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雪桜の華冠  作者: null
二部 五章 残り火の元へ

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残り火の元へ.3

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


応援よろしくお願いします!

 ヴェルデ領から、東堂が率いるリアズール領エンバーズに至る帰路は、想像していた以上にハードなものだった。


 ルーナたちもいるので山林を通る必要はあったから、魔物やならず者に何度か襲われた。だが、それはたいした問題じゃなかった。


 ルーナは言わずもがな、着実に実践経験を積んだ桜倉や、魔力が戻り、体に慣れ始めていた雪希によって、戦力は十分に強化されていた。それから、エルフらしく弓術の冴えるアネモスの追加も大きい。飛ぶ敵は彼女に任せられたからだ。


 では、何がハードだったかというと…。


「…ねぇ…」


 アネモスが気力の萎え切った声を発する。


 まただ、と察した桜倉は、彼女が言葉を紡ぐより速く苦言を呈した。


「『まだ歩くのぉ?』とか、『いつになったら着くのよぅ』、以外で頼むよ、アネモス」

「ちょっと!今の、私の真似!?全然似てないんだけどぉ!」


 アネモスは目尻を吊り上げたのだが、ややあって、また疲弊した顔つきに戻るとため息を吐いて黙り込んでしまった。


 これだ、これなのだ。思いのほかアネモスは箱入り娘だったらしく、ちょっとした距離を歩いただけで弱音を吐いた。


(森で暮らすエルフなのに、これはどうなんだろう…)


 初めは冷淡なルーナと無関心な雪希に代わって気を遣っていた桜倉だったが、段々と彼女自身、イライラし始めて、淡白なやり取りをするようになってしまっていた。


 地図によると現在地は、リアズール領とヴェルデ領の境辺り。もう二、三日も歩けば目的地へと到着できるだろう。


 ただし、その事実はアネモスにとって何の慰めにもならないのは分かりきっている。


 相手をしてもらえないと悟ったアネモスは、それから十分くらいは黙って歩き続けていた。しかし、また限界が来たらしく、うだうだと弱音を口にし始める。


「あぁ、もぉー…ねぇ、休憩しなぁい?足が棒なんだけどぉ」

「あー…もうちょっと歩いたらね」と適当に桜倉が返せば、「それ、さっきも聞いたわ!」とヒステリックにアネモスが叫ぶ。


「…それだけ叫ぶ元気があるのなら、黙って歩いたらどうですか…体力の無駄ですよ…」


 そう言ってアネモスを追い越したのは、生きも絶え絶えな雪希だ。


 彼女だって数ヶ月前まで引きこもっていたのだから、体力は人並みもないだろうに…精神力――いや、根性だけでなんとか足並みを合わせているようだった。


「雪希、大丈夫?」


 慌てて隣に並んで問いかける。気まずさは薄れつつあるが、横目でこちらを見やった雪希にはまだ思うところがある様子だ。


「ええ…ありがとうございます、桜倉」


 すっと、瞳を逸らされる。情けのないことを言ったし、八つ当たり紛いのこともしたから怒っているのだろう。


 どうやって謝るべきか、と高い樹木で埋め尽くされた天を見上げていると、後ろから枯れ木を乱暴に踏み折りながらアネモスがやって来た。


「ちょっとぉ!扱いが!扱いが違いすぎるでしょう!?贔屓よ、人間!贔屓!」


 これにはさすがの桜倉も目くじらを立てる。


「贔屓って…アネモスはさっきから文句ばっかりでしょ。顔色が悪くなっても弱音を吐かずに歩き続けてる雪希に優しくしたくなるのは、人として普通のことだと思うけど」

「うっ」

「それに…そんなに優しくしてもらいたいなら、ルーナに頼みなよ。跳ね回るぐらい余裕があるみたいだし、おんぶでもしてもらったら?」


 嫌味を続ければ、アネモスは悔しそうに唇を噛んだ。そのまま10mほど前方で鼻歌を歌っているルーナを睨むと、「獣人!歩くスピードを緩めさないよ!」とヒステリックに呼びかけた。


 雪希は、面倒そうに足を止めたルーナと一悶着始めたアネモスを見て、はぁ、と大きめのため息を吐いた。


「…まだまだ元気ではないですか」

「あはは、そうだね。で、雪希は本当に大丈夫?」

「…なんとか…」


 雪希はぼんやりとした虚ろな目で落ち葉の隙間を見つめている。


(駄目だ…思ってたより限界が来てるみたい)


