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雪桜の華冠  作者: null
二部 五章 残り火の元へ

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残り火の元へ.2

 高らかに告げたアネモスは、唖然としている一同を見渡すと、大変満足そうに鼻を鳴らしてみせた。


「はっ、ほら、こいつら頼りないじゃない?揃いも揃って間抜け面だし。私も同じエンバーズの仲間入りを果たした以上、頼りない同僚の力になってやる義務があると思ったのよ」


 高慢な言葉だが、これは彼女の心の底からのものではないと分かっていた。素直になれないアネモスなりの、里を出ていく口実なのだ。


 だからこそ、雪希やカズーラは短くため息を漏らし、いいのですか、とでも言いたげにオークウッドを見つめていたし、桜倉だって、アネモスとオークウッドの顔を交互に見比べることで忙しかった。


 ただ、一人だけ例外がいるとすれば…。


「ちぇ、あーあ、やっぱりうるさいじゃん」


 盛大な舌打ちと共にそう告げたのはルーナだ。


「あぁ?何よ、犬」

「犬じゃないって、何度言ったら分かるのさ、この野蛮人」

「獣人のあんたに野蛮人呼ばわりされたくないわよ」

「その言葉、獣人全体への批判と受け取るけど、いいよね?」


 カチリ、とルーナが親指で刀の鍔を押し上げて、鯉口を切る。


 さすがによくないと雪希と二人がかりで止めれば、二人は鼻を鳴らして互いに反対方向を向いた。


 どうしてこうも仲が悪いのか…。いくら人種間の問題があるとはいえ、エルフだ獣人だと言って衝突するのは、その実、この二人だけだ。他のエルフたちは獣人であるルーナを表立って揶揄したりしない。


 勘弁してくれよと桜倉が肩を竦めていると、依然として驚きを隠せないままのオークウッドが呟いた。


「アネモス、貴方、それは…」

「あぁ」


 アネモスは母の視線を追い、自分の着ている服や背負っている弓矢に触れた。


「ちょうどいいのがあったから、弓も、服も、借りていくことにしたわ。なかなか上質なやつじゃない。どうして今まで倉庫の奥にしまってたのよ?」


 オークウッドはその問いを受けて、なぜか、困った面持ちになった。そのうち、忘れていただとか適当な言葉を残すと、深いため息と共にアネモスの正面に立った。


「アネモス、貴方は直に族長になるのよ?その役目はどうするの」

「それはお母様が決めたことよ。私が決めたことじゃないわ」

「またそんなことを言って」


 娘のワガママにオークウッドが目元を吊り上げたところ、アネモスのほうも対抗して同じような目つきをした。


「本気でエンバーズの仲間になろうって言うのなら、里の内側にいたってどうしようもない。そうでしょう、だって、こいつらは――」


 アネモスは言葉の途中で桜倉たちを振り返った。雪希の深く暗い瑠璃色の瞳とはまた違うスカイブルーの瞳には、ある種の覚悟が宿っている。


 多分、アネモスは走り出すまではああでもない、こうでもないと迷うタイプだ。行動に移すまでに時間はかかるが、一度エンジンがかかって動き出してしまえば、それが正しいと突貫する…そんな人種なのだろう。頭より先に行動してしまい、その後になって迷い、悩み始める自分とは似て非なるタイプだ。


「世界を変えようっていうのよ。だったら、私たちエルフだって外に出なくちゃ変えられないわ。…もちろん、役目は外にも内にもあるだろうけど」


 アネモスが里のエルフたちを気遣うような発言をしたことが、少しだけ意外だった。


 オークウッドはしばらくの間、アネモスと言葉の応酬を行っていたのだが、やがて、彼女がもはや言っても無駄なくらいの覚悟を決めていることを悟ると、大きいため息を吐いて目をつむった。


「そう…それが貴方の望みなのね…」


 思慮深いオークウッドの眉間には、深い谷のような皺が刻まれている。それを見ているだけでなんだか悪いことをしているような気になるものだが、アネモスはそうではないらしく、自分は間違っていないとでも言いたげに真っ直ぐな目で母を見つめていた。


