戦う理由.4
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通路をひたすらに進めば、上に向かう梯子が伸びていた。見上げても、先は暗い。
「ここを上がるのね…」とアネモスが少し不安そうに呟く。
だが、もうここ以外に道はない。行くしかないと誰もが分かっていた。それに、下に向かうよりマシだ。上には限りがあるが、下は際限ないからだ。
「上がってすぐに襲われても大丈夫なように、前衛の私かルーナが先に行こう」
「おっけー、任せて」
間髪入れずにルーナは答え、一番槍を務めようとした。しかし、彼女はぴたり、と立ち止まると、素早く他の三人の太腿あたりを見つめた。
「いや、一番最後が危険だからね。殿は私が務めるよ」
「そっか…ごめんね、ルーナ。あ、その、さっき叩いたのも含めて」
「あはは、気にしなくていいんだよ、桜倉。私たち仲間でしょ?本音でぶつかってきてくれて、私は嬉しかったもんね」
「ルーナ…」
言葉のオブラートを持たず、時折、冷酷とも取れる言動を見せるルーナだが、こうして基本的には優しく朗らかで、明るい人間だということを思い出す。
性格の長短含めた関わりを持つことこそが、本当の仲間を得るために重要なことなのだろう。
ならば、自分と対等に接し続けてくれているルーナにこそ、真の友であるため、偽りのない心で接しなければならない。
そう強く思った桜倉は、再度お礼を口にすると、一番になって梯子の登ろうとした。だが、すんでのところで雪希に止められてしまう。
「え、な、何?」
「…桜倉、貴方という人は…誠実さもそこまでくると心配になります」
呆れ顔で桜倉にそう告げた雪希は、揺れる燭台の下まで移動すると、影を落とした面持ちを歪めた。
「ルーナ、どうしてさっき私たちの足を見たのですか?」
その問いにルーナは、「げっ」とカエルのような声を上げた。
「足?足がどうしたの?」
話の流れが読めずに桜倉がそう問うと、先ほどの雪希と似たような顔をしたアネモスが代わりに答えてくれる。
「そこの最低馬鹿変態獣人は、下からみんなのスカートを覗こうとしたのよ」
「え、嘘…」
「くだらないわね」とつばでも吐くみたいに言ったアネモスと、今にもルーナを氷漬けにするのではないかという殺気をみなぎらせた雪希に命じられ、渋々ルーナは一番手を務めることになった。
「うぅ…そんなぁ…」
悪事がばれてしょんぼりする子どものようなルーナに、桜倉はぞっとする思いを抱いた。
つい数分前にアイボリーの死を見届けたというのに、まさか、そんなふざけた欲望が鎌首をもたげたというのか…。
ルーナ、という生き物の底の知れなさに鳥肌が立ちつつ、桜倉も彼女に続いて梯子を登った。
「うぇー、まだ何もしてないのに、どうして私が先頭なわけぇ?」
「被害に遭うと分かっていて、害獣を野放しにすると思いますか?」
下から告げる雪希に続き、アネモスも言葉を発する。
「里でも、畑の近くに出る害獣は何も被害に遭ってなくても狩ってるわよ。それと同じね」
「害獣なんてあんまりだぁ、うぅ…折角のチャンスだったのに…」
二人に責められているルーナを見ると、少しかわいそうな気がしないでもなかったが、結局は自業自得。反省の色もない以上、ここで変に庇い立てすると、こちらまで標的にされそうだったから、味方しないことにする。
「折角のチャンスって、ルーナってば本当――」
女の子が好きだよね、と口にしかけて上を向いたところ、不意に、ルーナの血色の良い脚が目に飛び込んで来た。
すさまじい脚力を誇る足には薄っすらと傷痕が残っているが、どこから見ても無駄な肉がついておらず、しなやかで、まさに肉食獣の脚の如く美しい代物だった。
そのまま、視線が自然と上へと伸びていく。