 繰り返すが、雪希は少し前まで一つの部屋の中で生きていたような人間なのだ。その当時と比べて、今の運動量は何倍になるだろうか…。


「少し…喉が乾きましたね」


 こちらが心配しているのを察したらしく、雪希は無理やり苦笑いの表情を作った。それがどうにもいじらしく見えた桜倉は、太陽のような笑顔を作って告げる。


「そうだね。私もちょっと水浴びしたいかも。――あ、ねぇ、見て。あとちょっと進んだら、小さいけど水場があるみたいだから、そこでちょっと休もうか」

「え、ええ…ですが、私一人のためにパーティーの足並みを乱すのは…」

「雪希一人のためじゃないって!私だって疲れたし、水浴びしたいし…あー、アネモスなんて休みたくて仕方がないらしいし」


 前方を見やれば、まだ二人は揉めていた。


「まさか…本気でおんぶしてくれなんて言ってないよね」

「言わないでしょう。彼女にもプライドがあるでしょうから」

「そうだよね」と笑えば、雪希が弱々しく腕を絡めてきた。


 腕に当たる柔らかい感触に、ドキンと胸が高鳴る。その劣情を懸命に表に出さないようにしたまま、桜倉は雪希を見つめて首を傾げた。


「ど、どうしたの?」

「…私がおんぶして、と言ったら…してくれますか?」


 ちょっと低い位置からの上目遣い。すさまじい破壊力だ。しかも、直前のこともあって、ついつい雪希の胸元を見つめてしまったから、なおのこと心臓の鼓動は速まる。


「え、も、もちろんだよ?うん」


 しまった。妙に声が裏返った。雪希がこちらを見上げる視線も、じっとりとした感じが混ざってしまった。


「…貴方は、なんだかんだ言ってムッツリなので、少し心配です」

「む、ムッツリ――…」


 思わず、絶句した。


 まさか、雪希が自分のことをそんなふうに思っていたなんて…。


『そんなことはない。誤解だよ』


 叶うことなら、そう弁明したかった…のだが、古城での一件もあり、なんとなく罪悪感からそれができなかった。


「うー…あー…ごめん…なさい」

「謝る必要はありません。ただ、他の人にまでそうした視線を向けないでほしいのです」

「…はい」


 そう言えば、ブリザと初めて会ったときだったそうだった。雪希と再会する前ではあったものの、ブリザの艶やかな姿に心を奪われそうになった。


 もしかすると、自分は本当にムッツリなのかもしれない。


 ルーナのことを貞操観念の緩い子だと揶揄することがあるが、これでは同じ穴のムジナとなってしまう。己を戒めなければならない。


 そんなことを考えながら、再び二人のほうへと視線を向ける。


「あのさぁ、いい加減にうだうだうるさいんだけど?黙って足を動かせば、こんな距離、あっという間だってば!」

「なにが『あっという間』よ!体力馬鹿の獣人と一緒の定規で測らないでもらえる!?」

「…はぁ、へたれエルフなんて連れてくるんじゃなかったよぉ」

「はぁ!?もういっぺん言ってみなさい!」

「へたれエルフ」

「このっ…!」


 アネモスは愚かにも、ルーナの背中を思い切り手のひらで叩こうとした。もちろん、彼女はそれを見ることもなく悠然とかわす。


「きゃっ!」


 空振った勢いと疲労のためか、アネモスが前のめりに倒れかける。そうして、あわや地面に激突…というところで、ぐいっ、とルーナがその体を支えた。


 一瞬止まって見えた、二人の時間。なんだか、見てはいけないものを見ているような感覚を覚え、桜倉は生唾を飲んだ。


「――あぁ…もぅ、危ないよ」


 腰と肩を支えられた形になっているので、アネモスの手も自然とルーナの腰とか、脇とかに触れている。ぱっと見たところでは、自分と雪希なんかよりよほど恋人同士みたいだった。


 アネモスはというと、顔を赤らめ、呆気に取られている様子だったが、ややあって、自分の置かれた状況を理解すると、ぐいっ、とルーナを引き剥がそうとしながら高い声を発した。


「ちょ、ちょっと、離れなさい!」

「あのさぁ、ありがとう、とかないの?」

「ないわよ!私は疲れてんの!無駄な体力を使わせないで!」


「どの口が」と雪希が呆れて呟いたから、桜倉もそれに合わせて頷いた、次の瞬間だった。


「あーもう、分かったよ」


 ルーナはそう言うと、ふわり、とアネモスの体を抱きかかえる。俗に言う、お姫様抱っこというやつだった。


「後ろの二人も水場で休みたいって言ってるし…そこまでだからね」


 さすがは獣人。目や鼻が利くだけじゃなく、耳も利くらしい――ではなく、色々と聞かれてしまったようだ。それにしても、なんと気障な振る舞いなのだろう…。


 数秒後、抱きかかえられた状態のアネモスが顔をこちらに向けた。自分が剣から放つことのできる火花などより、ずっと朱に染まった面持ちだった。


 気恥ずかしさと気まずさで雪希共々視線を逸らせば、青々とした森の中にアネモスの怒号が轟いた。


 …どうやら、どれだけ獣人の目や鼻、それに耳がよくても、空気というものは読みようがないらしい。



「だからってさぁ、叩くことないじゃん」


 隣で平たい石に腰掛け、唇を尖らせたルーナが、水内際ではしゃぐアネモスの背中を睨みつけながらそう言った。


 あれから一行は、少し進んだところにある水場へと移動していた。少し、といっても三十分は歩いたのだが、顔を真っ赤にしたアネモスが面白かったおかげで、体感時間はその半分といったところだ。


