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子供たちの名前出てきます。
人族の男の子:アレク
人族の女の子:カレン
魔族の男の子:リック
魔族の女の子:マリー
となっております。
……が、本編に再登場の予定は無いので忘れていただいて構いません。
里長を魔物の攻撃から庇った時に気を失ってしまった私が目覚めた時には、ほんの少しだけ陽が傾き始めていた。
確か里の広場に集まったのはまだ昼前だったから、結構な時間眠り続けていたらしい。寝かされていた場所がテントの中だったのは、きっと魔物たちが里にある木造の家をほとんど壊してしまって、気を失った私を寝かせられるような場所が近くに無かったからなのだろうと思う。
意識が無くなる直前に聞いた、クリスと知らない男性の声の会話からして、私たちの里はクリスと深い関係性にある声の主によって救われたはずだ。
里長たちを庇った時の怪我は誰かの手によって適切に処置されているようで、起き上がって体を簡単に動かしてみても大した痛みは無い。
私が目覚めるのを待ってくれていたらしい騎士様には「1度家に帰ります」とクリスへの伝言も託しておいたし、テントの中に居続けるのも気が引けるので、一旦テントを出て……。
「わっ、エリックお兄ちゃんズルい! 今の絶対魔法使ったでしょ!」
「いやいや、ただの実力だって! ほら、この通り!」
「うぉーっ、すっげー!! エリック兄ちゃん、俺もそれやりたい!!」
テントから出ようと布に手をかけたその時、里の子供たちが誰かと楽しそうに遊ぶ声がした。
その誰か──「エリックお兄ちゃん」の声に聞き覚えは無くて、クリスが話していた男性の連れて来た人の誰かが退屈をしている子供たちのお守りをしているのだろうか、と当たりをつけつつテントの外を覗く。
そこには予想通りの光景が広がっていて、楽しそうな子供たちの笑顔が眩しかった。あれでも外部の人に気を付けろって言われて育ってるのに、警戒心なんて微塵も感じさせない屈託ない笑顔。
「……まあ、微笑ましいですけど…………」
たまたま、彼らの相手をしている「エリックお兄ちゃん」が迫害的な思想を持っていなかっただけで、場合によっては子供でも容赦なく殴る蹴るの暴行が始まっていてもおかしくなかった。
これが『つまらない大人』の考え方というやつだろう。保守的で、排他的。どっちが差別をしている側なのやら、だ。
「なーなー、エリック兄ちゃんって魔法使える?」
「エリックお兄ちゃん」にバク転の補助をしてもらいながらはしゃいでいる子供たちの様子を眺めていると、人族として生まれた男の子のアレクが不意に質問した。
この集落に居るのはほとんどが混ざり者で、混ざり者というのが魔力量の多さで有名なだけあって全員魔法をある程度使いこなしている。
魔族で生まれた子供のリックとマリーも、魔族なだけあって魔法が使える。扱いの方はまだまだ大雑把だけれど。
アレクと同じく人間で生まれたカレンも、魔力量こそ集落の中での平均より少ないが、人間にしては多いと言えるくらいあるし、魔法もちょっとしたものなら十分使える。
ただ、アレクだけは違った。
魔力量は人間でも少ない方で、魔法だって道具を使った方が便利と言えるくらい小さなものしか使えない。普段は明るく無邪気に振る舞っているが、『自分だけ』という疎外感は常に感じていたはず。
だからこそ、集落の外の人である「エリックお兄ちゃん」に聞いたのだろう。
何でもないような声色と表情での質問だったが、その手はギリギリと音が聞こえてきそうなくらいに強く握り締められている。
「ん? ああ、まあ使えるけど……そこまで得意ってもんでもないかなぁ。普段だったら、魔法全般は一緒に旅してた相棒に任せっきりだったし」
「……ふーん?」
でも使えるんじゃん、とでも言いたげな、やや不満そうな声だった。
そのアレクの様子に気づいているのかいないのか、「エリックお兄ちゃん」が構ってくれなくなって子供たちが静かになった中で、「エリックお兄ちゃん」は話を続ける。
