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雪桜の華冠  作者: null
二部 二章 戦う理由

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35/53

戦う理由.1

これより二章の始まりです。

のんびりとお付き合い頂けると幸いです。

「君さ、何しに来たの?」


 開口一番、ルーナは攻撃的だった。表情は相変わらず飄々とした様子で変わりないが、目の奥は彼女が佩いている刀のように鋭い光が宿っている。


 アネモスにしても、ルーナが自分に対して良い感情を持っていないことを理解しているのだろう。彼女を相手取るときは、一瞬でしかめ面になった。


「自分の母親と同胞たちを助けに来たのよ。生憎とエルフはね、アンタが思ってるほど臆病者の集まりじゃないの」

「ふぅん…」腕組みをして、斜めに立つルーナ。


 互いに取り付く島もない様子だ。これでは埒が明かない。


 桜倉は、ルーナではなく自分がアネモスから話を聞き出そう、と考え、雪希から怪我の手当て受けている中、二人の会話に入り込もうとした。だが、ちょうどそのタイミングで、後ろから雪希に声をかけられた。


「手当て、終わりました」

「あぁ、ありがとう」


 肩越しに振り返れば、そこには陰鬱な面持ちを浮かべる雪希の姿がある。未だに桜倉の怪我について重い責任を感じているのだろう。


 桜倉は雪希のほうへと近づくと、その胸にこみ上げ、今すぐにでも解き放たれたいと望んでいた気持ちを口にするべく明るく笑った。


「私ね、雪希。さっき嬉しかったんだ」

「嬉しかった…?」

「うん」

「どうして?桜倉は怪我をしたのに…」


 怪訝そうな雪希に向かって、桜倉はゆっくりと頷いた。


「私、今度は動けたから…。まぁ、雪希のためだったから、勝手に体が動いたんだとは思うけどさ」


 ヴェルメリオ領で、ホビットが妹のシェイムに焼かれたとき、桜倉は驚きと恐怖ですぐには動けなかった。動けたのは、全てが手遅れになった後だった。


 自分は臆病者なのではないかと、失意に苦しんだ。許嫁である雪希が身を挺して子犬を庇ったと聞けば、なおのことだ。


 だが、今回は逃げなかった。青い誇りで、自然と胸を張れた。


 桜倉はその誇りと喜びを、少しでも許嫁である雪希にも知ってほしくて今の話をしたのだが、予想外なことに彼女は目を丸くした後に俯いてしまった。


「あれ、雪希…?」


 呆れられてしまっただろうか、と雪希の顔を横から覗き込めば、真っ赤な耳が白い雪原を染めていた。


 すると、出し抜けに雪希がドン、と抱きついてきた。突然のことだったが、とっさに受け止めることができた。


「ちょ、ど、どうしたの?」


 アネモスとルーナ、二人の視線が自分たちに集中しているのが分かって、桜倉はそわそわと視線を泳がせる。


「二人が見てるんだけどぉ…」

「…貴方が、桜倉が急に嬉しいことを言うからです」


 顔を上げ、赤らんだ顔と潤んだ瞳で自分を見つめる雪希に、こちらも体が熱くなる。


「そ、それは何というかぁ、その…」

「これで…助けてもらうのは三度目ですね」


「あー…そうだね」雪希は、ブリザの件と、拠点での話をしているのだろう。「でもさ、この間は私が助けてもらったわけだから、おあいこだよ」


「おあいこなんかじゃありません」


 吐息混じりで囁くように告げる雪希が、とても色っぽく見えた。露出した肩から除く鎖骨も、酷く艶めかしい。


「やっぱり…貴方は私の英雄です」


 その殺し文句に、心臓がドキリと高鳴った。