 この自信の有り様を少しでも分けて欲しいものだ、と桜倉が内心、羨ましく思っていると、ようやくオークウッドが目を開けた。


「…みなさん。この子がこんなことを言っていますが、ご迷惑ではないでしょうか?」


 こちらの返答次第で、アネモスの運命が決まる。


 それを察した桜倉は二人の表情を窺った。


 ルーナはぷいっ、と顔を背けたが反対はせず、雪希はこの間の一件から微妙に気まずいせいか、「私は他人の行く先を決めるようなこと、したくありません」と視線を逸らした。


「つまり、私が決めろってことだね…」


 桜倉は妙に唸りながら、首の後ろをかいた。


(…ま、いっか。決めるのは得意だからね、私。決めるのは、だけど)


 自分への皮肉を心のなかで唱えつつ、アネモスたちを振り返る。


「言っとくけど、駄目って言われてもついて行くわよ」


 予防線を張るアネモスに、「そんなこと言わないよ」と苦笑すれば、彼女は、「え、いいの?」とあべこべな言葉を紡いだ。


 自信家に見えるが、彼女もその実、他人からの評価を人一倍気にして恐れるタイプなのだ。


「よろしいのですか?」

「まあ、私たちとしては、人手は多いほうがいいし…それに、アネモスの弓術は頼りになりますから」


「そ、そうでしょうね!」


 頼りになる、という言葉にアネモスは上機嫌になって鼻息を漏らした。それを見てルーナが嫌味を口にしかけるも、すぐさま雪希に止められて黙り込んだ。


「みなさんも構わないと仰って下さるのであれば、私のほうからこれ以上、止めるような真似はしません。――ですが、アネモス、半端な覚悟であれば絶対に後悔しますよ。これを最後のチャンスと考えて、もう一度だけ熟考なさい」


 やはり、親の顔は厳しいが…自分や雪希の親の厳しさとはまるで種類が違った。そのことに、雪希と揃って羨望の眼差しを向ける。


「熟考ならしたわ。アイボリーの墓の前でね」


 その言葉には、言葉以上の意味があったのだろう。とうとうオークウッドは娘の出立を認め、手元にあった金貨の何枚かを無理やり渡してから、最後にもう一度だけ、娘の頬にキスを落とした。


「気をつけてお行きなさい。死ぬようなこと、絶対に許しませんからね」

「当たり前じゃない。死にかけたら、こいつらを囮にしてでも生き延びるわよ」


 酷い冗談だったが、しばらくは聞けないと思ったのか、オークウッドも優しい微笑みと共にアネモスの額を軽く叩いた。



 やがて、エルフの里を出る瞬間が来た。アネモスは、生まれて初めて里の外に出ることとなる。


「それではみなさん、改めて…お元気で。アネモスを頼みます」


 オークウッドの見送りの言葉に、各々が言葉を返す。


 雪希だったら、「承知致しました。お体に気をつけて」と真面目な感じで返し、ルーナだったら、「しょうがないですね、美人の頼みですもん」と返す。そしてそれに対してアネモスが、「うわっ、気持ち悪ぅ。人の母親を変な目で見ないでくれる!?」と露出した二の腕をさすりながら答える。


 そして、桜倉は…。


「じゃあ、お世話になりました。――世界が平和になったら、また顔を見せに来ますね」


 なんということのない一言のつもりだった。しかし、それにより、オークウッドもカズーラも、ぽかんと口を開けて硬直してしまった。


 変なことを言ったかな、と桜倉が小首を傾げていると、オークウッドが我に返った様子で微笑み、何か言葉を紡ごうと口を開けた。だが、それは叶わず、口を開けたり、開いたりしているうちに、驚いたことに瞳に涙を浮かべ始めてしまった。


