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ずっと、今日こそはと思っていた。
でも最後の一歩が今日も出せなかった。
そんな自分にイラついて、それを目ざとく見咎められて。
ずっと、そんな負のループから抜け出せずにいた。
そんなある日、私に転機が訪れたらしい。
とびきり悪い意味で。
「王命だ。そこの娘をこちらに引き渡せ」
いつものように、理不尽な理由でシスターにいびられていた時だった。
趣味が悪いくらい煌びやかな鎧を着た騎士様がやって来て、戸惑う私とシスターを無視し、私一人が引きずられるように王城へと連れて行かれた。
移動の馬車の中では、悪い事が起きることを知らせるように嫌な寒気が止まらなかった。
乱暴な騎士様に連れられて王城に入り、無駄に広々とした縦に長い部屋へ通される。
引っ張られていた腕を突き飛ばすようにして離され、転びそうになりながらも先客に倣って跪く。フードはピンで留めていたおかげて脱げずに済んで、その事にこっそり安堵した。
チラッと横目で見た限り、先客の少年も私と同じ被害者らしい。
兜が外されて見えている横顔がいっそ病的なまでに青白い。
震える手は、新品同然の鎧に覆われてカタカタと音を立てている。急ごしらえで着慣れていないのか、緊張している少年の様子が原因なのかは分からないが、鎧に着られているような印象を受けた。
少年の目の前に置かれた煌びやかな剣と、彼が身につけている鎧だけが、この悪趣味な城にマッチしていた。
「大義ある勇者の一行に、教会を代表してよくぞ名乗り出てくれた」
跪いて俯いた私に、国王陛下らしき人物の声がかかる。
どうやら私は、教会に国へ売られてしまったらしい。
他の子供は15歳で自立させられるというのに、私はもうすぐ17歳でも教会の孤児院から出してもらえず、極端なまでに多い魔力量を良いように使われていた。私自身が望んだ訳でもないのに、
「ここから出たら生きていけない貴女を、心優しい神父様はここに置いて良いと言ってくださっているのです。深く感謝して、誠心誠意教会に尽くしなさい」
なんて言われて、過労死寸前まで酷使されていた。
最近、疲労が溜まるあまり失敗が目立つようになってきたのが引き金となったのか、とうとう体良く追い出されるようだ。
教会からの解放は喜ばしくても、その理由を思うと清々しさより悔しさや惨めさが勝る。
酷使される日々からの解放には違いなくても、しがらみから逃げられたわけじゃない上に、意趣返しのようなものが一切出来なかった事もこの感情の理由の一つだろう。
とりあえず、偉い人から声をかけられた時にするべき事としてより頭を深く下げてみると、国王陛下は満足そうな雰囲気を纏った。そのまま、流れるように隣の少年へと話の矛先が向けられる。
「して、お前が聖剣を抜いたという勇者だな。
聖剣が抜けたということは、この世に倒すべき悪が存在しているということ。勇者には一刻も早く世界に平和を齎していただくべきであろう。
しかし、平和そのものである我が国には聖剣を振るう理由が無い。
……小耳に挟んだ話だが、最近は魔族の統べる隣国が何やら騒がしいそうだ。倒すべき悪が居るとしたら隣国、魔国ユーフォレアであろう。支度金を用意するゆえ早速様子を見てくるがいい。
向こうでは何が必要とされるかも分からぬ。多少時間がかかっても構わんから、道中で十分に備えておくように」
「……ぎょ、御意!」
頼りなく見えた割にはすっかり声変わりが済んでいる声が隣から聞こえた。
多少震えていたが、騎士らしさを感じる声量に私は驚いた。
……大丈夫、これは私が怒鳴られたわけじゃない。お叱りじゃない。だから、大丈夫。
謁見にあたって、顔を隠すのは不敬だ、とか言われてローブが剥ぎ取られなくて本当に良かった。こうして動揺を隠せるから。
「うむ。
……騎士よ、勇者殿の出立だ」
「はっ!」
キビキビとした動きで、脇に控えていた騎士様が私たちを連行する。やはりその手つきはとても雑で、敬意なんてものが微塵も感じられなかった。
そして城下町まで来ると、また突き飛ばすようにして掴まれた腕が離される。