 さすがに避けようもない距離で平手打ちを放たれたルーナの頬には、まだ紅葉の痕が残っている。まあまあ痛そうだが、笑いしか出ない。


「多少は同情しますが、何も考えずに動く貴方も貴方です」

「ちぇ」


 舌を打ったルーナは、やおら立ち上がると、泳いでくると言って服を脱ぎ始めた。


 水はとても澄んでいて美しいし、魔物の姿もない。比較的浅瀬なので、万が一ということもない――というか、ルーナが溺れるところなど想像できない。


 桜倉はいつものルーナの感じからして、てっきり、全裸になって泳ぎ出すのではないかと思い、慌てて両手で目を覆った。


 しかし、指の隙間から覗いた彼女は、当然というかなんというか、一糸まとわぬ姿ではなく、シャツや下着といった最低限の装いはしていた。


「なんだ…」と心の声が漏れる。安心したのであって、断じて残念がっているわけではない。


 ルーナはそう言った桜倉の顔を見ると、にやりとうっとうしい笑みを浮かべた。


「えー、なになに、期待させてたの?ごめんねぇ」

「ち、違うって、そのへんの貞操観念はきちんとしてるんだな、って思って安心しただけだよ」

「ほんとぉ?」

「本当だって、別に、ルーナの裸なんて…」


 そうはいっても、今の姿でも十分に刺激的だ。


 人間とは筋組織が違う獣人らしく、細やかな肌の下に見えるしなやかな筋肉はまるで彫刻像のように洗練されており、うっすらと残る無数の生傷さえもある種の装飾のように思えた。


 そうして無言のうちにルーナの体に見惚れていた桜倉だったが、ふと、隣から刺すような視線を感じて顔を横に向ける。


「…」


 言葉はない。言葉はないが、ハッキリと瑠璃色の瞳に暗い憤りをみなぎらせた雪希と目が合う。


 つい三十分ほど前に雪希から忠告を受けたところだというのに…。なんとタイミングが悪いのだろう。


 これ以上、雪希を怒らせたくはない。


 そう考えた桜倉は、小さく顎を動かして、ルーナにさっさと泳ぎに行くように命じた。しかし、これもまた彼女は上手く受け取れず、それどころか、フォローのつもりなのか最低の話題を持ち出してくる。


「もう、雪希ってば嫉妬?あんまり粘着質に拘束しちゃうと、桜倉に拒否られるよ?」


 ぴくり、と雪希の端正な横顔が歪む。邪悪な気配だ。今にもルーナを凍り漬けにしてしまいそうな、そんな感じである。


 視線だけで相手を射殺しそうな雪の目つきに、さすがにやばいと思ったのか、ルーナは苦笑いしながら湖へと飛び込んだ。


 ルーナは、水飛沫を跳ね上げながらどこまでもぐんぐんと魚みたいに泳ぎ、アネモスの近くに移動すると、バシャっ、とわざと脅かすように飛び出す。


 狙いどおり、それでアネモスが悲鳴を上げたため、ルーナは嬉しそうにあどけなく笑った。


「…本当、やることは子どもなんだから」


 呆れたふうに桜倉が笑うも、雪希がそれにつられることはなく、むしろ、無感情な顔で、「やること以外は大人でしたか」と呟くものだから、血の気が引いた。


「あ、いや…」


 また怒られるだろうか、と雪希を横目にする。すると、てっきり目くじらを立てていると思っていた彼女の顔は、沈鬱な色に沈んでいた。


「どうかしたの?」


 雪希は答えない。ただ、白く浮かぶ水泡を眺めるばかりだ。


 桜倉も、雪希の視線を追って湖を眺めた。


 遠くから聞こえてくる、ルーナとアネモスの高い声。


 魚の跳ねる音、鳥のハミング、葉のこすれる音…そして、雪希の物憂げな吐息。


「…いつか、ルーナの言う通りになるかもしれませんね」

「なんのこと?」

「嫌われてしまうかもしれない、ということです」

「え、誰に?」


 雪希は水面に映った白い雲を見つめたまま続けた。


「…貴方にですよ、桜倉」

次回の更新は土曜日となっております!

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