第1話 走馬灯
―――もう俺に付きまとうな! 俺はお前なんか愛さない!
それが彼女が自分の婚約者に突き付けられた言葉だった。おまけに、その叫び声と共に突き飛ばされたのだ。その後、どうやって屋敷に戻ったのかも覚えていない。
「なんでよ……ガンマ様……」
自分の部屋で、うずくまり涙する令嬢が一人。血のように赤い髪を腰まで長く伸ばし、切れ長の黒目、整った顔立ちの彼女の名は、『ミロア・レトスノム』。公爵令嬢であり、政略結婚ではあったが婚約者を妄信的に愛してきたのだ。
「ガンマ様ガンマ様ガンマ様ガンマ様ガンマ様ガンマ様ガンマ様ガンマ様ガンマ様ガンマ様」
彼女が機械のように呟いているのは婚約者の名前。そして、自分の愛を要らないと言った男の名前でもある。ドープアント王国の王太子『ガンマ・ドープアント』。彼はミロアを愛さなかった。
「なんでよガンマ様どうしてガンマ様愛するガンマ様愛してよガンマ様私を見てガンマ様」
時折、ただならぬ雰囲気を見せて帰ってきたミロアを心配した使用人がドアの外から声を掛けたりしていたのだが、愛する男の名を呟き続ける彼女の耳には一切入ってこなかった。
「どうしてあの女なのガンマ様どうしてあの女なのガンマ様どうしてあの女なのガンマ様……どうして!」
やがて声が大きくなっていき、即座に立ち上がった。そして、窓に目をやると……
「ガンマ様に愛されないなら、私に生きる意味なんかないわ!」
窓を開けて飛び降りた。
「ああああああああああああああああああああああああああ」
叫びながら、地に落ちていく。その過程で走馬灯を彼女は見た。生まれてきた時から今日にいたるまで見て聞いて感じたこと思い出を。数少ない友人や愛してくれる家族や使用人の者達のことも。
(……ああ、私の人生は短かったな)
そして、最後には政略結婚で決まった婚約者をずっと愛し続けてきたことを。
(……私は、貴方に愛されたかったのにな……)
最後まで婚約者のことを想って目を瞑る。
しかし、彼女の走馬灯はまだ終わっていなかった。
「え?」
落ちていく彼女の脳裏には、全く別人の過去が見え始めたのだ。しかも、明らかに他国の人の記憶、見るからに文化も文明も違うようにしか見えないのだ。
(これって走馬灯じゃないの? どういう
そこで、彼女の意識は途絶えた。死ぬか死なないかの瀬戸際で。