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雪桜の華冠  作者: null
二部 四章 狂気樹木の竜

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狂気樹木の竜.1

四章スタートです。

引き続き、お付き合い頂けると幸いです。

「な、なに!?何が起きているのよ!?」


 少し離れた場所でアネモスが騒いでいる声も聞こえず、桜倉は、呆然と目の前に降臨した樹木の竜を見つめていた。


「桜倉、桜倉!逃げましょう、桜倉!」


 誰かが自分の名前を呼んでいるけれど、やはり、この足は動き出そうとはしなかった。


 それは恐怖からではない。


 ローレルの起こした行動が、桜倉の胸を酷く苦しくさせたのだ。


「どうして…」


 愛しているのに。大好きなのに。


 ローレル・ヴェルデはこういう未来を選んだ。愛する人を巻き添えにして、自分が望んだ地獄に堕ちる未来を。


「どうしてこんなことを…!」


 いや、彼女にとってそこは地獄ではなく、天国なのかもしれない。


 愛するエリアと樹木の檻の中で一つになれる…その未来は。


「フルール様っ!」


 桜倉は自分の本当の名前を呼ばれて、ハッと我に返った。


(そうだ。今は感傷に耽っている場合じゃない)


 雪希が手を伸ばしてくる。桜倉もそれを素早く握り返し、先に城の外へと避難を始めていたアネモスたちに続く。先頭のルーナはオークウッドが支えているが、もう小走りできるくらいには回復しているようだった。薬がすごいのか、獣人の体がすごいのか分からないが、今はありがたい。


 後ろからものすごい足音が聞こえる中、オークウッドの案内で行きとは違う道で城の中を進む。最短ルートなのか、あっという間に中庭にまで出た。


「どうするのよ、あれ!」

「分かりません。ただ、逃げるしか…」

「分からないって何よ!?あれも魔法なんでしょ!」

「私にヒステリーを起こされても困ります!」


 アネモスと雪希が言い合いを起こしている中、桜倉は、今も一人でローレルの行動の意味について考えていた。


 ローレルはきっと、お互いがそのうち死んでしまうことを悟っていたのではないか。


 エリアのことが好きなのに、当の本人はずっとエルフにご執心。そんな彼女と一緒にいるために、自分の心に蓋をしていたローレルだったからこそ、最期の最期に我を通した。


 非難するべき行為だろうか?忌むべき、畜生の行為だと?


 思うに、エルフをああして木の化け物へと変え始めたのは、ローレルだったのではないのだろうか。エリアは知らなかった可能性すらある。


 曲折したエリアへの想いを、口にはできなかったエリアへの批判を、ああした形でエルフにぶつけた。


 唾棄されるべきだろう。巻き込まれるエルフはたまったものではない。


 だが、彼女をああまで歪めたものはなんだ?


 ローレルだけではない。エリアや、他の四大貴族――ブリザやシェイムも、同じように何かが歪んでいる。とりわけ、死生観についてなんかは顕著だ。


 ――『殺戮こそが四大貴族の宿命。連綿と続く私たちの血塗られた歴史の中で、受け入れざるを得ない宿命なのよ』


 ふと、エリアが言っていた言葉が蘇る。


 あれは、彼女が自分の行いを正当化するための御託だったのだろうか?


 なんだろう。何かが引っかかる。


 そう言えば、シェイムがホビットを焼き殺したとき、妙なことを言っていた。


 ――『そして、私に押し付けたことでもあります』


 なんだ。


 私がシェイムに押し付けたものって、なんだ?


 一行が城門を潜って外に出ようとしたとき、城壁を打ち壊して樹木竜が飛び出してきた。


「くっ…みなさん、反対側の道へ!」


 オークウッドが別のルートへと案内する。それに続いて、みんなが引き返してくるが、桜倉はその後を追おうとはせず、ただ、じっと樹木竜の姿を見つめていた。


「桜倉、何をしているのですか!こちらへ!」


 動こうとしない自分に向けて、雪希が叫ぶ。しかし、やはり桜倉は後退しようとはせず、それどころか、ルビーのはまった長剣の柄を握った。


「桜倉、まさか…」雪希が立ち止まったことで、全員が足を止め、こちらを振り返った。

「ちょっと、何やってんのよ!あんた、死ぬ気!?」


 分かっている。あれは危険だ。


 だが、だからこそ…だからこそ、このままにはしておけない。


「…あれをエルフの里に近づけたら、とんでもないことになる」

「それは、確かにそうかもしれませんが…」

「ここであれを倒すべきだ。そうしないと、彼女らの犠牲がまた無尽蔵に生み出される」

「桜倉…」


 雪希はまだ迷っているようだった。


 戦闘か撤退か、『世界を変えるため』に重要なのがどちらか考えているのだろう。


「…それに、誰かがあの子たちを終わらせてあげなくちゃいけない」


 そうだ。このままでは、きっと人と怪物の境で彼女らは生き続ける。果たして、それは幸福なのだろうか?ローレルは幸福だと言うかもしれない。でも、エリアは…?


