残り火の元へ.1
これより、5章の始まりです。
「エルフの民は、エンバーズの方々に協力致しましょう」
後日、エルフの里の集会所で開かれた会議の中で、オークウッドが高らかにそう宣言してくれた。
集会所にはカズーラやアネモス、オークウッドを含めた十人ほどのエルフと桜倉、雪希、ルーナの三人が一つの大きな机を囲んで並んでいた。
そうして集められたエルフのシリアスな面持ちから、もしかすると断られるかもしれないと不安に思っていた桜倉だったが、エルフの代表者たちは思いのほか呆気なく、エンバーズの要請に是として答えてくれた。
「い、いいんですか?そんな、簡単に」
驚きのあまり桜倉が思わずそう尋ねてしまったところ、オークウッドの隣の席にふてぶてしく座っていたアネモスが鼻を鳴らした。
「ふんっ、あんた、力を貸してほしいのか、ほしくないのか、どっちなのよ」
「アネモス」ぴりっ、とした口調でオークウッドが娘の言葉遣いを指摘する。「失礼な口の利き方をしてはなりません」
「はぁい」
不服さを隠さず、肩を竦めてみせたアネモスを一睨みしたオークウッドは、軽く三人に謝罪して回答を続けた。
「昔から私たちエルフは、自分たちの文化の独自性を守ることを大事にしてきました。それはきっと、私たちの気質が鎖国的で保守的で――臆病だったからそうなってきたのでしょう」
臆病、という表現に誰もが目を見張った。自分はエルフじゃないから分からないが、今まで自分たちの性質をそんなふうに説明したことがなかったのではないだろうか。
アネモスなんかは、目くじらを立てて母の言うことに異を唱えていたが、ヴェルデ嬢の所業に耐えてばかりで反旗を翻すものがいなかったことを引き合いに出されると、悔しそうに黙り込んだ。
オークウッドはしばしの間、エルフがエンバーズに協力することのメリットとどこまで協力できるかの線引きについて語っていた。
内容としては、エルフが戦闘に参加するというのは基本的に期待しないでほしいというもので、里自体が襲われない限りはほとんどのエルフが武器を取らないとのことだった。
その代わり、エルフ側からは例の薬――万養樹の葉から作られる強力な回復薬の提供が行われるということだ。
「確かに、あれは魅力だね。エンバーズ側の死人がぐっと減るよ」
どうでもよさそうに机に突っ伏していたルーナも、これには顔を上げて賛同した。仲間想いの彼女らしいタイミングである。
東堂も別に、兵士として仲間にしてこいとは言っていなかった。きっと、こういった結果であったとしても、満足はしてもらえるだろう。
次に問題は、今後、エルフがヴェルデ家とどういう付き合いをしていくかというものに変わった。
ヴェルデ領を支配しているのは、現ヴェルデ爵――つまりは、エリアたちの父ということだったが、彼は今、大病を患っているらしかった。そのせいで娘二人が暴走しているのを誰も止められなかったということらしく、今すぐに彼女らが死んでしまったことを悟られることはないという。
それに現ヴェルデ爵は、元々かなりの親エルフ派だ。その前もそうだったらしいので、親に影響されたのかもしれない。そう考えると、エリアは歪んだ形ではあるがその影響を受けたとも言える。
ヴェルデとの関係が元に戻るかは、公爵の体調が回復するかどうかが重要らしい。まあ、エリアたちが暴れていたときに比べれば何もかもマシだろう。
さらにオークウッドは、桜倉、雪希、ルーナが声を出して驚くようなことを加えて説明した。
「ヴェルデ爵様が回復するまでは、以前のようにシムスさんをパイプにして関係を維持しましょう」
「え、シムスって、あのシムス?」
「はい。どうやら、シムスさんと戦ったようですね」
オークウッドの苦笑につられ、桜倉とルーナは顔を見合わせる。
「うん、そうだよ。殺されかけたし、殺しかけた相手だけど」
「それはそれは、お互いに何もなくてよかったです。実はシムスさんは、裏で何をやっているか分からない娘たちに代わって、ヴェルデ爵様が遣わしてくれていた連絡役だったのですよ」
連絡役?シムスが?