 上気した頬。それとは対照的な白い肌。何かを望むようなきらきらしたディープブルーの瞳。


 たとえ、雪希が自分にヒロイックな幻想を抱いていると分かっていても、不思議な昂揚感と無自覚な劣情を覚えずにはいられない。


「そんな、私なんて…」と桜倉は自然な動きで雪希の肩に手を置いた。


 剥き出しの白い肩は、氷みたいに冷たく、すべすべした手触りだった。


 自分で言葉を発しておきながら、その先が思い浮かばない。何と言えば、雪希に想いが伝わるのか。


 いや…正直、伝えたい想いそのものが今の自分は曖昧だと感じていた。


 依然として、何かを求める美しい瞳。どうすれば、この輝きと心臓の鼓動を落ち着かせることができるのか…。


 そうして桜倉が困っていると、後ろからからかうような声が聞こえてきた。


「え、なになに?チューでもするの?向こう向いていてあげよっか?」


 その愉快そうな声に、ルーナやアネモスがこの場にいることを思い出した桜倉は、弾かれるようにして雪希から身を離した。


「べ、別にそんなことしないって!」

「えぇ、気にしなくていいのに…。どんな顔してキスするのか、興味があったのになぁ」

「いや、メチャクチャ見る気じゃんか…!」


 ふと、落ち着かない様子のアネモスと目が合った。彼女は桜倉と雪希の顔を見比べると、何か聞きたそうに口を開けたり閉じたりしたが、そのうち諦めたようで、話題を変えた。


「で、お母様には会えたの?」

「いいや」と桜倉が首を横に振る。「でも、ヴェルデ令嬢には会えたよ。両方ね」


「…あの悪魔どもね。あいつら、いつも二人で行動してるのよ。片方ずつ殺そうと思っても、そうはさせてくれないわ」


 悪魔、という表現にルーナが乾いた笑いで反応する。


「はは、確かに『悪魔』って表現がぴったりな娘たちかも。」それから、頭の後ろで手を組むと、ルーナは「でも…」と続けた。


「君のお母さんは、その『悪魔』に気に入られちゃったみたいだよ?」

「どういう意味よ、それ…!?」


 ややもすれば、悪気なく相手を不快にさせるルーナに代わって、雪希がアネモスに先ほどの一件について語った。


 ローレルがエルフの森中を徘徊している魔物を操っていたことにも驚いていたが、それ以上に、エリアがオークウッドのことを狂気的なまでに気に入っていることを知ると、興奮した様子で中庭の先へと進もうとした。


「あ、待ってよ、アネモス」


 桜倉の制止も無視して、アネモスはぐんぐん足を前に動かした。しかし、錆びて開かなくなった扉に行く手を阻まれると、ヒステリーを起こして何度も扉を蹴りつけた。


「ああ、くそっ!くそ、くそ!どうして開かないのよっ!?」

「うわぁ、野蛮」と珍しく相手に配慮してか、小声でルーナがぼやく。

「…同感です。珍しく気が合いますね」


 整った容姿とまとう華やかな気品からは想像もできない荒々しさが、アネモスにはあった。それが歪んで成長した結果なのか、彼女本来の気質なのかは定かではない。


「落ち着いて、アネモス。そっちもオークウッド様を助けに来たんだよね?」


 再び桜倉が声をかけるが、アネモスはまるで気に留めず、今度は元来た道を戻り始めた。


 ちょうどアネモスがルーナの横を通り過ぎようとしたとき、彼女がその繊細そうな手を掴んだ。


「ちょっと、桜倉が待ちなって言ってるじゃん」

「うるさいっ!気安く触らないでよっ!」


 ハリネズミが威嚇で毛を逆立てるみたいに、アネモスは間髪入れずにルーナを平手打ちしようとする。だが、さすがは獣人。ルーナはその手を受け止めると、残る片方の手もパシッと掴んで、驚きに目を丸くしたアネモスを石壁に押し付けた。


