの内側に降り立つ。両脚の着地と同時に手は離れ、フードは外れたそのままに2歩分の距離を取られる。


「……」


 初めて見る表情だと思った。何かを押し殺していて、でも、その何かはまだ彼女から見せて貰ったことが無いもの。


「ごめん……リズ」


 自然と、俺の口からは謝罪の言葉が零れ落ちていた。


「……何が?」


 何が悪かったと思っているのか。


「勝手に帰れなくなって、会いにも行けなくて、連絡だって遅くて、ごめん。一緒に居るって言ったのに、置いて行くなとか言っておいて……俺から先に離れて、ごめん」


「……うん」


「こんな俺だけど、でも、リズと離れたくない……」


「……うん。いいよ」


 瞳を伏せながら、静かな響きが赦しを紡ぐ。


「それから俺、勇者としてお披露目されて……一緒にユーフォレアのあの場所まで行けるくらいの、纏まった休みが貰えるの、だいぶ後かもしれなくて」


「いいよ、待ってる」


「……えっと。リズを待たせてる間さ、俺の名義で王都に屋敷を貰ったから、もし良かったらそこで一緒に」


 暮らさない? と続けたかったけれど、彼女の首は横に振られ、みなまで言わせてくれもしなかった。


「そっか……」


「一緒に暮らすのは駄目だけど、ちゃんと私から会いに行くよ」


 綺麗な微笑みだと思った。貴族令嬢の浮かべる、仮面ようなものとはまた違った。


「……うん。いつでも、待ってる」


「じゃ、そろそろ見つかっちゃうといけないから。もう行くね」


「っ、リズ!」


 久々の再会とは思えないくらいのあっさりした別れの言葉に、背を向けたリズの左手を思わず掴んで引き止め、抱き寄せる。


「この数ヶ月、ずっと会いたくてたまらなかった」


「うん」


「満月を見る度に、先に、……っ」


「いかないよ。勝手に、先には」


 抱き込んですっぽり覆い隠して。そんな俺の懐で、どこまでも落ち着き払ったリズは、震える俺を小さな手で包み込む。


「……大丈夫、大丈夫」


 世界には、俺たち2人だけだった。

 少なくともこの瞬間の俺にとっては、それだけが全てだった。


 止まらない時を、足りない時間を、またひとつ恨めしく思った。




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