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雪桜の華冠  作者: null
二部 四章 狂気樹木の竜

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狂気樹木の竜.4

これにて4章は終わりとなります。


明日も更新しますので、よろしくお願いします!

 夢が終わるみたいに、樹木竜の体は砕け散っていた。


 いや、もしかすると、こうなってからの二人は夢を見ていたようなものだったのかもしれない。体だけが上手く死にきれないまま、二人だけの世界があることを信じて見る夢。


 だとしたら、なんて虚しいことなんだろう。


 夢の終わり、そのための一閃を振り抜いた桜倉は、力の抜けた体で立ち上がると、長剣を引きずりながら粉々になった彼女らのそばへと近づいた。


「あ…」


 雪希の氷結魔法をまとう長剣の一撃は、容赦なく樹木竜を打ち砕いていたが、幸か不幸か、唯一、彼女らが彼女らだと分かる胴から上の部分だけは残っていた。


 風が吹いていた。老朽化した建物に吹き込む隙間風を彷彿とさせる風は…よくよく耳を澄ましてみると、ローレル・ヴェルデの呟きだった。


『エリア?エリア?どこに行ったの、エリア…』


 エリアの体は、倒れたローレルのすぐそばにある。きっと、もうあの瞳には光が差し込んでいないのだ。


 桜倉は、『ごめん』と口にしかけた。しかし、それはただの自己満足で、あまりに身勝手なことだと思ったから、吐き出しかけた言葉を喉の奥に飲み込み直すと、横たわり微動だにしないエリアの体を抱え上げた。


