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戦闘シーン入りますが、今回も割とダイジェスト気味にいきます。戦闘描写ムズすぎるんです……。
王太子殿下との邂逅から一夜明け、俺は王太子殿下の乗る馬車の前方で護衛の騎士たちに混ざるようにして馬を走らせていた。
服も装備も、昨日侍従から返してもらった自前のものを身に着けている。
現在地としては、王太子妃殿下を探す時に未探索だったというエリアに入ったところだ。
「……っ、あれは」
不意に、道の脇になぎ倒されたばかりと思われる木を見つけ、隊列から外れて確認に行く。
「この何かが這いずった跡……間違いない」
あの変異種の黒蛇が、この草木の倒された跡の先に、ちょうど王太子殿下と共に向かおうとしている場所にいる。
きっと周辺には、黒蛇に付き従っている通常種が何十匹もいるだろう。
「王太子殿下!」
ひとまず黒蛇の存在を伝えないと、と思って隊列に戻りつつ無礼かもしれないが王太子殿下に声をかける。
「おいお前! いくら勇者と言えども王太子殿下に許可も無く話しかけるなど……!」
「そういうのは良いから。で、何が分かったの?」
案の定、護衛隊長と紹介された30も後半に見える男は怒り心頭といった様子で怒鳴りつけようとしたが、王太子殿下がそれを手で制した。
「変異種の黒蛇の、比較的新しい痕跡が目的地に向かっているのを発見しました!」
いくらか距離が空いている上に馬を駆りながらの会話なので、どうしても声を張る必要が出てしまう。それでも声が届いているか不安なくらいだったが、王太子殿下の耳にはきちんと聞こえていたらしい。
「っ急ぐぞ!」
隊列全体から馬に鞭を入れる音が響き、足場が完全では無い中を全速力で駆け抜けた。
ーーーーー
「ミシェル、ミシェル!!」
木々の隙間から見える広場らしき場所に、通常種のヘビ型の魔物が何匹かと、白い髪をした何人もの人影。
そしてその中心に、誰かの名を呼びながら座り込み、その名前の主を抱き起こそうとする赤髪の女性と、今にもその女性を飲み込もうと首をもたげる通常種の中でも大きな黒いヘビの魔物。
「クリスティーナっ!」
大切な人を失う恐怖に引き攣った王太子殿下の声がする。
俺は、王太子殿下が王太子妃殿下の救出に間に合うように、と魔法で追い風を出しつつ、2人の障害になりそうな魔物たちを同じく風の魔法で牽制した。
殿下の少し後方を走る俺では間に合いそうもなかったし、何より、馬に蹴られて死ぬ訳にもいかなかったから。
グルルルゥガアアアッ!!!
今見えている中でも一際大きかった黒いヘビの断末魔を背に、俺は最前線で戦闘を開始した。
手の届く範囲で通常種相手に苦戦している様子の兵のフォローをしながら、確実に敵の数を減らしていく。
尖兵とでも言うべき第1陣のヘビ共を粗方討ち取った頃、王太子妃殿下の安全を確保し終わったらしい王太子殿下が俺の隣に並び立つ。
「エリック、私は右側をやるからお前は左側を倒せ。どんなに小さかろうと、1匹たりともクリスティーナに近付かせるな。命令だ」
それに俺が「御意」と答える間もなく、王太子殿下は第2陣のヘビ共を倒す最戦線に乗り出した。
第2陣のヘビの数が半数を切った頃だった。
「変異種だ! 魔法を使う変異種が出ました!」
運良く殿下に任された戦線の左側から、そう声がした。
魔法を使う変異種。確実に、リズの脇腹を抉ってくれやがった奴だ。
「雑魚は任せた! 俺が変異種の相手をするから邪魔だけはするな!」
周りに居た兵士どもにそれだけ叫んで聞かせて、俺は変異種が現れたらしい辺りに向かって走った。
「あの時の礼、たっぷりさせてもらおうじゃないか!!」
士気を奮い立たせるための宣言だったが、きっとこの時の俺の顔は悪鬼さながらの凶悪な表情をしていたことだろう。
再戦のゴングは、俺が変異種の黒蛇にぶつけた無属性の魔力弾だった。
ーーーーー
「……はぁっ、はぁっ………っ……」
変異種の黒蛇の口の中から聖剣を引き抜き、力尽きてその場に大の字で横たわる。
周囲から剣戟の音は聞こえず、どうやら通常種の方も、すっかり片付いているらしい。
「……あぁ、くそ寝みぃ」
それから、戦闘の途中で毒牙に噛ませた、利き手と反対の囮にした腕の感覚が無い。かなりの血を流したから毒の方は血と共に体外に排出されてそこまで深刻になっていないと信じたいが、どっちにしろ血が足りなくて死にそうだ。
こんな時にリズが居てくれたら、意地でも死なないって気力を奮い立たせる事だってできるのに。
今頃きっと、再会を互いに喜んでいるだろう王太子殿下が羨ましい。
「リズ……」
会いたい。
会って、急に居なくなってごめんって謝って、王太子殿下の命令で帰れなかったって事情を説明して、リズの肌に傷をつけた変異種を倒したんだって言って、それでめいいっぱい褒めて欲しい。また笑ってる姿を見せて欲しい。
だんだん下がっていく瞼が光を隠してしまう直前、瞼とは別の何かが視界に被さった気がした。
「……ぅ、……ぐっ!?」
寝返りを打とうとして痛みに飛び起きる。
……何だか、前にもこんな事があったような。
その時と違うのは、地面に寝袋を敷いただけのテントという場所もそうだが、リズが怪我をしていなくて、隣をいくら探してもリズが見つかるはずが無いという事だ。
「ここは……」
どれほど寝たままだったのかは分からないが、テントの中である以上はさっきまで魔物の群れと戦っていた場所なのだろう。
白い髪の人々のみが集まっていた集落……いや、確か一緒に戦った白髪の若者の瞳の色は、リズと少し違う色味に思えたが確かに黒だった。
ならここは、魔族の国で殺されない為に、混ざり者たちが集まってできた集落、混ざり者たちの隠れ里とでも言うべき場所なのか。
「そう言えば、傷はどうなったんだ?」
致命傷と呼べるほどの傷を負ったはずの場所を見るが、そこには傷も何も無かったかのような真っさらな肌があった。支給された物とは別の、より効果の高い万能薬でも使われたのか、毒の影響による怠さすら感じない。
ただ、大量の負傷者に行き渡らせる為なのか細かな傷はそのままで、さっき寝返りの時に痛かったのはそっちの傷だったらしい。
「……よし、骨も関節も無事だな」
寝袋の上で寝ていた為に身体が傷とは違った痛みを少々訴えているが、今確かめた感じなら多少帰路で魔物との戦闘になろうと大丈夫だろう。
そう判断して、目覚めた事を伝えた上で今後の指示を仰ぐべく、俺はテントから顔を出した。
「あっ、勇者殿! お目覚めになったんですね、良かったです!」
途端、たまたまテント前を通っていたらしい兵士に声をかけられる。
「ああ、うん。……えっと、今って戦いが終わってからどれくらい経ったのかとか、これからどうしたら良いのかとか、色々教えてくれないか?」
「はい、もちろん!