力強くも柔らかそうな太腿へ、そして…。
桜倉は全身が一気に熱くなるのを感じた。同時に、ルーナのことを馬鹿にできない自分にも気付いた。
すると突然、くるぶしの少し上あたりに冷たく刺すような痛みが走った。
「いっ!」
悲鳴を上げると同時に下を見やれば、じろりと見上げてくる雪希と目が合う。
「いけませんね、桜倉。ぼうっとしている暇がおありでしたら、真面目に足を動かして、早く上に上がってください」
「いや、ちがっ」
言い訳をしようとしたら、再び同じところに激痛が走る。雪希が氷の魔法で一瞬だけ凍りつかせているのだ。
「何かおっしゃいましたか?」
ラピスラズリの目が据わっている。とてもではないが、こんな怒り心頭状態の雪希に口喧嘩で敵うわけがない。
「な、何もない、何もないから!」
ルーナを急かして、素早く梯子を登り終える。下からは雪希が小言を言っている声と、アネモスが揶揄する声が聞こえてきていた。
上は小さな空間になっていて、申し訳程度の蝋燭が悪魔の瞳のように赤く揺らめいていた。
「んー…また仕掛けがあるのかなぁ」
振り返るのが恐ろしかった桜倉は、怪訝な声を発していたルーナを押しのけて進むと、行き止まりになっている箇所を壁の燭台を持って照らした。
見たところ、何も異常はない。ということはおそらく、先ほど雪希が解いた仕掛けと酷似しているのだろう。
「また同じ仕掛けのようですね」と後ろからぬっと雪希の手が伸びてくる。まだ微妙に氷の魔力を帯びているのか、冷気を放っている。
「そ、そうみたいだね」
「…入口、出口双方に仕掛けを施したのでしょう。四大貴族は抜け目のない輩が多いですから…ねぇ、桜倉」
「あ、あはは…」
瞬間、雪希の指先から冷気が発せられた。仕掛けを解くために石壁の溝をなぞるようだが、こんなに魔力を込める必要があるのかは、甚だ疑問である。
「笑いごとではありませんからね…もう、私というものがいながら」
「す、すみません」
肩にぴったりとくっついた状態で雪希が桜倉を小声で責める。
「しかも、よりによってあんな欲望丸出しの女に…。全く、聞いていますか、桜倉」
「はい、分かってます。分かっております…」
叱られているわけだが、背に当たる柔らかな感触のせいで集中できない。心臓の鼓動がうるさくなると同時に、逃げ出したい衝動が強くなるも、逃げ道など当然なかった。
仕掛け扉よ、早く開け…と願いを込めるが、思っている以上に石壁は動かない。
「…見たいなら、私のにすればいいのに…」
「え…!?」
雪希の口から聞き間違えとしか思えない言葉が聞こえてきて、桜倉はつい頓狂な声を上げた。
聞き直して真偽を確認したいと思っていた桜倉だったが、その頃にはもう仕掛け扉が開いており、細い通路の向こうに扉が見えていた。
「行きましょう。ほら、ルーナが先に立って下さい」
「はーい…」
もういつも通りの顔に戻った雪希に指示されて、ルーナが先に進んだ。おかげで確認するタイミングを失ってしまった。
一同は扉の前に移動した。
扉の向こうからは、かすかな光が漏れている。ルーナのアイコンタクトを合図にして、扉が開かれる。
「ここは…」
隠し通路を抜けた先は、可愛らしい装飾が随所にあしらわれた一室だった。
黄色や黄緑といった色合いの小物や壁紙、絨毯ばかりで、この古めかしい古城にはアンバランスな印象を受ける。
「どうやら、あの子たちの部屋みたいですね。ほら、あちらには先ほど彼女らがいたバルコニーがあります」
雪希が指差すほうには、確かに彼女らが舞台として使っていたバルコニーが見える。
外に出て、下を見下ろせば、土塊に還ろうとしている何体もの魔物の姿があった。
…あれが全部、元はエルフだったなど想像したくもない。
「雪希、桜倉」
後ろから、ルーナが二人の名を呼んだ。
