第116話 とある貴族の令嬢
ミロアとオルフェの婚約が確定した頃、とある貴族の令嬢が自室で怒り狂っていた。
「何なのよ、あのローイ・ミュドとか言う名ばかりの侯爵令息は! よくもあそこまで気持ちの悪いことを口にできるものだわね!」
橙色の長い髪を一本結びにし、切れ長の赤い目に整った顔立ちのこの令嬢の名はレイダ・ブラッド。マーク・アモウの元婚約者だ。この二人のことは、公には穏便に婚約解消となってはいたがレイダは不本意だった。
「あのミロア・レトスノムに好意を抱いているなんて異常だわ……やはり無能王子の周りにはろくでもない男しか集まらないということね! この私を振ったあの男のように!」
由緒正しきブラッド伯爵家の令嬢。トップクラスの成績。美貌。それらを自覚し誇るレイダにとっては、自分を蔑ろにして裏切って切り捨てたマーク・アモウはとてつもなく許しがたく憎むべき存在になった。
「あの男を見返して仕返ししてやるためにも、伯爵以上の令息を……そう思っていたのに! やはり名ばかりの侯爵の男なんて……でも、他にどうしたら!」
プライドが高いレイダは、マーク・アモウの裏切りを許すことができす、どんなことをしてでも復讐をしてやりたいという気持ちに支配されてしまった。そのために伯爵以上の令息との婚約を急いでいたのだが、それはことごとく上手くいかなかった。
「どうしたらいいのよ! どうして誰も私を求めないのよ!? 由緒正しき名門ブラッド家の令嬢であるこの私をどいつもこいつも蔑ろにして!」
ほとんどの男がレイダに近づこうとしない。もしくは、遠ざかるばかり。レイダから婚約の打診をされても見下して相手にしないか、引きつった顔で丁寧に断るのだ。
「くっ、それもこれも、あの男爵令嬢のせいで……!」
とある男爵令嬢が原因だと忌々しげに口にするが、思いのほか間違いでもない。マーク・アモウや第一王子ガンマが執心した男爵令嬢と比べられたレイダのような女性たちは『婚約者に振り向かれない哀れな女』と陰口を言われていたため、それを知る者からは敬遠されてしまっているのだ。
ただ、それ以上にレイダの人を寄せ付けない雰囲気や彼女自身の気性の荒い性格に要因があるのだが。
「マークがあんな馬鹿な女に執心したせいで……! どうして私まで、こんな!」
婚約者に捨てられ、自分と同じかそれ以上の誰かを婚約者にできない。そんな自分が惨めに思わざるを得ないレイダは、唇をかみしめて、血が滲むほど拳を握って……涙した。
「うっ、うっ、うう……どうして、どうしてよぉ……」
プライドはズタズタにされた。自身の性格が災いして頼れる味方もいない。実の父すら味方とも思えない。家のために婚約解消にするのは理解できても感情は許せないのだ。
「……婚約者はもういい……こうなったら別の方法で……復讐を……!」
それでもレイダは屈辱を晴らさずにはいられなかった。彼女の思考は婚約者――男に頼らないという考えに至ったのだ。
「私と似たような境遇の女……そうだ、あの女なら……!」
そして、とある女性の姿が浮かんだ。