「だ、大丈夫?危ないんじゃないの…?」


 アネモスが後ろで何か警告している。だが、桜倉は気にも留めずローレルのそばへと彼女を移動させた。


「ローレル・ヴェルデ、エリアはここにいるよ」


 そもそも、こうなったら危ないも何もない。エリアの体はもはや、その辺りに散らばっている木片と変わらない、ただの物体と化しているのだ。


 きっと、アネモスの矢が彼女の胸を貫いた、そのときから…。


 ただ、ローレルにとってはその限りではないことは間違いなかった。


『あぁ…』


 ローレルがエリアの体に手を伸ばす。そして、ぎゅっとそれを抱きしめると、幸せそうに微笑んだ。鏡写しになった少女たちが、今、一つになったみたいだった。


『あはは…ありがと』


 狂気は風にさらわれていた。温かい、安堵に満ちた微笑みだった。


 ゆっくりと、砂の城が壊れていくみたいに二人の体が崩れていく。優しい終わりに見えたのは、自分がそうであってほしいと思っているからだろう。


 桜倉は、塵になった二人が風に乗って消えていくのを、最後の最後まで見送っていた。


 固く目をつむっても、目頭が熱くてしょうがない。お前に泣く権利なんてないぞ、と涙がこぼれそうになっている自分を戒めるべく、爪が手に食い込むほど強く拳を握る。


 体は強い倦怠感を訴えていた。元々の量が少ないとはいえ魔力を消費しすぎたし、単純に体力の消耗も激しかった。


 それでも、桜倉は腰を下ろさず、真っ直ぐ自分の両足で地面に屹立していた。そうすることで、せめてもの敬意が払える気がしていた。


 そんな桜倉に、ふらつく足取りで寄ってきた雪希が声をかけてくる。アネモスはルーナの肩を支えながら斜面の向こうから顔を出していた。


「やりましたね、桜倉」


 ほっとした微笑みと共にこぼされた一言にも、桜倉は素直に頷くことができず俯く。


「これで四大の一角が崩れました。私たちの目指しているものは、決して実現不可能な夢ではないと証明できたのですよ、桜倉」

「雪希、なんで…嬉しそうなの」


 思わず、嫌味っぽい言葉が出た。雪希も驚いたふうに目を丸くしている。


「それは、私たちの理想が――」

「理想のために人を殺した」


 子どもみたいだ、と頭の中では理解している。それでも、手放しで喜ぶことはできない心境だったのだ。


「分かってるよ、もう選んだことだし、初めてのことじゃないってことも、もう違う道を選べないとも分かってる。だけど…選んだからって、心が何も感じないわけじゃない」


 一般的には、ヴェルデ嬢たちは『殺されても文句は言えない悪人』だったかもしれない。だが、それを決められるものはなんなのだろう。


 もしもそれが、人によって姿形を変幻自在に変える『正義』とかいう薄ら寒いものなら、私はこんなにも嫌気がするものはないと思う。


「桜倉…」

「ここで明るく笑って喜べるなら、それはもう…この子たちと変わらない。やってることも、やってる意味も」

「…」


 横目で雪希を見やれば、彼女は傷ついた表情を浮かべていた。雪希一人を悪者にしているみたいな自分の態度にも腹が立った桜倉は、これ以上、無駄に雪希を傷つけてしまう前に、小さくお願いした。


「ごめん…私が弱いんだ。だけど、今は、一人にしてほしい」


 雪希は、「はい」とか細い声で返事をすると、踵を返し、アネモスとルーナの元へと戻った。そんな彼女にルーナたちがどうかしたのかと問いかけているようだったが、雪希は何も答えず、「エルフの里へ戻りましょう」と覇気無く言った。


 ちらり、とルーナとアネモス、オークウッドがこちらを一瞥してくる。


 自分の命を、身を挺して守ってくれたルーナにさえ、桜倉は愛想よく振る舞うことができなかった。そうして、彼女らが森のほうへと歩き出し、十分に距離が離れたのを見てから深いため息を吐き、その後を追うのだった。



 オークウッドが戻り、ヴェルデ令嬢たちがいなくなったと聞いて、エルフの里は一時的ではあるが歓喜と安心で満ち溢れた。ただ、連れ去られたエルフたちはここには帰れないことを知ると、喜びに陰りは落ちた。


 それでも、最年長のカズーラが、「小さくてもいい。鎮魂の祭りをしよう」と提案したことで、また解放の喜びが広がっていった。


 アネモスは、それはもうすさまじい歓待を受けた。もちろん、エルフのために命を賭した他の三人も村を訪れたときのことが嘘のように歓迎されたが、彼女ほどではない。


 里長の娘でありながら、何も期待されず、呆れられてばかりだった彼女が、今初めて、受けてもいない期待のために立ち上がり、偉業を果たした。


 誰も彼もが手のひらを返すなか、アネモスは嫌味を言うでもなく、天狗になるでもなく、呆気に取られた顔を続けていた。


「そりゃあ、私も頑張ったけど…」とアネモスは共に戦った三人を一瞥すると、ほんの少し顔を赤らめて、「あいつらがいなかったら、私なんて簡単に死んでるわ。あいつらのおかげよ」と唇を尖らせて言った。


 アネモスの碧眼がそっと気恥ずかしさに染まるのを見て、表情が凝り固まっていた桜倉もふっと微笑むことができた。


 アネモスの言葉でこちらもますます声援を受けたが、医務室へ連れられていくルーナが、「エリアにトドメを刺したのはアネモスなんだし、素直に喜んだら?」と告げたことで、またアネモスは称賛された。


 宴の間は、次から次にエルフが感謝の言葉を告げに来た。


 少し前までは欲しくてしょうがなかった言葉が、今の桜倉には虚無的なものに感じられて、愛想笑いするので精一杯だった。そのうち、いよいよ笑えなくなってきた彼女は、ルーナの様子を見てくると言って宴を抜け出した。


