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エリック視点に戻りました!
本当にお待たせいたしました!
「……っ、こ、こは…………?」
起き抜けに見えた光景に、思わず言葉が口をついて出ていた。
昨日泊まっていた宿でも、今まで寝泊まりした場所でも、実家の自室でもない見知らぬ部屋。しかも、手首を拘束された状態で、肌触りの良い敷物が敷かれただけの床に転がされている。
……持っていた荷物は、服の下に隠していた武器も含めて没収されているらしい。服も最後の記憶にあるものとは違っていて、質の良さそうなガウンに着替えさせられている。
何か薬を嗅がされて連れて来られたらしいこの部屋から逃げ出してリズに合いに行こうにも、ここが何処なのかといった情報を始めとして、色々と足りないものが多すぎる。
そう考え、一旦逃走を諦めて部屋の中を見回し始める。見るだけでなく物色もできたら、と思うが、残念ながら手首の拘束が邪魔でそれは出来そうにない。
「……起きていたか」
不意に重厚な扉が開き、知らない男の声がした。
「今からローレンス王太子殿下がいらっしゃる。くれぐれも失礼のないように。聞かれた事に嘘を答えたらその命は無いと思え」
状況把握がまだ終わっていない中で詰め込まれた情報に目が回りそうだ。
今この男は「ローレンス王太子殿下」と言っていた。それは、祖国サジュレスの王太子の名前に相違ない。
「ローレンス王太子殿下って、じゃあここは……!」
まさか、隣国から祖国に引き戻されたと言うのか。勇者としての責務であると言いつけられた事を果たそうとしなかったのを咎められるのだろうか。……もしかして、それは、リズも……?
「いいや。国境に近い場所だが、ここはまだ魔国ユーフォレアだ」
独り言のつもりだった呟きに、返答があった。
変異種のような強い魔物と相対した時とはまた違った威圧感が、こちらを押しつぶさんばかりに向けられている。サジュレスで国王に謁見した時には感じられなかったものだ。
これこそが『上に立つべくして生まれた者の風格』というものなのだろうか。
「……それで、エリックと言ったか。勇者として国王から一体どんな命を受けてユーフォレアに来た?」
眉目秀麗という評判に違わぬ王太子が、優雅な所作で俺の目の前にあった豪奢な椅子に腰掛ける。
その表情は微笑みを称えているのに、リズと共に潜ったダンジョンで鍛えられた危機感が『表情を額面通りに受け取るな』『警戒しろ』と俺に訴えかけている。
さっき、王太子付きと思われる男が言った通り、嘘偽りを話すのはやめた方が良さそうだ。
「陛下からは、『勇者が現れたということは、倒すべき悪がいるはず。隣国ユーフォレアでその悪を探し、討ち倒せ』との命令を受けました。陛下と直接お会いする直前には、騎士団長殿から『お前が倒すべきは、圧政で国民を苦しめているユーフォレアの王だ』といった内容のお話も伺いました」
「そうか。……では何故、ユーフォレアの王都から遠く離れた田舎に居た? 教会から派遣されたという者はどうした?」
「それ、は……」
答えかねて口ごもる。
リズの事を話してはいけないと思ったから。
このユーフォレアで混ざり者の生存は許されない。サジュレスでも混ざり者は唾棄すべき存在として扱われている。その差別意識はほとんど全ての国民に共通していて、貴族のような特権階級が上の者ほど強くなる。王族ならば尚更だ。
あの謁見の時にリズが顔を隠していなければ、きっと一緒に旅に出ることは叶わなかっただろう。
サジュレスを裏で操っていると、まことしやかに囁かれる女神教は、リズが混ざり者であると国王にバレてしまったとしてもほぼ無傷だというのが本当に腹立たしい。勇者の供としてユーフォレアに派遣された時点で、どう足掻こうとリズに求められた役割は決まっていたわけだ。
だからこそ俺は、リズを生かすためなら、なんだってやりたいと思った。
