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番外 エリックの母の話

 本日、18時に2話連続更新しております。読み飛ばしにご注意願います。

 時系列的には9.5くらいです。


 書きたかったキャラ、やっと出せました!

 満足です!




「奥さま! 奥さま、生まれましたよ!!」


 飛びかけた意識が、助産婦のその一言で繋ぎ止められる。


「ほら、立派なご子息です。抱いてあげてください」


 差し出された我が子はとても小さくて、飴細工のように脆く見えた。


「大丈夫です。お教えした通りに抱いてあげれば大丈夫ですから」


 もう一度念を押すように言われて、おくるみに包まれた我が子を受け取った。


「……かわいい」


 自然と口から言葉が零れていた。


 ふにゃふにゃの体は頼りなくて、庇護欲が刺激される。

 力強い産声は私が抱き上げたことでピタリと止まっていて、まだほとんど見えていないはずの目でこちらを見つめてきている。


 ……ああ、可愛い。なんて可愛いの。私の愛しい子。

 あなたのことは、私が何に変えても守ってあげる。


「リリアン!」


「あなた……」


 産婆から許可を貰ったのだろう夫が、息を切らしながら部屋に駆け込んだ。

 そして、私の腕に抱かれている赤ちゃんを見て、安心したように膝から崩れ落ちる。


「あ、ああ……良かった……。無事に、生まれたんだね」


「ええ。男の子ですって。きっと、あなたみたいな愛情深い人になるでしょうね」


「どっちに似てもそうなるさ。……ああ、本当に可愛いな」


 夫は早速赤ちゃんに夢中のようだ。

 2人共もう親子なのがはっきり分かるくらいに似ているところが多く、見ているだけでも癒される。


「そうだ! この子の名前だけど、聞いてくれるかい?」


「もちろん。どんな名前をつけてくれるのか、ずっと楽しみにしてたの」


 私は自分の名前のセンスが不安で、その辺は全部夫に任せることにしていた。


「そう言われると、ちょっと期待に応えられるか心配だな……。気に入ってくれるといいけど」


「どんな名前でもきっと気に入るわ。だって、あなたが真剣に考えてくれた名前ですもの」


「そう言ってくれて嬉しいよ、ありがとう。じゃあ、この子は男の子だから……エリックっていうのはどうだろう?」


「素敵! 凄く良い名前だと思うわ。

 今日からあなたの名前はエリックよ」


 改めて腕の中の我が子にそう呼びかけると、キャッキャと手を振り回して喜んでいるようだった。


 父親譲りのオレンジ色の瞳に、私譲りの赤毛の息子。


 大きくなったら、少し苦労人気質で眉間に皺が寄りがちだけど、心優しい勇者として新王の治世を支えていく、私が大好きだったサブキャラクターのエリック。

 ヒロインの専属侍女になった、混ざり者というだけで周囲から迫害されている女の子とのささやかな恋愛模様が、それはもうキュンキュン、して、最高……で…………?


 あれ……これ、誰の、記憶…………?


「リリアン!? リリアン!!」


「旦那様、落ち着いてください! お産には体力を使いますから、緊張が切れるとこうして急に眠ってしまうこともよくあります! 奥さまは大丈夫ですから!」




 ……というわけで、出産をきっかけに前世を思い出した。


 私はリリアン。大好きだった小説に出てくる大好きなサブキャラクター、の母親。本編には登場しない、存在が明記されているだけのモブ。


 その小説は悪役令嬢が幼少期に記憶を取り戻して破滅を回避するタイプのもので、小説のヒロインである悪役令嬢は攻略対象たちと幼なじみとして成長しながら元々の婚約者だった王太子と結婚していた。

 記憶を取り戻してから学園で破滅を回避し、結婚するまでの話が第1部で、人気が出たからなのか第2部の新婚旅行編に続いていた。


 新婚旅行の行先は魔族の統べる隣国、ユーフォレア。

 ヒーローである王太子が自身の地位を狙っていると思って排除しようとしてくる現サジュレス国王の所為で、王太子とはぐれて魔族と人間の混ざり者が暮らす隠れ里に流れ着いたり。

 隠れ里で迫害されていた少女、ミシェルに助けられながら隠れ里の危機を解決してみせ、ミシェルをお抱えの侍女にして混ざり者の待遇改善を誓ったり。

 はぐれていた王太子と再会し、ユーフォレアに賓客として迎えられた後にユーフォレアの王子に言い寄られたり。

 ユーフォレアを支配下に置かんとする強欲なサジュレス国王の狙いを阻止しようと、国王が送り出した勇者エリックを王太子が味方に引き込んだり。

 そして出会ったエリックとミシェルが良い感じになって……その関係だったりやり取りが、前世の私の好みにとてつもなく刺さっていた。


 特に、第2巻書籍化記念の書き下ろし番外編。

 メインカップルじゃないのか、という疑問もあったけれど、ヒロインのクリスティーナ王太子妃以外にはローレンス王太子にさえツンツンな態度のミシェルが、王太子夫妻に振り回されて疲れている様子のエリックにそっとお茶を差し入れして、その時のやり取りが、もうっ! すっごく微笑ましいしキュンキュンするしで!!