 もともと倉庫か何かだったのだろう医務室は、シングルベッドが二台入ったら狭苦しくなるような空間だった。


 その一台のベッドの上に、シーツを被せられて寝息を立てるルーナがいる。寝入りも寝起きも良好だと言っていただけあって、あっという間に眠ってしまったらしい。


「…お主か」

「あ、どうも」


 ルーナの容態を診てくれていたカズーラに頭を下げる。彼は、一つ小さく頭を下げると、気を利かせてか退出した。


 椅子にそっと腰掛けた桜倉は、すぐに口を開くでもなく、ただ、ベッドの向こうの窓越しに夜の闇と星、そして、祭りの炎を見つめていた。


 聞こえてくる人々の笑い声と、哀愁を誘う弦楽器と笛の音。


 その音楽を聞いていると、なんだか随分と遠くへ来てしまったものだとセンチメンタルな気分になってくる。


「…これでよかったのかな」


 心の中で眠っている、もう一人の自分に問いかけるも、返事はない。ただ、代わりにというわけではないが、寝台に寝かせられていたルーナが身じろぎしながら答えてくれた。


「少なくとも、あの状況で冷静さを失うのはよくなかったかなぁ」

「ルーナ…起きてたの」

「うん」


 ごろり、と寝返りを打ったルーナと目が合う。致命傷ではなかったにせよ、それなりに深い傷を負ったのだから当然だが、ちょっと元気がない。


「ごめん、ルーナ…。あのときは、私、色んなことで頭いっぱいになってて」

「例えば?」とルーナが小首を傾げる。どうでもいいが、愛らしい仕草だ。


 桜倉はルーナの真っ直ぐな眼差しを避けるように俯くと、ぽつり、ぽつり語り始める。


「…あの二人が、悪いことをしたのは分かるけど…その責任ってどこにあるのかな、とか。そもそも悪いってなんなのかな、とか…」


 こんなことを言っても呆れられるだけだろうと分かっていたが、一度口にすると止まらなかった。


「私が選んだ道って、結局はこういう――『自分とは違う考えを持つ人』に敵って名前をつけて、排除しちゃうことなんだな…とか。あと、ローレルが望んでたものって、本当はあんなことじゃなくて、ただエリアと二人でいたいだけだったんじゃないかな、とか」


「戦争なんて、そんなもんだよ。桜倉」


 柔らかい声音に驚いて、桜倉はルーナへと顔を向ける。


「悪者を作っちゃったほうが色々と楽だから、みんなそうする。それを心から信じられる人とそうじゃない人がいるけど…まぁ、そうじゃない人のほうが先に死ぬかな。迷っちゃうから」

「ルーナ…」

「桜倉は優しすぎるね、ふふ」


 いつも能天気にはしゃいでいるルーナらしくもない、ちょっとだけ寂しそうな顔に、桜倉は小さく首を振る。


「…違う、意志が弱いだけだ。口だけで、迷ってばっかり…甘いんだ、私」

「冷酷なこととか、奪うことに慣れちゃうのが強さでもないよ」


 すっと、ルーナが手をこちらに伸ばしてきた。少しだけまだ痛むのだろう、顔をわずかに歪めたが、強がるみたいに笑ってみせる。


 彼女のしなやかだけど綺麗な指先が、桜倉の頬を滑った。


「それに、桜倉は逃げないじゃん。いつも、どんなときも戦う。迷いながらでもそれができるのってすごいことなんじゃない?私は一つのことしか見えないから、なんとなくそう思うんだけど…」

「そんな大層なものじゃないよ…逃げて、誇りまで捨てちゃったら、もう私には何も残らないって思うだけで…」

「そんなことないでしょぉ」


 ルーナはあくまで明るく言うが、桜倉は本気だった。本気で、自分には見栄しかないと思っていた。


 四大貴族としての魔力も地位もない、剣術だって、結局は『本物』相手には通じなかった。こうして色んな危機を乗り越えて来られたのも、すべて、仲間たちの力と幸運によるものだ。


「私は…雪希みたいに魔法もすごくないし、頭も切れないし、ルーナみたいに強いわけじゃない。アネモスも…弓の腕前は相当だったよ。ほんと、みんなと比べたら、私なんて…」