「だ、だったら私たちとシムスは、戦う意味なんてなかったってことですか?」
「それはどうでしょう。あの方は私たちにも優しいお人ですが、ヴェルデに仕える者として、貴方たちがエンバーズだと知れば、やはり戦闘になったでしょう」
「そうですか…」
桜倉はなんとも言えない気分になって机の上に視線を落とす。
そう言えば、シムスは何のためにエルフの里に行くのか、気にかけていたような気がする。もしかすると、彼女は彼女なりにエルフを守ろうとしていたのかもしれない。
今後の流れを一通り語ったオークウッドは、最後に、この場を借りてみんなに伝えたいことがあると言った。
これについては全く予定になかったためだろう、オークウッド以外のエルフも全員、怪訝な目つきで自分たちの代表を見つめていた。
オークウッドは静かに立ち上がると、コツコツと気品あふれる足音を立てて、自らの娘であるアネモスの隣に立った。
「な、何?どうしたの、お母様」
アネモスが眉間に深い皺を刻んで、ぱちぱちと瞬きしているその姿を見て、オークウッドは感慨深げに頷くと、一同を見渡して続けた。
「私は――今回の一件を受けて、もう族長の座を退こうと考えています」
「え!?」
エルフたちが声を揃えて目を丸くし、どういうことなのかと詳細を次々に尋ねれば、オークウッドは、「もちろん、今すぐにというわけではありません。ただ、そう遠くない話にはなります」と頷いた。
一体、どうなるのだろう。エンバーズに関係があるのかと事の成り行きを見守る。
「では、次の族長はどうされるおつもりですか」と一人のエルフが問う。そうすれば、オークウッドは苦笑しながらアネモスを見下ろした。
「それは当然、この子に」
「え?――えぇ!?」
指名されたアネモスが誰よりも驚いているが、周囲の驚きもなかなかのものだった。桜倉からすると、世襲制であれば自然な流れである気がしていたが…。
アネモスは弾かれたように立ち上がると、手を激しく交差させて母の意見を否定する。
「無理!無理無理無理ぃ!なんで私なのよ!?」
「なんでって…アネモス、貴方、お姉ちゃんがいなくなってからは自分が継ぐんだっていつも言っていたじゃない」
「そ、それとこれとは別問題よ!私は偉そうにするのは得意だけど、実際にみんなをまとめたりするのは苦手なのよぅ」
「酷い言い分」とルーナが小声でぼやく。まあ、それについては同意見だった。
オークウッドは娘の動転っぷりを愉快そうに眺めていたのだが、そのうち、ほぅ、と静かに息を吐いて、自分と同じ金色の髪を撫でた。
「確かに貴方はエルフの中でも変わり者よね。臆病なくせにじっとしていられなくて、あんな場所まで来ちゃうんだもの」
ころころと笑う母を見て、アネモスは言葉を失っていた。しかし、彼女が優しく、だけど、とても真摯な目つきで自分を見つめたことで、顎を引いて決然とした表情を浮かべてみせる。
「でも、貴方のそれが、今回の問題を解決する助けになった。桜倉さんたちの力を信じていないわけではないけれど…もしかすると、三人だけだったらあの子たちを倒せなかったかもしれないわ」
「お、お母様…」
「お姉ちゃんの――パルミラの代わりに貴方を族長に推すわけではないわ。エルフのくせに、何かを変える勇気を持っている貴方だからこそ、これからエンバーズの一員として変わっていかなきゃいけない里の代表者に相応しいと思ったのよ」
パルミラ…。
名前を聞いてもすぐにはピンとこなかったものの、どこかで聞いた名前だとは思った。
そして数秒後、桜倉とルーナは互いにハッと顔を見合わせ、「パルミラさんだ」と声を上げると、自分たちに視線が集まってきているのにも構わず、オークウッドとアネモスとを見つめた。
金色の髪、青い瞳。そして、どこか気品がある佇まい。
リアズール領のエンバーズの一員、パルミラは――オークウッドの娘で、アネモスのお姉ちゃんだったのだ。
エルフがエンバーズの一員となる約束をしてから、約一週間。エンバーズの三人は、エルフの里の入口で見送りに来てくれていたオークウッドとカズーラに頭を下げた。
「お世話になりました」
三人が声を揃えてお礼を告げれば、オークウッドはみんなのお母さんのように慈悲深い微笑みを浮かべて、「こちらこそ、本当にありがとうございました」と言った。
カズーラはよくも悪くもいつも通り、仏頂面を崩さない。ただ、彼がくれた革袋の中には万養樹の薬がこれでもかというほど入っている。たいした説明もなく渡してきたものだが、これらは彼がここ数日、一睡もせずに作ってくれたものだと桜倉たちは知っていた。
「あの、オークウッドさん」別れの言葉もそこそこに、やおらルーナが尋ねる。「あいつは見送りに来ないんですか?」
あいつ、というのが誰のことか、その場にいる全ての者がすぐに理解した。だからこそ、雪希はルーナを注意したのだが、その母がやんわり笑ったことで穏やかな空気に戻る。
「ええ…。許してあげて?あの子、この一週間、ずっとアイボリーのお墓を作ったり、遺品を整理したりと忙しいみたいなの」
聞くに、アイボリーとアネモスはかなり親しかったということだ。誰もが具体的には口にしなかったが、ただの親友――というラインを越えているような関係性をほのめかすほどだった。
「あっそ…」と珍しく面白くなさそうな顔をするルーナ。箸が転んでも笑っていそうな彼女なのに、意外なことだった。
「…ルーナ、寂しいのですか?」
「はぁ?違うし。変なこと言わないでよ、雪希」
じろり、とルーナが雪希を睨む。彼女のふさふさの尻尾が、ぶんぶん、と不機嫌そうに左右に揺れる。
「誤魔化すなど、貴方らしくもない…まあ、私は困らないから別にいいですが」
「だぁからぁ、違うって!別にただ、うるさいのがいなくなってよかったって思っただけだよ!」
そのうるさいアネモスを生んだ母親の目の前で、なんということを…と桜倉が額に手を当てて首を振った、そのときだ。
「うるさくて悪かったわね、馬鹿犬」
刺々しい声に振り向けば、そこには、装いを新たにしたアネモスの姿があった。
額を緑のヘアバンドで覆い、流していた美しい金色の髪を二つに結んだアネモスは、エルフのみんなが着ているような質素なローブではなく、上下で分かれたパレオタイプの衣装を身にまとっている。
白く眩しい腰の辺りに手を添えた彼女は、斜に構えた立ち方をしてみせると、目を丸くした一同を睥睨し、そして最後に、自分の母親へと鋭く反抗的な視線を向けて言った。
「お母様、私もこいつらについて行くことにしたわ」
えぇ、と誰もが驚愕の声を発するなか、オークウッドだけは信じられないようなものを見る目つきで、ただ娘に問いかけた。
「ど、どうして、貴方…」
「どうしても何もないわ」
パサリ、とご自慢のブロンドを払う。陽光すらも跳ね除ける美しさだった。
「私がそうしたいと思ったからよ」
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