古城と青い瞳.4
これにて1章は終わりとなります。
お付き合い頂き、ありがとうございます。
「…どうやら、まともに会話ができる相手ではなさそうですね」
「そうみたいだね。んー…四大貴族って、やっぱりああいう変なのしかいないのかなぁ」
「ちょっと、それは私たちに失礼でしょ」
桜倉が小言を返せば、ルーナは目を丸くした。
「え?本当のことでしょ?」
「ルーナってば…本当そういうところだよ」
こういうのが周囲との衝突を招くのだが、ルーナはどれだけ忠告を受けようと気にも留めていないらしい。
「でも、エリア。こうしてわざわざ来てもらってるのに、そのまま帰すのはかわいそうだよ」
「あら、ローレル。貴方の言うところも最もだけれど、私たちは忙しいのだから、しょうがないのではないかしら?」
「うぅん…あ!エリア、それなら私にいい考えがあるよ」
そこで言葉を区切ると、二人の世界に没入していたローレルがエリアとほぼ同じ顔でこちらを見下ろした。
「あの人たちの相手は、私たちの妹にしてもらえばいいんだよ」
「妹…?」
おかしい。話ではヴェルデ爵の子どもは双子のローレルとエリアだけだったはずだ。もしも、まだいるのだとすれば、まずい状況になる。
「それは名案ね、ローレル!」
エリアは手を胸の前で重ね合わせ、無邪気に告げた。まるで、美味しいパンの焼き方でも聞かされたみたいな反応に、桜倉は眉をひそめる。
(どういうことだ…?こいつら、何を言って…)
不意に、ローレルが片手を頭上に掲げた。薄笑いも相まって、その姿は傲慢で狂気的な女王を彷彿とさせた。
「じゃあ、早速みんなにお願いしよう」
掲げた手に薄黄色の光が灯る。魔力に乏しい自分でも、それが凝縮された魔力の輝きだと分かった。
「来るよ、桜倉、雪希!」
「分かってる、二人とも、気を抜かないで!四大の魔力なんてまともに受けたら、命に関わるからね!」
どんな攻撃が来ても避けられるように、あるいは、防げるように、各々が身構え、それが解き放たれる瞬間を待った。
だが、その瞬間はいつまで待っても訪れなかった。輝きは灯火のように時折揺らめくだけだ。
一体、何をしているのだろうか。
そうして桜倉たちが不審がっていると、不意に視界の隅で何かが動いた。
反射的に体をそちらに向ければ、視線の先には予想だにしない者の姿があった。
枯れ木に意思が吹き込まれたような、あの魔物だ。
「こ、こいつら、どこから…!?」
魔物の数は一体や二体ではない。四方を隙間なく囲むその数は、ゆうに十を超えている。
「完全に囲まれています…」
「あはは、雪希ったら、そんなの見れば分かるよ?」
「この状況で笑える貴方は、尊敬に値しますね」
互いに死角をカバーするため、三者背中合わせに陣を組んだ。自分以外の生の熱に、少しだけ安心感を覚える。
「お、それ桜倉にも同じこと言われた。ありがとね」
「…皮肉ですよ」
笑いながら刀を抜くルーナにならい、桜倉も長剣を背中の鞘から抜き払う。勇ましい鞘滑りの音に勇気を貰って、ヴェルデ令嬢らを睨みつける。
「お前たちが、この化け物を操ってるのか!?」
「ば、化け物なんて酷い…!みんな、私の妹なのに」
ローレルは、まるで自分が被害者であるかのように表情を曇らせて呻いた。
「まぁ、かわいそうなローレル。さ、早く美しい方の元へと戻りましょう」
妹の肩を優しく抱きかかえたエリアが、彼女を連れ添ってくるりと背中を向ける。
「待て!話はまだ終わっていないぞ!」
エリアはぴたりと足を止めると、首だけで振り向き、階下の桜倉を見下ろした。その蔑むような視線から、エリアの容姿にそぐわぬ凶悪さが滲み出ている。
「いいえ、終わりよ。――せいぜい、人生最後の舞踏会を楽しむことね」
その言葉だけを残して、エリアたちヴェルデ令嬢はバルコニーの向こう、部屋の奥へと消えていった。
「おい!待てって――くそっ!」
どれだけ呼びかけようと、もう二人が顔を出す様子はなかった。おそらく、オークウッドの元へと向かったのだろう。
「早くあいつらを追わないと…オークウッド様がどうなるか、分かったもんじゃない!」
連れ去られたエルフたちが誰一人として戻って来ないこと、ヴェルデ令嬢たちが何の躊躇もなく魔物をこちらに差し向けたことから、気に入られたオークウッドがまともな扱いを受けるとは到底考えられない。