勇者殿が眠ってらしたのは2時間ほどで、我々のような軽傷だった兵たちは、現在この集落の復旧作業を手伝っている所です。勇者殿に関しましては、殿下から『ゆっくり休むといい』とのお言葉があったそうですので、まだ全快ともいかないでしょうし、どうぞ1日お休みになってください。
あと、日程の問題もあっての問題もあって明日には出立するとの話も聞きましたから、もしお暇でしたらその支度をなさると良いかと思います」
「そうなのかありがとう。……でも、1人だけ復旧作業を手伝わないってのも気が引けるな」
「いえ! 勇者殿の活躍のおかげで死者が1人も出なかったのです、今日1日だけでもどうかゆっくり過ごされてください! それから、母国の王都に戻ったら是非ともお礼に酒でも奢らせてください!
自分はこのまま作業に戻りますので、それでは!」
真っ直ぐな言葉に面映ゆくなりながらキビキビと資材を運ぶ背を見つめ、
「さて、どうしたもんかな」
と夕方も近そうな青空に視線を移して呟いた。
「……ん?」
そして、自分を見つめるいくつかの視線に気がついた。
「………」
「………」
気になって向けた目が視線の主たちとバッチリ合ってしまって、お互いに固まった。
「……なあ、」
声をかけてみただけで、ビクッ! と大袈裟なくらいに跳ねる小さな肩が面白くて、顔が笑みを形作ったことを自覚する。
「君たち、もし良かったら俺も遊びに混ぜてくれないか?」
俺の提案に、まずはお互いに目配せし合う4人の子供たち。あまり大きな集落でもないようだから、重いものを持たせるのを躊躇う年頃の子供はきっと彼らで全員だろう。
2人の男の子と2人の女の子。男の子も女の子も、1人が魔族でもう1人が人間という、偶然だろうが、なんともバランスの良さそうな組み合わせだ。
混ざり者に子供ができると、生まれた子供は必ず魔族か人間のどちらかになるという。混ざり者は魔族と人間が交わった時にしか生まれない。混ざり者同士で交わらず、『混ざり者と人』や『混ざり者と魔族』という組み合わせの場合、生まれる子供は絶対に混ざり者ではない側の種族になる。
その限定性が、人間から混ざり者が神に許されていない存在と言われ蔑まれ、魔族から混ざり者が唾棄すべき存在として排除される、そんな悲劇の原因の一端を担っていると言えよう。
居場所のない者同士で惹かれ合い、そうして生まれた子供が、自分たちがどうしたって手に入れられないものを生まれながらに手にしている。それが許せなくて育児放棄が起きる、というケースもゼロではないと聞く。
そもそものサンプルになるような混ざり者同士の夫婦というのも本当に少ないし、よくいる夫婦の子供に対しても育児放棄というのは残念ながら起こってしまう事なので、一概には言えないが。
ただ、目の前の子供たちは、どうやらこの集落内で健全に育てられているらしい。恐ろしいものとして伝えられているだろう外部から来た見知らぬ大人をこっそり盗み見ようと考えて、本当にこうしてやって来ているのだから。
少なくとも彼らはまだ、自分たちが理不尽な理由で石をぶつけられるような経験をしたことが無いのだろう。
なんて考えている間に、目配せでしていた話し合いが、円陣を組んで声を用いたものに変わっている。時々チラチラと組まれた肩の間から視線が向けられるので、その度に微笑ましくなって笑いかけてみる。そして毎回、「ひえっ、気づかれたっ!!?」って感じで顔が引っ込んでいくものだから、本当に可愛らしい。
「じゃ、じゃあっ、多数決!」
どうやら話し合いも終盤のようで、快活な印象を受ける人間の男の子が多数決を取り始めた。
「賛成の人!」
合図と共に、パッと体に見合った短さの腕が4本真っ直ぐ掲げられる。
「反対の人!」
今度は全部の腕が揃って下ろされる。あまりに綺麗な揃い方で、訓練された兵隊の行進でも見たような満足感があった。
兎にも角にも、彼らの中で結論がはっきりしたようだ。




