第109.2話 ヤバい男
(侯爵令息視点)
俺はうんざりしていた。それはローイ・ミュド侯爵令息のことだった。あの男は一見真面目で紳士らしい男に見えるのだが、本性はミロアに歪んだ愛情を持った危険人物だったのだ。
「ミロア様は僕の、僕らの輝ける月なのです」
特にあれは酷かった。まさか、放課後に教室に忘れ物を取りに行った時にあんなことを聞くなんて……。
◇
「……残念ですが、貴女との婚約はできません」
「そんな……! 何故です! 我がブラッド家は建国以来続く由緒正しい家柄……貴方のような名ばかりの侯爵家からしてみれば手が出るほど望ましい血筋のはず……!」
教室には二人の男女がいた。男の方はローイ・ミュド。女の方はブラッド伯爵令嬢のようだ。確か彼女はマーク・アモウの元婚約者だったはず……。
「僕には恋がれる人がいるんです。彼女の姿を目に焼き付け脳裏に焼き付けた僕が、赤の他人の貴女と婚約などできるはずがないでしょう」
「それは……レトスノム公爵令嬢のことでしょう!? あの女がそうやすやすとあの無能王子のことを忘れるはずがないでしょうが! あの馬鹿王子の側近だったくせにそんなこともわからないの!?」
恋がれる人……ミロアのことだな。よくもまあ、あんなに恍惚とした顔でそんなことを口にできるものだ。愛があるのは分かるが、奴の愛情は粘性があって歪んでいるのが分かる。この時に俺は、もっと早くあの男の危険性に気づいて置けばよかったと後悔したものだ。
だが、俺にとって本当に不味いと思ったのはここからだった。
「貴女がどう思うが関係ありません。それに、僕は近いうちにミロア様に婚約を申し込むつもりなのです」
はあっ!? 何だって!?
「はあっ!? なんですって!? あんな巫山戯た女に婚約の申込み!? そんな馬鹿なことを本気で言っているのっ!?」
本気かアイツ!? 誰に婚約を申し込むって!?
「本気に決まっているでしょう? ミロア様は美しい赤い月のようなお方。あの真紅の長く美しい髪、整った顔から溢れる激しい感情、それを引き立てるような派手な服装と化粧のセンス。嗚呼、完璧な女性だ……!」
「「っ!?」」
や、ヤバい、ヤバいぞアイツ……! ローイ・ミュドは『あの頃』のミロアのことを好きだというのか!? 俺でさえ引いてしまった恋に盲目なミロアが好みだっていうのか!? 今のミロアのほうがずっといいのに!
「こ、この話はなかったことに……そもそも、こんな気持ちの悪い男は願い下げだわ!」
令嬢は教室を出ていった。運良くも俺が聞き耳を立てている方とは逆側のドアから出ていったから気づかれずに済んだ。そして、俺もすぐにその場から離れた。あのヤバい男の本性を一刻も早くミロアに伝えるために。