「あの子たちの業が、他人から慈悲をかけられるほど軽いものじゃないことは分かってる。だけど、それでもだ。それでも、人として、このままにはしておけない!」


 それは、確かに綺麗事だった。だが、それを綺麗事と知りながら、それでも選べることを人は誇りと呼ぶのだろう。


 ヴェルメリオの誇りの炎が初めに燃え移ったのは、ルーナだった。


「あはは、青臭くて桜倉らしいなぁ。しょうがない、付き合うよ」

「ルーナ…傷は大丈夫なの?」

「もちろん!――とは言えないけど、まぁ、なんとかなるよ。獣人の底力、見せてあげなくちゃね」


 死地に赴くとは思えないほど、晴れやかな笑顔だ。


 ルーナはそうして二本の刀を抜き放った。独特の鞘滑りの音が、雅な響きを残す。


「それならば、私もお供致します」と並び立つのは雪希だ。

「いいの?」

「愚問ですよ、桜倉。前に言いましたでしょう?――貴方の行くところであれば、地の果てだろうと地獄だろうと、お供すると」

「雪希…」


 それは、エンバーズに加わることを決めた日に言われたことだ。


 嬉しくなった桜倉は、許嫁の横顔をじっと見つめていたのだが、雪希の発言を聞いたルーナに、「うわぁ、重ぉ」と言われたことで現実に引き戻される。


「犬、次は助けません。期待しないように」

「わわ、ごめんってば」


 二人がいつものやり取りをしていると、こちらの様子を窺っていた樹木竜が激しく吠え立てた。


 そろそろ戦闘に入る、と誰もが直感したとき、後方からアネモスが弓を番えながら駆け寄ってきた。


「あぁもう!分かった、分かったわよ!私もやるわよ、それでいいんでしょう!」

「えー?別に無理して戦わなくてもいいよ。臆病者は邪魔なだけだし」

「誰が臆病者よ!そもそも、人間や獣人がエルフの里のために戦うって言ってんのに、今逃げ帰ったら、一生笑い者になるじゃない!」

「ふぅん。じゃ、いいけど」


 足並みが揃った――とは言いづらいけれど、とにかく、四人の意思は固まった。


 困惑しているオークウッドには安全なところに隠れるよう告げる。それから、四人は各々武器を構え、対峙する樹木竜を睨みつけた。


「…風の四大貴族、ヴェルデとの戦いをこれで最後にする。行くよ、みんなっ!」




 樹木竜の勢いは、それこそ怒涛の如きものであった。


 まず、固まって迎え撃とうという桜倉たちに向かって、まっすぐに猛突してきた。


「く、来るわよ!」


 アネモスの緊迫した叫びに呼応するように各々四散すれば、樹木竜はその辺りの木を頭突きで薙ぎ倒すと反転し、雄叫びを上げた。


「うわぁお、あれは直撃したら、体の丈夫な私はまだしも、アネモスは死んじゃうね」

「や、やめなさいよ、縁起でもない!」


 人間と違い、魔力を全く持ち合わせていない異種族たちは、当然ながら魔法障壁という保険がない。つまり、一撃、一撃が死に直結するのだ。


「まあ、私の障壁にも期待できないんだけど」


 ぺろり、と舌で乾いた唇を湿らせていると、陽気な声でルーナが呼びかけてきた。


「で?あいつ、どうやって倒す?」

「あー…」倒すと言い出したものの、桜倉には具体的な考えなどなかった。「ど、どうしよっか?」

「あはは!見切り発車だねぇ、桜倉」


 別にこちらを咎めるでもなく、ルーナは尻尾を振り振りしながら笑う。不安感や緊張感といった感情より、ワクワクしているように見えるから彼女はすごい。実際、楽しんでいるのだろう。


「…この状況で笑えるなんて、本当、尊敬するわよ」

「お、それ二人にも言われた。ありがとね!」

「あぁもう!皮肉よ、皮肉!ったく、調子狂うわね…」

「みなさん、戦いに集中して下さい!来ます!」


 三人のやり取りを黙って聞いていた雪希が、眉間に皺を寄せて叱り飛ばす。こういうときの声や顔つきは、本当にブリザに似ている。


 咆哮を上げた樹木竜が、こちらに向かって再び突進してきた。


 四散してそれを回避する。樹木竜は思い切り城壁に突っ込んだが、パラパラと木片をこぼした後、身震いするように体を振ってから、また反転してこちらを見据えた。


「…頭は硬いようですね。攻撃しても無駄でしょう」


 雪希は冷えた目で樹木竜を観察していた。じっと、行動の隅々まで見つめる眼差しには、すでに相手をどう倒せばいいのか模索する様子が表れている。


「アネモスと私で牽制します。無敵でもなければ、必ずどこかへの攻撃は嫌がるはずです。それを探り、見つけ次第、桜倉とルーナの二人で攻める…――そして、確実な隙ができたら、私の氷魔法で引導を渡します。三人とも、いいですね?」