 ……こほん。まあつまり、すっかりその時に沼にハマって、抜け出せなくなってしまった。



 そしてその勇者が、他でもないこの前産まれたばかりの私の息子なのだ。


 息子の名前や髪色と、勇者の名前や髪色。私が住む国の名前と小説で主な舞台になっている国の名前、それから魔族の統べる隣国、魔国ユーフォレアとの関係性。

 それら全てが記憶にある小説の設定と一致している。


 エリックという名前も私譲りの赤毛も、この国ではそこまで珍しいものでは無い。

 でも、エリックが受け継いだオレンジ色の瞳は、ユーフォレアとは別の、人間が多く暮らしている隣国、更にその国の一部の地域でしか見られない瞳の色なのだ。

 私の夫は閉鎖的なその地域の中で、外部の世界に強く惹かれた特殊な人だったらしい。成人と同時にあちこち旅を始めて私と出会い、その出会いをきっかけにこの国に骨を埋める覚悟を決めたのだという。




 前世の記憶に関しては物語を読んでいるような感覚で、人格は前世のものではなく、リリアンとしてのものが非常に強く出ている。前世で推しだったエリックとミシェルのカップリングは今の私にとっても好ましいもので、その好感情は引き継ぎに成功していると言えるだろう。あまり性格に変化は無く、ただ、魔族と人の混ざり者に対する刷り込みのような偏見は綺麗さっぱりなくなった。


 というか、前世の推しカプをこの目でみたい気持ちが大き過ぎて、偏見とか差別とか無理に決まってる。


 私が率先してエリックへ差別はいけないことだという教育を施して、絶対に「エリミシェ(エリック×ミシェル)」のカップルを成立させなければならない!


 そうして決意を新たに、エリックの潜在意識に『ミシェル』という名前を刷り込みつつ差別厳禁の情操教育を施す方針を固めた。



 が、しかし。

 思わぬ所で尖兵が見つかった。



「いい、エリック。混ざり者の子だからって周りと同じように意地悪しちゃダメよ。どんな子が相手でも、自分がされたら嫌なことはしちゃダメ。分かった?」


「うん、分かった!」


「それから、好きな子ができた時は、とびっきり優しくしてあげなさいね」


「う、うん……」


「あとは……」


「お、お母さん、もういい、もういいよ! もう覚えてるから!」


 約束に遅れちゃう! と逃げるように出かけていくエリック(6歳)。

 ちなみに、エリックが出かける度にこの話をしているのに律儀にここまでは付き合ってくれるから、我が子ながら本当にいい子に育ってくれたと思う。今日も我が子が最高に可愛い。


「ああ、まだミシェルちゃんの話してないのに……」


 信頼している人(ヒロインである王太子妃)以外にはなかなか心を開かない子 (ミシェルちゃん)が相手でも、じっくり向き合ってあげれば向こうも少しずつ近づいて来てくれるから、辛抱強く頑張るんだよ、とか。


「ミシェルって名前も、そろそろ刷り込み始めようかしら。『ミシェルって名前の娘が欲しいわぁ』とか言えばいいかしら」


 何気なく、そう呟いた時だった。


「リリアン、娘が欲しいの? じゃあ今度お義父さんたちにエリックを預けて、久々に2人っきりで過ごそうか。僕もそろそろ、次の子供の事考えてたんだ」


 『ミシェルって名前の娘が欲しいわぁ』の辺りだけ聞いていたらしい、今日仕事が休みの夫が、後ろから私にハグしてきて言った。

 そして、頬にキスが落とされる。


「ふふっ、真っ赤だよリリアン。今日もリリアンは可愛いなぁ」


 耳元に甘い声で囁かれて、夫の色気に腰が……。


「わぁっ、リリアン大丈夫?」


「だっ、大丈夫! 大丈夫だけど、ちょっと、腰が抜けちゃった……」


 自然と上目遣いになってそう言うと、夫の目付きが愛しいものを見るそれから、獲物を狩る捕食者のそれに変わって、


「そっかぁ……じゃあ、僕が運んであげようね。大丈夫、今日の家事は全部僕が代わりにやってあげるから」


 と横抱きにされて、彼の足の向かう先は確実にリビングじゃなくて寝室。

 エリックがお昼ご飯を食べに帰って来るまで散々愛されて、足腰立たなくなっちゃった…………。


 娘の話を不用意に口に出すのはやめにするって決めた瞬間だった。

 1度夫に聞かれた時点で、もう十分に遅かったようだけど。


 翌年エリックの1人目の弟が生まれ、3年後に2人目の弟が生まれた。

 まだ娘は生まれてないよ? と夫は言ったけど、これ以上は経済的な問題もあるし、と説得して開放された。


 夫のことはすごく好きだけど、……ちょっと、愛が、激しすぎる…………。






ーーーーー






「……って感じで、『俺が好きになった娘ならどんな娘でもいいから、恋愛結婚するのよ』みたいな事言いたかった母親の発言を『娘が欲しい』って意味だと勘違いした父親が、まだ幼かった俺全無視で母親にベタベタしてた時期があったらしい。そんなわけだから、俺の両親は混ざり者には別に偏見とか無いよ。

 きっとリズのことが好きだって言っても応援して貰えると思うし、リズが我が家に来ても歓迎されるはず」


「そう、なんだ?」


「うん。

 ……にしても、急にどうしたの? 俺の家族の話が聞きたい、なんて言い出して」


「前に散々私の話してあげたんだし、そのくらい別に良いじゃない。気になっただけ。あんまり理由とか気にしなくていいから」


「……そう? まあ、俺の家族の話なんて、いくらでもしてあげるけど。でも、あんまり面白い話もないよ? 一般的な家族だったし」


「別に面白さを求めてる訳じゃないからいいの」


「そういうもん?」


「そういうもん」


「……なんか、落ち込んでる?」


「なんで? 違うけど」


「なら、いいんだけど……」


「……良い家族だね、エリック」


「……うん」


「……ほら、明日は光るクラゲの群れ見るんだから、もう寝よう。おやすみ」


「おやすみ……」


「…………」


「…………」




「…………そんなに良い家族なのに、どうして私を取るの?」


 答えの出ない問いの輪郭をぼやかすように、夜はとっぷり更けていった。




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