「さくらぁ」


 不意に、ぐっとルーナに体を引っ張られた。その拍子にルーナの胸元に飛び込んだ形になったのだが、その引き締まった体に対して柔らかい感触に、不覚にもドキリとする。


「誰かと比べてどーすんの?桜倉はこの世界にたった一人なんだぞぅ?」

「ルーナ…」

「弱くても、迷っていても、桜倉は桜倉だよ。迷いながらでも進んでいけるなら、そうやって、自分なりに少しでも納得できる道を探してこ?ね?」


 赤茶けた瞳がくりくりと動き、微笑みに連動して細められる。


 日頃、お調子者としての側面が強いルーナにこんなふうに優しく言われると…あぁ、駄目だ。目頭が熱くなってきた。


「ありがと、ルーナ…。こんな情けのない話を真剣に聞いてくれて…本当、良い相棒だよ、ルーナは」

「えへへ、私のほうこそ、一緒に戦ってくれてありがと。いつも楽しいよ、桜倉」


 こつん、とルーナが額を重ねてくる。


 ――本当に、私は良い仲間を持った。


 エンバーズに入ってからの付き合いだから、もうそこそこの付き合いにはなるが、ルーナとの時間は明るく朗らかな色をしている。まさに、これぞ『仲間』だって感じの時間だ。


 思えば、彼女との関係が素敵なものだからこそ、自分は獣人だとかエルフだとか人間だとか、そういうものの間に隔たりを置くことを疑えるのかもしれない。


「ねぇ、桜倉」と不意にルーナが、一際甘ったるい声を出してきた。

「なぁに?」

「ん…っと」


 ルーナは珍しく言い淀むと、顎をくいっと引いて、上目遣いにこちらを見つめてきた。


 空気が読めない発言が多かったり、戦いを楽しむ様子が目立ったりする彼女だが、あどけない顔立ちは整っているほうだ。雪希やアネモスは美人系とすれば、ルーナは間違いなく可愛い系だ。


 そんな彼女がそうして尋ねるものだから、つい桜倉は、「遠慮せずに言いなよ。仲間でしょ、私たち」と相手を甘やかすようなことを言ってしまう。


 …それが、いけなかったのだろう。


 ルーナは、「じゃぁ、言うね」と頬を染めて続ける。


「キスしてもいい?」

「は…?」


 脈絡がなく、あまりにも意味が分からなかったために、桜倉はぽかんとした表情で固まってしまった。しかし、たっぷり十秒ほどしてから再び動き出すと、目を細め、じっとりとした視線をルーナに送った。


「それ、冗談で言ってるの?だとしたら、ぶつよ。冗談じゃなくてもぶつけど」

「えぇ、酷いよぅ。今の桜倉、すっごい可愛いから、チューしたいなって思っただけじゃん!」

「か、可愛いはありがとう。でも、駄目、離れて――ってか、離せ…!なに、この、ちょ、力を緩めてよ!ルーナ!」


 どれだけ力を入れて身を離そうとしても、なかなかルーナの腕は振り払えない。改めて、獣人の力はすさまじい。


「しかも、しかもぉ、さっき、すごく良い感じの雰囲気じゃなかった?」

「ええそうですね、とても素晴らしい仲間だなぁ、と私は思ってましたよ!今、この瞬間まではね!」

「えー、チューくらいいいじゃん、ケチ」

「あぁ?いいわけがないでしょ――」

「私、こんな怪我してまで桜倉のこと守ったんだよ?」

「うっ…」


 卑怯だぞ、ルーナと心の中で呟くも、こちらのつけ入る隙を見つけた彼女は遠慮などしなかった。


「ご褒美…あってもよくない?」


 ルーナがあざとい角度で小首を傾げるから、ついこちらも納得しかけてしまったが、ぎりぎりのところでハッと我に返り、身を引き剥がすことに成功した。


「私には雪希がいるの!ご褒美は――ほら、今度、ルーナが東堂さんにたっぷり褒めてもらえるよう、手助けするから!」


 ぴくぴく、と彼女の耳が動く。


「そうだ、藍さん…」


 頭の中の煩悩が、違う人物へとターゲットを変えたのだろう。おかげで桜倉はルーナの勢いに飲まれずに済むのだった。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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