「陛下は隣国を傘下に置かんと動かれている。貴様等はその足がかりを作るのだ。大変名誉な事であるから、心して臨むように」
地面に倒れ込んだ痛みに顔をしかめる私たちを気にすることなく、騎士様はその言葉と共に国境の通行手形を2つと、小さな金属音を鳴らす、『支度金』が入っているだろう小ぶりな布袋をこちらへ投げ渡して、城の中へと戻って行った。
騎士様が城門の内側に見えなくなってから黙って立ち上がり、2人分の通行手形と小ぶりで軽い布袋を拾う。
……袋の中身は、ただの金貨が5枚だけ。ざっと、宿を食事付きで2部屋、10日間借りただけで無くなるような額だ。
この王都から隣国までの旅路は、寄り道しないことを前提に平均して2ヶ月。常に馬車が使える貴族で1ヶ月。私と一緒に尻もちをついて今立ち上がったばかりの『勇者殿』とやらをダンジョンで鍛えながら進むとなると、どれだけ急いでも6ヶ月。旅費としては足りるはずがない。
もっと言うと、きっともう帰れない孤児院の自室に私の旅装だとかを全部置いたままにしてあるので、旅に必要なものを2人分揃えるにしても金貨5枚じゃ心許ない。ぶっちゃけ足りない。護衛を雇う商人とは違う、戦闘を想定しての旅装だから、装飾でしかないギラついた鎧の代わりに実用的なものを買わないといけないし、その4倍は要る。
十分な旅費になるようなものも食料も装備も一切与えず、国境の出入りを許可する通行手形だけで放り出すなんて。
魔族が暮らす隣国、ユーフォレアとは大きな山脈で隔てられていて、手紙を飛ばす魔法で様々な行事があるごとに礼儀ばかりの祝辞が行き交う程度の交流しかない。貿易がまともに無く、せいぜいが個人規模の行商でやり取りが辛うじてあるだけ。
その行商に使われる道は使用料の他に商業ギルドの証書が必須。そしてその商業ギルドで証書を発行してもらうには商業ギルドで1年以上の活動実績が必要。
つまり、ただの旅人の私たちに使えるのは魔物避けもされていない獣道。
国境が近くなるほどに遭遇する魔物は強くなるし、人族よりも数は少ないが長い寿命と高い戦闘能力や魔力を持つ魔族に、私と聖剣に持たれているような若い男1人だけで挑ませようなんて、冗談もいいところだ。
そもそも、我が国はユーフォレアを蛇蝎のごとく嫌っている。いや、代々のこの国の王に魔族を嫌う傾向があって、今代の王は特に魔族の国であるユーフォレアを嫌っているから、山脈ひとつ挟んだだけで貿易ひとつ無いほどに仲が悪くなってしまっている。
それを踏まえると、この国の王が「隣国が〜」と言って私達にユーフォレアを引っ掻き回させようとしているだけで、ユーフォレアでは何も勇者が必要な騒動は起きていないように思う。それどころか、ユーフォレアに因縁をつけて戦争を始めようとしている王の方がよっぽど『倒すべき悪』だ。
本来なら全種族の平等を謳っている女神が、たまたま大昔の魔族の国に現れた頭のイカれた奴を倒すために寄越したのが聖剣で、その聖剣をたまたま与えられた才能のある人族が勇者と呼ばれた、というのが、広く伝わっている聖剣とその主たる勇者の起源なのだから。
「……はぁ」
どいつもこいつも、権力だけで人が真剣に動くと思ったら大間違いだ。
お貴族様にとってはただの書類上の数字同然かそれ以下な私にも、きちんとした意思ってものがある。前金さえ満足に払わず、報酬も提示しないような頼み方では、愛国心や忠誠心を持ち合わせていない私に何をさせることも出来ない。
……残念ながらそれは、良い意味でもそうだった。あんな扱いをされても、今まで虐げてきた奴らに同じ思いをさせる、といった犯罪行為に手を染めようとは、私は思っていない。最低でも国から逃げ出せたなら、それだけで良かった。
私の持つ通行手形や金貨の袋を、両手で聖剣らしい豪奢な剣を抱えた勇者がしげしげと覗き込む。
奇妙なまでの落ち着きに少し不安を抱いたが、私が気にする事じゃないと思い直す。
パンパンと服の汚れを払い、私から差し出した通行手形1つと金貨の袋を受け取った勇者を放置して、私はとっととこの場から立ち去ろうと足を動かした。
しかし、その歩みは両手の数を越えずに、「えっえっえっ!」と驚いた様子の勇者によって止まることを余儀なくされた。
「……離してよ」