さっきの喧嘩別れのようなものが最期であろうと、骸としてでさえ再会が不可能であろうと、俺は再びリズが心から笑える未来が来ると信じたい。
本音を言えば、笑わせるのは俺でありたい。
だから、これは賭けだ。
「ユーフォレアの王都に赴かず辺境に居たのは、陛下より賜ったご命令を鵜呑みにできなかったからです」
第一に、王太子が国王の方針──この場合はユーフォレアとの全面戦争をも辞さない姿勢──に反対している可能性に賭けること。
この2ヶ国間で戦争が始まったなら、教会はきっとリズを回収して戦場に赴かせるだろう。リズが逃げ延びた先で魔族に殺される確率も、戦争によって余所者が警戒されるようになってはかなり高まってしまう。それを避けるためにも、前提を『王太子と国王の不仲』に置かなければいけない。
第二に、リズの存在がまだ割れていない上で、教会から派遣された者の不在を誤魔化す言い訳をすること。丸っきり嘘であればすぐに見抜かれてしまうだろうから。
……狙うなら、嘘にはならないが、真実とも言い難いライン。そのギリギリがこれだった。
「陛下のご命令に、一体何の疑問があったと言うんだ」
こちらに問いかけてくる王太子の声はあくまで静かで、この選択が正しいのかも間違っているのかも、何も判断がつかない。
でも良いんだ。ここで俺が死んでも、リズにさえ魔の手が及ばないなら。
「……恐れながら、申し上げます。
私がこのユーフォレアに入ってから首都に向かうまで、いくつかの町や村を経由しました。そこで見た魔族たちは、陛下が仰ったような『悪の存在する国』の民と言うには、皆表情が明るすぎるように思ったのです。
故に私は、己の目で以てこの国に倒すべき悪が居るのかを判断するべく首都を離れ、辺境を訪れておりました。
教会から派遣された者は、意見の相違から首都までの道で別れました。その後の消息は存じません」
「……なるほど」
その時、王太子の声に初めてあからさまな感情が乗った。とても、愉しげな。
思わず硬直してしまったのは仕方ない事だろう。だって、俺にとって良い反応と思えないくらい悪そうな表情に見えてしまったから。
「どうやらお前は、こちら側の人間だったようだね」
けれど、その認識はどうやら間違いだったらしい。
「こちら側、と申しますと……?」
「言葉通りさ。国王の言葉だから、と権力を盲信するのではなくて、むしろあの人の方針に疑問や反論を抱えている人間。
君もそうなんだろう?
私は今、そういう人間を集めている。私から妃を引き離して別の女をあてがおうとするような自己利益しか見えていない傀儡を、搾取されているサジュレスの民の為にも玉座から引きずり下ろさねばならないからね」
……それは、理由の1番目に妃殿下のお話が出ていることから察するに、半分近く私怨なのでは。
そう思ったが、俺は懸命なことに口を噤んだ。多少愛情が極端な方であろうと、あの国王に比べたら格段に良い為政者になりそうなのは、この短い時間でも十分に理解できたから。それに、余計なことを言ったら味方であろうと容赦なく消されると俺の本能が言っていた気がしたから。
「……で、早速頼みたいことがある。
私は今、最愛の妃との新婚旅行のついでにこのユーフォレアへ国交回復だったりの交渉をしに来ていたのだが、我が愚かなる父王の妨害で妃とはぐれてしまった。そういうわけだから、君に妃を探すのを手伝ってほしいんだ。
正確に言うと、居場所のおおよその目星は既についているが、その周囲の魔物の様子がおかしいらしいから、いざと言う時の露払いを頼みたい」
万が一にも、妃自身やその心に傷をつけてはいけないから、万全を期したくてこの辺りに派遣されたという君を探させたんだ。
そう言って変わらぬ笑みを少しだけ深めた王太子殿下は、俺が申し出を断るとは微塵も思っていない様子だった。
いや、違うな。断る余地を微塵も残すつもりがないのだろう。俺の家族は今でも、祖国サジュレスに住んでいるのだから。
「御意」
断れないと悟りつつ、けれども俺は自分の意志でそう言って頭を垂れ、忠誠を誓う騎士の姿勢をとった。手首を拘束されている状態でも、精一杯その姿勢に似せた。