「俺は物理、相棒は魔法、って感じで担当を分けてたんだよ。そりゃ、基礎くらいは俺もできるけど、向いてない事にばっか手ぇ出して得意分野は伸ばさないってのも勿体ないだろ?」
「そう、かもしれないけど。
でも、魔法ってやっぱ便利だし、基礎もできないなら流石にマズいってなるんじゃねーの?」
「いやぁ……正直な所な? この集落だと魔法使えるヤツばっかで信じられないかもだけど、人間の国だと魔法がほとんど使えないって人の方が多いんだよ。だから、基礎の魔法に代わるような便利な道具がいっぱいあるし、『魔法使える』って言っても別に大丈夫だけど、『魔法使えない』って言ったって馬鹿にされるとかは一切無い」
その言葉に、やや俯き気味だったアレクが顔を上げる。私の居る方からは後頭部しか見えないから、アレクの表情は見えない。
「えー、うっそだー!」
口を挟んだのはカレンだった。
「嘘じゃないって! この集落に滞在する兵士の3分の1だって魔法使えねぇんだぞ?」
ああでも、たとえ信じられないからって、復旧作業の邪魔になるからわざわざ聞きに行くとかは絶対にするなよ、と「エリックお兄ちゃん」が念を押す。
推測だが、もし差別的な人に話しかけた時が心配だから、という配慮もあったのだろうと思う。引き合いに出した話題の選び方は悪くてもこうしてフォローをしているあたり、「エリックお兄ちゃん」は子供たちにたった1日足らずで信頼されるに足るだけの『良い人』なのだろう。
「あー、とりあえずあれだ。魔法使えなくたって、生きてく上では何の問題もないって事! 分かったか?」
「「「「はーい!」」」」
綺麗に揃った声で子供4人が返事をする。
それに「うむ」と頷いて満足そうにした「エリックお兄ちゃん 」が、
「で、次は何して遊ぶんだ?」
と問いかける。
「じゃあじゃあ、オレに体術か剣術教えてよ!」
と真っ先に言ったのはリックで、
「えーやだー!」
とそれを却下したのはカレン。
「ならカレンは何がしたいの?」
と聞いたのはマリーで、カレンの答えは、
「おままごと!」
だった。
その答えを聞いた男子2人は、「「えー……」」とあからさまに嫌そうな反応をする。
「まあまあ、さっきは男子がやりたいって言った遊びだったし、次は女子の順番で良いだろ?」
「「はーい」」
男子2人が少し元気の無い声で返事をした。
「エリックお兄ちゃん」はそれに苦笑いしながら、男子2人の頭をやや雑に撫でる。撫でられた2人とも態度だけ嫌そうにその手を払い除けていたが、「やめろよー!」と言う声は楽しげだった。
「ああそうだ、リック、体術と剣術教えるのはもうちょっとデカくなってからな。まだ体ができあがってないのに無理すると色々問題あるらしいし」
思い出したような言い方をされたリックが今度こそ「えーっ!?」と嘆き、不貞腐れたようにそっぽを向く。
「『デカくなってから』って、エリック兄ちゃん明日にはクリス姉ちゃんたちと一緒に出て行っちゃうんだろ? そしたら誰が教えてくれんだよ」
『明日にはクリス姉ちゃんたちと一緒に出て行っちゃう』。その言葉が脳裏を何度も反響するようだった。
クリスが、明日にはこの集落を去るって。
明日、私を置いて。
まだ恩も返せていないのに。
私に居場所をくれるって言ったのはクリスなのに。
……初めての、友達だったのに。
気づけば私は走り出していた。
身分が違いすぎて、『友達』だなんて烏滸がましいのは何となく分かっている。それでも、クリスと離れたくない気持ちが大きくて、その為なら何だってやりたいと思った。
だから私は、大急ぎでクリスがこれから来るであろう集落の外れにある自宅に帰って、クリスらしき足音と共に玄関扉が開けられた瞬間に飛び出して、
「わたしっ、クリスと離れたくありません! どうか一緒に連れて行って……! お願いです!!」
と縋ったのだ。
ーーーーー
惜しまれながら夕方には子供たちと離れて、元の個人用テントで一晩を過ごして迎えた翌朝。
「エリック兄ちゃーん! 起きてるー?」
身支度を整え終えて、歯でも磨こうかとテントの出入口部分の布に手をかけようとした時。昨日遊んだ子供の1人、アレクの声が聞こえた。
