第106話 側近の元婚約者
「お嬢様は彼女たちのことを存じては、」
「いないわ。詳しく聞かせてくれるかしら?」
「分かりました。では――」
エイルの口から、グロン・ギンベスとマーク・アモウの元婚約者の詳細が語られる。
グロン・ギンベスの元婚約者はアギア・ファングという伯爵令嬢だ。近年、伯爵に昇格したばかりのファング家の次女であり、青い髪をセミロングにした黒眼の令嬢だ。ミロアやミーヤと比べても見た目は悪くないといえるくらいの女性で、穏やかで優しそうな顔つきだ。内気な性格で、おっとりしていて和やかなタイプ。
マーク・アモウの元婚約者はレイダ・ブラッドという由緒正しきブラッド伯爵家の令嬢だ。橙色の長い髪を一本結びにし、切れ長の赤い目に整った顔立ちはミロアと似通っている美人。由緒正しい家柄の育ちのためかプライドが高く、中々人を寄せ付けない雰囲気を見せているタイプだ。
「――どちらも王太子の側近になる以前から婚約が決まっていました。お二人共成績優秀で性格にも際立った問題はなかったのですが、とあるきっかけで穏便に婚約を解消しています。その原因は勿論ミーヤ・ウォーム男爵令嬢ですね」
「……婚約者の男が格下の男爵令嬢に入れ込んでいるのなら、呆れて見限るわよね……」
伯爵令嬢の婚約者が男爵令嬢に執心していると聞けば外聞が悪い。女としても貴族としても非情にプライドが傷つけられることだろう。いくら王太子の側近だとしても、そんな男たちならば願い下げと言ったところというわけだ。
(私もすぐに見限れれば……いや、そうでもないか)
自分もすぐに見限れれば良かったかなと思いそうになるミロアだった。だが、そうはならなかったことで前世の記憶を思い出して家族と和解したり家臣たちと仲良くなったりといいことがたくさんあったので、むしろすぐに見限らなくて良かったということにした。
「いいえお嬢様。彼らは元から婚約者として良好な関係ではなかったようですよ」
「え? そうなの?」
「彼らの婚約は政略的な目的のほうが大きいものだったのです。お嬢様はご存知……ないのですね。ガンマ殿下の側近の二人が婚約者とあまり良い関係ではないことは、入学当初から噂されていたのですが……」
「……ここでも黒歴史が……本当にあの頃の私はどうかしていたというか頭がおかしかったわ……」
「お嬢様、」
「下手な慰めは無用よエイル。事実は何を言っても変えられないのだから」
要するに、ガンマにばかり執心して彼のことしか見ようとしなかったミロアには、その側近すら視界に入っていなかったわけだ。側近の事情など知るはずもないだろう。