「きゃっ」

「ほんと、何をしに来たの?ぴぃぴぃ、ぎゃあぎゃあ喚くためなら、邪魔なだけなんだけど?」

「な…くっ、この、離して、離しなさいよ!」


 今度は膝で蹴り上げようとしたアネモスだったが、逆にルーナの膝で太ももをぐいっと上げられて、本当に身動きできない格好にさせられる。


 アネモスのほうは支えがなければ倒れそうだが、ルーナの体幹に揺らぎはない。獣人の身体能力は人とは違うものだと、つくづく思い知らされる。


「…うるさいなぁ。美少女じゃなかったら、喉、潰してるとこだよ」


 口調はいつもと変わらぬ明るいトーン。だからこそ、ルーナが何を考えているか分からず、ぞっとする。さすがのアネモスもその様子に青い顔をしていた。


「ちょっと、ルーナ。やりすぎだって」

「でもこの子、こうしてピン留めでもしておかないと、また勝手にどっか行くよ?」


 ルーナの言い分にも一理ある。話を聞いてもらうこともできなければ、協力することは難しい。それに、アネモスが一人で魔物の群れやヴェルデ令嬢の相手ができるとは思えない。


 やはりここは、オークウッド救出のために協力する必要があるだろう。


 それを説明すると、初めのうちアネモスは難色を示したが、独力では不可能だということに薄々気づいてはいたのだろう、やがて大人しく提案を受け入れると、ルーナに離せと命じた。


 ところが、ルーナは解放する様子もなく、じっとアネモスの顔を見つめたまま静止していた。


「な、何よ…離しなさいってば」

「うぅん…」


 顔を近づけ、アネモスの端正な顔を間近で観察するルーナ。パーソナルスペースも何もない距離感に、さっとアネモスの頬に朱が差す。


「まつ毛、長いね。サファイアみたいな瞳も大きいや」

「ちょっと、ルーナ…今はそんなことどうでもいいでしょ」


 桜倉に促され、ようやくルーナはアネモスを解放した。だが、何かを惜しむような視線は未だにアネモスに向けられている。


「とにかく、今は先に進もう」

「進もうって言っても、扉は錆びついて動かないのよ。城壁でもよじ登るっての?」


 さっき自分で試してみたからこその発言だろう。


「大丈夫、心配いらないよ」


 桜倉はそうアネモスに告げると、申し訳無さそうな顔で雪希を見た。


「疲れてるところにごめん、雪希。またお願いできる?」

「もちろんです、桜倉。少し休んで回復しましたから、心配は無用ですよ」


 そう言うと、雪希はゆっくりと扉の前に移動した。


「何をするつもりなの?その子に扉が開けられるとは思えないんだけど」

「いいから、黙って見てなよ」


 冷たい物言いでルーナが告げる。


 やがて雪希は、古城に入るときにしてみせたように門を凍結させ、粉々に破壊してみせた。


「ありがとう、雪希」


 少しだけ息が荒くなった雪希に、桜倉がお礼を告げる。


「この程度、お安いご用です」


 もはや遮るもののなくなった門を、風が抜けていく。


 ヴェルデ領に入ったときに感じた、穏やかで優美な風ではない。澱んだ気配が潜んだ、禍々しい風だった。


 ヴェルデ令嬢は、間違いなく強敵だ。


 こちらの戦力と言えば、まともに魔法が使えない人間の剣士一人と、戦闘面に優れた獣人が一人、それから四大貴族令嬢が一人。そこにアネモスを追加したとして、果たして、どれほどの勝算があるものか…。


 単純に雪希が一人を抑えると考えても、残りを三人で抑えることになる。シムス・ウィンダという、『絶風』を扱えない風魔道士を自分とルーナで何とか相手にしたことを鑑みれば、決して希望的な観測は持てない。


(いや、仮にそうだとしても)


 頭の中でむくむくと育つ不安の種を摘み取るべく、桜倉はぎゅっと拳を握った。


(やるしかないんだ、もう。雪希が――スノウが言ったように、もう戻れない場所まで来てる。それに、このまま何も成さず死ねば、私は本当にただの『出来損ない』になっちゃうんだから…!)


 息を深く吸って、桜倉は前に進み出た。それに伴い、雪希が半歩下がってついて来る。


 目指すは古城の奥地。ローレルやエリアが消えた建物の中だ。


 後方では、アネモスの執拗な問いかけに辟易としたルーナが、雪希が優れた魔法使いであることを説明していた。


 幸い、自分たちの領域に閉じこもってばかりいるアネモスは、氷の魔法と聞いて水の四大貴族と結びつけるような発想はしなかった。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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