新兵たちに国王が顔を見せる式典では省略された騎士の誓いを、俺は国王ではなく王太子殿下に捧げることに決めた。替えのきかない愛を知るこの人に。
「妃を探し出した後は交渉が終わるまで暇になるだろうが、帰国後はあからさまに命を狙われたり、文字通り死ぬほど忙しくなると思う。今の内から覚悟を固めるように。
それにしても、教会の回し者が職務を放棄してくれていたなんて好都合だな。教会の権威が削ぎ落としやすくなった。……お前も、そう思うだろう?」
そうして見せられた少々黒い笑顔は、王太子殿下にとても良くお似合いだった。
俺は、曖昧に口角を上げることで応えた。
「では、これからの予定を説明しよう」
改めて手首の拘束を解かれ、向かい合って着席する事を許された俺に、王太子殿下がそう告げた。
特に合図も送っていないというのに、王太子の言葉が終わると同時に、侍従と思われる給仕服を着た男たちによってちょうど良い高さのテーブルと国境周辺の地図が運び込まれる。侍従たちの気配こそ察知できていたが、まさかの手際に驚く俺に対して王太子殿下は平然と、これまたいつの間にか提供されていた紅茶を嗜んでいる。
……これが、王族か。
違いすぎる世界を前に慄く俺を待たずして、王太子殿下直々の説明が始まった。
「まず、現在地がここで、妃が居るだろう場所がこの辺り」
森の手前を先ず指さし、次いで森の中を通る川のカーブ部分で円を描くように指が動かされる。
それは、かつて俺とリズが流された川の下流に当たる場所だった。
「この川のもう少し上流を調べてみて見つけた、混ざり者と似た特徴を持つが故に迫害された者の作った集落に妃はおらず、もっと下流の方でも妃を見つけられなかった。もう探せていないのは、崖や川に囲まれていて準備の整わない状態での探索が危険と判断されたこの辺りだけなんだ」
『混ざり者と似た特徴を持つが故に迫害された者の作った集落』。
その集落の長は、きっと生まれながらにして白髪を持つ老爺だろう。話の腰を折るわけにはいかないから確認こそしないが、俺はそう確信していた。
……だとしたら、そこで起こっているという魔物の異変とその原因に、心当たりがある。
「王太子殿下、もしやその周囲で黒い蛇の魔物が目撃されているのではありませんか」
「……よく分かったね」
「ユーフォレアへの入国時この辺りの森を突っ切りまして、その際に黒蛇の群れに遭遇したことがあります。おおよそ、魔物の異変は、多数の黒蛇を率いた蛇型の魔物の変異種によるものでしょう。
……その変異種は、休憩中に不意をつかれて、私が1度敗北を喫した相手でもあります」
「そうか。それで、明日にでも再戦したとして、勝算はどれくらい?」
「よほどのことがあろうとも、確実に勝利できるでしょう」
「へえ? 不意打ち程度のハンデで負けた相手に、本当に断言できるんだ?」
「はい。魔物からの不意打ちに対策を立てたのはもちろんですが、常に前進してこその勇者ですから」
好きな人相手には積極的に手を繋ぐことすら難しい腰抜けでも、好きな人を守るための努力だけは1日も怠らなかった。もう二度とリズに傷をつけたあの変異種に負ける訳にはいかないから、怪我が治ってからずっと。
「それは頼もしい。さすが勇者だ、改めて気に入ったよ。
出発は明日の朝7時。聖剣を始めとした君の荷物は私の侍従がこの部屋の外で持って待っているから受け取っておくように。その他に必要なものがあれば荷物を受け取る時に侍従に言ってくれれば朝までに用意しておこう。君用の寝室への案内も侍従が担当する。
他に、何か知りたい事は?」
「ございません」
「そう。じゃあ、明日からよろしくね」
王太子殿下はそう言うと、俺をこの部屋に残して立ち去った。
ひとり残された部屋で、俺は置いてきてしまったリズを思った。
どうか、急に姿を消した俺を、リズから逃げたと思わないでほしい。
絶対に、王太子殿下からの依頼が終わったらすぐにでも迎えに行くから、俺を残していかないで。