「起きてるけど、どうかしたか?」
答えながらテントの布をズラして外を覗くと、そこにはアレクが両手を背中に回した状態で立っていた。
「おはよ、エリック兄ちゃん!」
「うん、おはよう」
朝日のように眩しい笑顔を向けられて、思わず髪を掻き混ぜるようにアレクの頭を撫でていた。髪色も瞳の色も、当然年齢だって違うのに、アレクにはどことなく少し年の離れた末の弟の面影を感じて距離感が近くなってしまう。
でも、アレクも嫌がっていないように見えるから、多分大丈夫なんだろう。はにかみ方もまた末の弟に似ている。
「あのさ、エリック兄ちゃん。昨日は遊んでくれてありがとう。オレ、エリック兄ちゃんからこの集落の外の話を聞いて、すっごい気持ちが楽になったんだ。
この集落じゃ、魔法もまともに使えないヤツってオレしか居なくて、ずっと『オレがおかしいのかも』って苦しかった。でも、エリック兄ちゃんが魔法が使えなくても大丈夫って教えてくれて、自分の居る世界がすっごい狭かったから苦しかったんだなって思った」
場所を変えたら、少数派が多数派になることもある。ある意味当然の事だろうけど、今までずっと少数派でいたなら環境を変える発想に至らないのも仕方ないのだろう。
多数派になれるかもしれない環境の存在を知っていても、外に出たら迫害されるかも、という教育だってされているだろうし。
でもリズは、多数派になれる環境さえ知らずに心をすり減らしながら進んでいた。
…………せめて、また会えた時にこの集落のことを伝えられたら、少しでも生きる事に希望を見出してくれるだろうか。
なんて考えていることを、おくびにも出さないように気を付けながらアレクの話に相槌を打つ。
段々と輝きを増す無垢な瞳が眩しくて仕方なかった。目を焼き潰されそうだった。
「それに、おままごとの後で話してくれた相棒さんと色んな場所を旅した話、すごい良いなって思ったんだ。広い世界が見てみたくなって、エリック兄ちゃんにとっての相棒さんみたいな存在も欲しくなった。
だからオレ、いつか絶対この集落を出て、世界中を旅してみせる! それで、絶対にエリック兄ちゃんと外の世界で再会するんだ!」
可愛らしい宣言に、自然と口角が上がった。
「そっか。じゃあ、その時は居酒屋で酒奢ってやろう! 約束な」
「うん! 約束!」
「もし会えたその時は、もう聞き飽きた、ってなるくらい相棒自慢聞かせてやるから。覚悟しとけよ、アレク」
「オレだって、その時までに相棒って呼べる人と出会って、エリック兄ちゃんが『まいった!』って降参するくらい自慢してやる!」
「あははっ、良いなそれ。じゃあ、また会えるようにってのと、アレクの旅路が安全であるように、俺のお古で良けりゃ御守りをやるよ」
自分の首から小さな緑色の石がついたネックレスを外し、アレクに手渡す。
陽の光に当てておくと暗いところで少しだけ光るっていうアイテムで、空飛ぶ光るクラゲの群れを見に行った時にクラゲの触手部分から採取した物の加工品だった。視界を確保する明かりとして使える程の光量も無いが、真っ暗な森の中でリズから離れて独りになった時、不意に不安になった心を落ち着かせてくれていた。
「きれい……ありがとう、エリック兄ちゃん!
オレからもこれ、この前作った自信作! ちょっと話長くなっちゃったけど、お礼にこれを渡したくて来たんだ!」
そうして差し出されたのは木彫りの小鳥だった。羽の流れも丁寧に削られていて、売り物を思い出して比べてみても出来栄えは遜色なく見える。
「そっか……ありがとな、アレク。大事にする」
「うん! ……じゃ、じゃあっ、オレもう行くからっ!」
そう言ったアレクの頬はいくらか赤らんでいて、そういえば自分も素直にお礼言ったり褒められたりが気恥ずかしかった頃があったな、と懐かしい気持ちになった。
……うん、確かにこれは可愛いな。大人たちが揶揄いまくってきたのも納得だ。
いくらか距離ができた所で、アレクが振り返って言う。
「エリック兄ちゃん……またね!」
「ああ、またな!」
それに俺は手を振って返して、その数時間後に王太子夫妻の出発準備が終わったのに合わせて集落を発った。




