第117話 とある貴族の令嬢(2)
伯爵令嬢レイダ・ブラッドが決意を固めた頃、この女性も自室で悩んでいた。
「はぁ~……どうしよう……」
ため息を吐くのは、青い髪をセミロングにした黒眼の貴族令嬢。顔つきは穏やかで優しげに見え、性格もおっとりしていて和やかな雰囲気を表している。彼女の名はアギア・ファング。グロン・ギンベスの元婚約者だった伯爵令嬢だ。
「婚約者、いや元婚約者が学園からいなくなったのはいいけど……周りから浮いちゃったし……」
アギアの元婚約者だったグロン・ギンベスは最低な男だった。いつもアギアのことを見下しているくせに宿題や課題をアギアに押し付けたり、婚約者がいるのに他の女に執心したり、とても騎士団長の息子とは思えない非常識な男。それがアギアから見たグロン・ギンベスという男だったのだ。
正直、アギアは嬉しく思っていた。グロン・ギンベスが学園からいなくなったことで、彼のことをもう二度と目にしなくて済むのだから。
「あの男のせいで私は当分一人ぼっち……嫌だけど、私に好き好んで近づく人なんて……」
アギアは、あのグロン・ギンベスの婚約者だったというだけでクラスから孤立。成績上位にいるのに遠目から憐れまれたり同情の視線に晒されていた。中には、元婚約者が犯罪者ということで見下すものまで現れるしまつ。アギアとしては、学園は辛い場所となったのだ。
「……誰か、私と話してくれるような……気持ちを理解してくれるような人はいないのかな? 卒業するまでこんなのは流石に嫌よ……」
このままでは友人はおろか婚約者も決まらない。寂しい学園生活を送るしかないのだろうかと思っていたが、アギアは自分と似た境遇の令嬢が二人いることに気がついた。
「……そうだわ、あの二人なら……でも、言うのも何だけど性格にちょっと難があるけど……声くらいかけてみようかな?」
アギアは、控えめに決意……に近いものを固めた。
◇
「ん?」
夕食を前に、ミロアは背中からゾクッと寒気を感じた。
(な、何? 何なの? これって胸騒ぎってやつ? 絶対に何かの気のせいじゃないわ)
「お嬢様? いかがなさいました?」
「お姉様?」
「いえ、何でもないわ……」
エイルとスマーシュに笑顔で何でもないと言うが、本心ではそんなふうに思ってなどいなかった。
(こういうのを『悪い予感』っていうのかしら? もしくは私にヤバい執着を抱く者がいて私がそれを感じ取ってしまったとか……?)
ヤバい執着、それだけでミロアは一人の男を思い浮かべる。それはガンマの元側近の男。
(……本当にヤバい男に好かれてしまったものね)
顔には出さないが心の中で嫌気が差したミロア。実際、ミロアの予想は間違っていなかった。
◇
「ふふふ、もうすぐだ。もうすぐ、ミロア様のお顔をこの目で拝むことができる……ははははははっ!」
とある侯爵令息が、国で唯一の公爵令嬢に歪んだ思いを馳せていた。ミロアの寒気は気の所為ではない。