 テキパキと作戦概要を伝える雪希に、三人はぽかんと間抜けな表情をした。普段は寡黙で(少なくとも、みんなの前では)クールな印象のある雪希が早口でそう言ったから、無理もない話ではある。


「おぉ…そういう才能もありそう。桜倉、お尻に敷かれないようにね」

「いや、何の話だよ、それ」


 いらぬ忠告に小言を返せば、三者は雪希から、「返事はどうしましたか」と睨まれてしまった。


 そうして、雪希の立案した作戦の元、四人での攻防が始まった。


 アネモスが木の矢を放ち、雪希は氷を固めて作った矢を放つ。その鋭い先端がびゅんびゅんと空を切って飛翔する傍らで、桜倉はルーナと共に樹木竜の様子を改めて観察していた。


 全高は4、5mほどある。頭から尻尾までの長さはもっとありそうで、目算で10mほどはあると見た。


 両手となる部分は小さく、何に使うのか分からないほどだが、後ろ脚は強靭だ。尻尾と並んで、これを使ってあの大きな体を支えているとなれば、蹴りつけられたら大怪我は免れないことだろう。


 幾本もの木の幹がねじりあげられて作られたような体。その表面にはツタがびっしりと生えている。そして、ぽつぽつと、薄黄色や黄緑色の花が咲いていた。


 もはや、エリア、ローレル、二人の姉妹の面影はない。彼女らの魂はただの怪物と成り果てたのだろうか。


「桜倉」不意に、ルーナが名前を呼んだ。

「何?」

「こんなときになんだけどさ、一つ、聞いてもいい?」


 本当にこんなときになんだな、と眉をひそめるが、逆を言えば、よほど大事なことなのだろうと桜倉は頷いた。


「いいよ。だけど、手短にね」


 二人とも視線は樹木竜に向けられたままで話を続ける。いつ樹木竜が弱点をさらしてもいいようにと、準備は万全だった。


「桜倉って、リアズールの…ほら、なんだっけ、ブリザ?」

「え、あ、うん。ブリザ様がどうかしたの?」

「うん。そのブリザと戦ったことあるんだよね。どうだった?」

「どうって…そりゃあ、四大貴族なんだから、あり得ないくらい強かったよ。次やったら殺されそう」

「じゃあ、エリア・ヴェルデとどっちが強かった?」

「どっちがって…」


 ぎゅっ、とコートの裾を握る。正面から深々と入ったスリットの隙間から覗く桜倉の足には、エリア戦で負った生傷がいくつもついていた。


「絶対に、ブリザ様のほうが強い。あの人は、エリアやローレルと違って力に溺れない。努力型の人間だ」


「そっか」

「なんでそんなこと聞くの?」

「藍さんが戦うことになるとしたら、多分、ブリザ・リアズールだ」


 普段はヘラヘラとしているルーナが、このときばかりは真面目腐った面持ちになって言った。


「…エリア・ヴェルデと同じくらいなら良かったんだけど…即答するくらいか。うん、分かった。もっと、もっと強くならなくちゃね、私たち」


 それ以上、ルーナは何も聞かず、再び、樹木竜の弱点探しに集中し始めた。


 一方、桜倉はそうはいかなかった。彼女はルーナほど戦闘経験が豊富でもないし、また、心の割り切りが上手なタイプでもなかった。


(ブリザ様と、また戦う…)


 あの美しい瑠璃色の瞳を、髪を、白い指先を思い出す。


 たおやかな唇から紡がれる、心の弾むような言葉。氷の剣と共に放ってきた呪詛よりも、そちらのほうが桜倉の中では印象が強かった。


 ――『貴方の許嫁が、私だったら良かったのに…』


 心の底から残念そうに告げられた、ブリザの言葉。


(あのとき、本当は私も…)


 過去の追憶が、甘い痛みと、どうしようもない虚しさを桜倉にもたらしたとき、ぼそり、とルーナ言った。


「――花だ」


 それで我に返り、桜倉はオウム返しする。


「花?」

「そう、花だよ」カチャリ、と二本の刀を携えて、ルーナが腰を上げた。「花への攻撃だけは、全部避けてる。弱点は、あの花だ」

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


読んでいて疑問に思った点、もっとこうしたほうが読みやすい、などありましたら

是非、お申し付けください!


評価やブックマーク、感想をくださっている皆さんに力を貰っております。


いつも本当にありがとうございます。


また、そうではない方々も貴重なお時間を使っていただいて、ありがとうございます。


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