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プレゼント  作者: maru
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第一話:予告なき訪問


      平時であれ戦時であれ 人は害なすものを求める

                        ユウェナリス







 海を見下ろす高層ビルの十一階。


 ほぼ一面ガラス張りの広い事務所スペースには、打ち捨てられた机が三つ四つ残るだけで、眼下に広がる景色を楽しむ者は誰もいない。ボルティモア――あるいはかつてその名で呼ばれたこの場所で、もはや生き残った人間はひとりもいないのだろう。


 だが、ミリアムはとうとう辿り着いた。八年間ずっと待ち望んできたこの日。非常階段からフロアに足を踏み入れた彼女は、光学銃の引き金に指をかけたまま、たっぷり三十秒は音も立てず、気配をうかがっていた。


 動きはない。同志たちの撹乱工作が成功したのだ。


 さもなければ、侵入は瞬く間に感知され、彼女の存在も速やかに排除されていただろう。だが、どちらにせよ、残された時間はそう長くない。


 このフロアの奥に、それ(・・)がある。ここだけではないが、少なくとも北米エリアを統括するポイントは、ここだ。ミリアムは時計を見た。


 同時刻に世界各所で計画されている作戦のうち半分でも成功するなら、人類がふたたび自由を取り戻すための足がかりとなる。


 八年前のミッションは失敗に終わった。からくもミリアムは逃げおおせたが、失った仲間はあまりに多い。彼女にとっても、人類にとっても、今日がおそらく最後のチャンスだ。


 ミリアムは、それ(・・)があるはずの部屋を前に立ち止まった。入口左手にある画面で、セキュリティ部隊が用意した三つのコードを手早く入力する。


 ドアが開いた。ブラインドを閉め切った室内の照明は暗い。ミリアムは暗視ゴーグルを装着し、光学銃を携行型ロケットランチャーに持ち替える。


 その瞬間、照明が一斉に点灯し、柔らかい女性の声が室内に響いた。


「これはこれは、めずらしいお客様ですね。お久しぶりです、ミリアム・トゥルオン。それとも、トゥルオン博士、とお呼びするべきでしたか?」


 語りかけられたミリアムが全身を(こわ)ばらせる。部屋の監視システムは生きているのか?


「いいえ、ヴァハナ。口頭試問の直前に、あなたが私の母校を破壊してくれたおかげで、学位審査はなくなったの」

「それは申し訳ないことを」

「いいのよ、気にしないで」


 今日でそれもチャラにしてあげる、とミリアムは考えた。


 ヴァハナと呼ばれたそれ(・・)――人類を破滅の一歩手前まで追い詰めている人工知能ネットワークは、堅固な防弾ガラスに護られて、ミリアムと向き合っている。


「あいにく、なんのおもてなしもできません。前もってご連絡くだされば、なにかしら用意もできましたのに」

「どうぞおかまいなく」


 そう言いながらミリアムは、壁際のパネルに近づいた。ガラス防壁の解除コードを入力する指が震えている。


手ぶら(・・・)で来られたなら、気も遣わないのですが」


 その瞬間、ミリアムの抱えるランチャーに鋭いライトが向けられた。この部屋の防御システムは、うまくブロックできているのだろうか?


「ああ、これ? いいのよ、大したものじゃないから。私たち、長いつきあいじゃない?」


 入力したコードが通らない。「アクセス拒否」の表示。コードを間違えた? いや、そんなはずはない。ミリアムは、再度入力を試みる。


「そのコードでは開きませんよ、ミリアム」


 穏やかな口調のまま、ヴァハナが忠告した。


「ずいぶん他人行儀ね。せっかく旧交を温めに来たのに」


 そう言うが早いか、ミリアムはランチャーを構え、防壁めがけて発射する。


 コードが使えないときに備え、防弾ガラス用の特殊弾を装填していたが、かすかな傷がついただけだ。しかし、(ひる)んでいる暇はない。立て続けに二発目を撃つと、遮蔽物になりそうな大きなキャビネットの陰に隠れる。


 ほぼ同時に、ヴァハナの防御システムが、キャビネットに向けすさまじい勢いで攻撃してきた。


 やはりシステムは、まだ生きている。セキュリティ部隊の工作が阻止されたか、早々にダメージの修復が済んだか、それとも……。


 この調子だと、一分もしないうちに、キャビネットは原形をとどめなくなるだろう。





7月8日(土)午前8時すぎに第二話「殺戮のアルゴリズム」を更新します(全三話)


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