シスターが相手なら、確実に「生意気な!」と怒鳴られて折檻されたであろう態度を私に取られた勇者は、
「いや、ちょっと待ってくださいよ! 俺らは王命を受けたんですから、従わないとまずいですって!!」
と、どこまでも今後が不安になる表情と声色でもって、私を引き留めた。
「……」
「……」
数秒間、場に静寂が訪れる。
拘束を解こうと腕に力を込めると、それを察知した勇者は、掴んだ私の腕を締め付けるように同じく力を込める。
涙目の本人は至って真面目なんだろうが、言葉より先に行動で済ませるあたりは子供の駄々と同レベルだし、そろそろ王城から騎士に連れ出される形で出てきた私たちへの周囲の目がキツくなってきた。それに何より、鎧が腕に食い込んで痛い。
「………はぁ」
本日何度目かのため息で不満を押し流し、
「分かった、従えばいいんでしょ?」
と、了承の意を示した。
途端、嬉しそうな笑顔になる勇者。なんともそれが憎たらしく、再びため息が漏れた。
ため息で幸福が逃げていく、と言うのはきっと事実だ。今の私は多分世界で一番不幸な気がするから。
まあ、どちらにしろ嫌な思い出ばかりのこの国から出られることに変わりは無い。それに、聖剣を持った勇者と共に国境まで行った方が、目深にフードを被った女の一人旅よりスムーズに出国の手続きを終えられるはずだと思えば、多少の妥協と諦めはついた。
「ありがとうございます。そうして貰えると助かります。
……ちなみに、名前と年齢を聞いても?」
ほっとしたような笑みを浮かべる勇者。どうしてか、その笑顔で笑いかけられるのが妙に気に食わない。
「私はリズ。歳は17。敬語は使わなくていい。……貴方の名前は?」
「敬語苦手だからそう言ってくれて嬉しいよ。俺はエリックって言うんだ。リズの一個下で16歳。元は聖剣の警備をしてたんだけど、同僚に唆されて冗談半分で聖剣触ってみたら抜けちゃって、この通り。
早速なんだけど、リズってこの国の地理に詳しかったりする? 隣国への最短ルートとかさ。俺、あんまり王都の周辺から離れたことないんだよね」
照れ笑いしながら頬を掻く勇者こと、エリック。能天気すぎる態度と面構えが、やっぱりちょっとムカつく。
「一応、教会の要請であちこち行ってたから、多少は。
……どうせなら、旅に必要なものとか買いながら話さない? もうお昼過ぎだし今日中に出発はできないけど、明日の朝には王都から出たい」
「あ、それもそうだね。
じゃあ、何を買うのかと、買う為のお金をどうするか話し合いながら行こうか。騎士になってから日が浅いし、今まで鍛錬ばかりしてたから、その金貨5枚じゃ旅支度に足りないのは分かるけど、全額負担できるほどの蓄えがないんだよね、情けないことに」
両親に頼りたくても、実家はユーフォレアから反対側に行った街だし……と、これまた申し訳なさそうに笑って歩き始めるエリック。
「あっ!」
しかし、数歩で振り返って私の目の前まで来る。
突然の奇行に驚いていると、
「……すっかり忘れるところだったんだけど、リズって目隠ししてるから、前見えてないよね? 手を繋いだ方がいい、のかな?」
と、こちらを労わるように見てくる。
私自身すっかり説明を忘れていたけれど、諸事情によるこの目隠しがあっても、進行方向の障害物の有無くらいは分かる。この、無駄に多い魔力のおかげで。
「大丈夫。そのための魔法も使ってるし、これでも教会の中で一番の魔力量とコントロールを売りにして生きてきたんだから、視覚を補うくらい余裕なの」
説明しても不安そうに見てくるエリックに、彼の身につけている鎧の装飾や聖剣の装飾、周りにいる人の数や特徴を言い当ててみせる。
「……凄いな」
「でしょう?」
エリックの目を丸くして驚く様は、見ていて悪い気はしない。ヘラヘラしてるより、今の顔の方がよっぽどマシだ。
そんなこんなで視覚に問題が無いと証明できたわけだから、手は繋がずに2人並んで歩き始めた。
サジュレスがユーフォレアに攻め入った時、ユーフォレアで人助けして名声高めてた勇者が「俺サジュレス側につきます!」ってしたら寝返る奴が増えてスムーズに国盗り出来んじゃね? と、王様は考えております。
そんな上手くいかんと思うよ。