「ど、どうしたんですか」


 心配した桜倉やアネモスがそばに駆け寄ろうとしたが、オークウッドはさっとそれを片手で制し、しばしの無言の後に、こらきれなくなったふうに語り始めた。


「あの人も――フレア様も、そう言ったきり二度と戻っては来なかった…!」

「フレアって…フレア・ヴェルメリオのこと…!?オークウッドさん、お祖父様のこと、何かご存知なんですか?」


 まさかこんなところで敬愛する祖父の名前を聞くことになるとは思ってもみなかった桜倉は、自分の素性がバレることなど気にも留めず、彼女に説明を促す。


「…何十年も昔のことです。あの人が、革命軍に助力してくれと…ちょうど、今の貴方たちのようにエルフの里にお願いに来たことがあるのです」


 それは聞いたことがあった。確か、エルフだけが異種族の中で彼の要請に応えなかったはずだ。


「当時私は、十代も半ばの小娘でした。次期族長の娘として、フレア様と言葉を交わしましたが…それはもう、素晴らしい方でした。優しく、気さくで、でも、とても強い…。革命軍への助力を、そこにいるカズーラ以外の者に反対されても、彼は何一つ恨み言を言わず、良き友として里を去りました」


 話の途中だったが、カズーラは全員に対して背を向けた。


 無愛想なところばかりが目立つ人だが、貴重な薬を人間や獣人のために使ってくれる優しさは、きっと昔から変わっていないのだろう。


「私は…」


 オークウッドがアネモスのことを見つめた。


「私は、みんなに黙って彼と共に里を出ようと考えていました。私自身、彼の示す未来に計り知れない魅力を感じていた。そのために弓も服も仕立て直した――それなのに、私は最後の最後に怖くなってしまった…」


 オークウッドの瞳からポロポロと流れる大粒の涙を見ていると、彼女が自分たちと同じ年頃の少女なのではないかと錯覚させられる。いや、もしかすると今の彼女は、心だけでもその瞬間に戻っているのかもしれない。自分が選べなかった未来の分岐点に。


「そうして、私を慰め、去っていった彼が言ったことを、今、その子孫である貴方が同じように口にした…。だから、それが、とても怖くなってしまって…ごめんなさい…」


 そうか…エルフも、ただ革命に参加しなかったわけではないんだ。きっと、色んな葛藤や衝突があって、一つの選択に至ったんだ。


 オークウッドたちは、フレア・ヴェルメリオの革命が成されず、多くの異種族が排斥され、葬られたと知ったとき、どのような気持ちを抱いたのだろう?


 参加しなくてよかったと安心した?次は自分たちの番だと恐れ慄いた?いや、多分、後悔したに違いない。


 あのとき、自分たちも力を貸していたなら、違った未来があったのでは…と。


 少なくとも、この二人はそうではないだろうか。


 桜倉はとてもではないが黙ってはいられなかった。


「だ、大丈夫ですって、オークウッドさん。だって、私はお祖父様の時とは色々と違いますもん」


 苦笑いを意識して作り、頭の後ろに手をやる。道化じみた真似ではあったものの、祖父が残した影を払えるのならそれもいいと思った。


「魔法も使えないし、別にエンバーズの中核を担っているわけでもないんです。だから、敵が躍起になって私を倒しに来る理由はありません」


 危険なことに変わりはないでしょう、と彼女の瞳に書いてあったので、それを指摘される前に桜倉はまた笑う。


「それに、お祖父様と違うところはまだあります」


 桜倉は、ルーナ、雪希、そして、アネモスを順番に見やって頷いてから、再びオークウッドへと眼差しを向ける。


「お祖父様がどんな人と一緒に旅をしていたのかは分かりませんけど…少なくとも、同じ四大貴族やエルフの仲間はいなかったでしょう」


 最後の言葉は余計だったかもしれないと後になって思ったが、その言葉を聞いて、ようやくオークウッドは小さく微笑みを浮かべた。


「それでも…やっぱり、貴方はあの方に似ているわ…」


 そうだ。本当は誰にだってこういう顔をしていてほしいんだ。


 エリアやローレルだって…できることなら、私は…。


 それから四人は、「行ってらっしゃい」と「行ってきます」の言葉を交わし、旅立ちによくあるちょっとした寂しさと、これからを想う風に抱かれてエルフの里を出るのだった。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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