「あっちから人の声がする。多分、そこにエリアとローレル、オークウッドさんがいると思う」
ルーナとアネモスの後をついて行くと、広い廊下へと出た。自分たちがいる場所から、突き当たりの両開きの巨大な扉まで、ゆうに30メートルはある。
廊下には縦に大きな窓が規則的に、壁に沿って並んでいた。だが、それらのほとんどが割れてしまっており、生ぬるい風が右から左へと駆け抜ける有様であった。
息を殺して廊下を進んでいた桜倉は、割れた窓の向こうに見える景色に、一時、言葉を忘れて立ち止まった。
見渡す限り、一面の緑。
森というより、樹海という表現が相応しい光景。
その荘厳さに場違いなことに胸が震えた。どうやら、古城の中でも、随分と高い場所に来ていたらしい。
――世界は、とても広い。自分が知ったと思っていたエルフの森でさえ、そのスケールは想像を遥かに上回っていた。
きっと、この先もこんなことばかりなのだ、と桜倉は苦しいような、高ぶるような気持ちに襲われる。
行けども、行けども、自分のちっぽけさ、無知さと弱さを思い知り、くじけそうになる。そして、その度に格好つけるために立ち上がり、剣を取り、身の程知らずの戦いに挑むのだ。
風が、ひゅぅ、と一際高く泣いた。
感傷的な気分のまま、桜倉は拳を握る。
「…もう、戻れない」
ぼそぼそと、気付かないままの雪希の背中へと続ける。
「だったら…せめて最後まで、スノウの望む私でいてみせなくちゃ…」
早足になって三人に追いつく。すでに、目の前には巨大な扉が立ちはだかっている。
ルーナは扉に手をかけようとしていたのだが、ぴたりと手を止め、それから、桜倉のほうをゆっくりと振り返り、頷いた。
直感的に桜倉は、自分が言葉を求められていると理解した。虚勢を張ることが得意だから、ここぞというタイミングは自然と弁えているのだ。
「みんな…いよいよ、風の四大貴族との戦いだ」
声量は抑えていたが、静寂の中、水を打つように不思議と桜倉の声は通った。
「あいつらはまともじゃないけど、間違いなく強い。きっと、私とルーナ、雪希、それから、アネモスの力を合わせないと倒せないと思う」
名前を呼んだ順番で、各々と視線を交わす。ルーナは朗らかに笑い、雪希は神妙そうだ。そして、アネモスはどこか気恥ずかしそうに、でも、強い覚悟を秘めた瞳でこちらを見返してきた。
「オークウッド様を助けるため、そして、エルフの里のこれからを守り、エンバーズとしての使命を果たすため、絶対に、あいつらを倒そう…!」
「もちろんです」
即座に応じたのは雪希だ。
「ヴェルデは、私が打ち倒すべき世界を象徴する柱の一つ。躊躇はしません、邪魔をするのなら…へし折るまでです」
今までで一番の気合が、雪希の瞳から漏れていた。それはもしかすると、殺気、という別の名前を持っていたのかもしれない。
「おぉ、いいねぇ。へし折ってやろうよ!」
ルーナが声高に喜べば、真面目な様子で雪希と桜倉が頷く。そんな三人の様子を見て、アネモスは深く息を吸って、吐いた。
「…無惨に殺された仲間のため、アイボリーの死を無駄にしないため、里で待つみんなのため、そして――」
アネモスの力強い瞳から風を受け、ごうっ、と胸の奥の炎が揺らめく。
認められたい、見返したい。
自分と同じ気持ちで努力を積み上げてきた彼女が今、それとは関係ない目的のために研ぎ上げた力を使おうとしている。
「私自身が、あの気に入らない連中を殴り飛ばすため…!力を貸して、桜倉、雪希…ルーナ!」
三人がそれぞれ呼び声に応えた後、再び、桜倉が号令をかける。
「それじゃあ、みんな…行くぞ!」
そうして、扉は派手に押し開けられた。
これにて二章は終了です。
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