一刻も早く、彼女を助けなければならない。それなのに…。
辺りは、見渡す限り不気味な植物の魔物だらけ。
四方を囲む甲高い悲鳴のハウリング。こうして立っているだけでも、頭がおかしくなりそうだった。
「桜倉!今は目の前の敵に集中!」
ドン、と背中でこちらを押しながら、ルーナが呼びかける。
「このままじゃ、エルフを助けるどころか私たちが花の養分にされちゃうよ!」
「分かってるけど!あいつらを放っておいたら…」
とんでもないことになる。そう言いかけていると、魔物が一斉に一際大きなうなり声を上げた。
敵は完全に戦闘態勢に入っている。
「来るよっ!桜倉はそっち、私はこっちをやる!」
「分かった――」
いざとなれば、また魔力を注ぎ込んで戦うしかない。
桜倉が素直に、戦闘経験が豊富なルーナの指示に従うべく、体の向きを変えようとしていると、唐突に、青白い霧のようなものが宙を滑った。
霧はゆっくりと魔物の群れに辿り着くと、その枯れ木のような体にまとわりついた。そして、数秒もすると、相手の体を白く凍結してしまった。
何が起こったかなど、考える必要もない。これは雪希の氷の魔法だ。
振り返れば、凛とした顔つきで魔物たちに片手を伸ばし、睥睨する雪希の姿があった。
「私がこちら半分を請け負います。桜倉とルーナは、もう半分を」
「雪希、無理をしたら駄目だって…」
直後、雪希が何かを握り潰すような動きをした。すると、凍結していた魔物たちの体が音を立て粉々に崩れてしまったではないか。
「ありがとうございます、桜倉。でも、この通り無理はしていませんから、そちらを片付けてしまって下さい」
その堂々たる喋り口、佇まいたるや、まさに桜倉が見たリアズール家のものであった。ブリザやスプラートと近い。血が繋がっているのだから、当然と言えば当然なのだろうが。
「うわぁ、雪希ってば頼りになるぅ」
「戯言はそこまでにして下さい。桜倉に万が一のことがあったら、貴方も氷漬けにしますから、悪しからず」
そう言うと、雪希は数歩前に出て、腕を振るい始めた。彼女が魔力を込めて手を右に左に、上から下にと動かせば動かすほど、花の魔物たちは氷つき、活動を停止していった。
桜倉は、そんな心配は不要だ、とほぞを噛みながら、ルーナと共に敵に見合い、間合いを詰めて長剣を乱舞させていった。
戦いはもちろん、熾烈を極めた。特にルーナと桜倉、剣士の二人は交戦中、何度も手傷を負った。数に劣るシチュエーション、同時に相手の攻撃を避けたり、防いだりする度に生傷が増えた。
並々ならぬ魔力を持つ雪希も傷こそ負っていなかったが、肩で息をするほどに体力を消耗してしまっていた。手をかざし、指先を払い魔物を凍結させるごとに、彼女は体の中から力が磨り減っていくのを感じた。
とはいえ、三人は各々善戦した。数分もすれば、中庭には十を超える魔物の骸が積み上がっていた。
「…お、終わり…ましたか」
近くの花壇にもたれかかり、荒い呼吸を繰り返していた雪希が誰に尋ねるでもなく言った。
「多分、ね。本当、勘弁してほしいよ」桜倉は、大の字で寝転ぶルーナを一瞥すると、気遣わしげな視線を雪希へと投げる。「雪希、大丈夫?苦しそうだけど」
「大丈夫、と言いたいところですが…こんなふうに、命がけで魔法を連発したのは初めてで…。とてもではありませんが、動けそうにありません」
「そっか」
「ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません…」
魔物の半分を負担し、仕留め損なうことも、傷を負うこともなく成し遂げたというのに、どこまでも雪希は謙虚だ。
いや、謙虚というのは違うかもしれない。きっと雪希にはあるのだ。四大令嬢として、恵まれた魔力の才が自らに宿っているという自負が。だからこそ、『自分がやって然るべき』という考えがあるのだろう。
(それも、ある種の傲慢だ)
ブリザやスプラートに見えたものとよく似ている。違いがあるとすれば、自覚があるかどうかだろう。
(自分は他人とは違う、という…潜在的な差別意識――は、さすがに言い過ぎかな…)
桜倉は、形容し難い感情を胸に雪希へと近づくと、『謝る必要なんかないよ』と明るく雪希を励まそうとした。
その瞬間、雪希が背にしていた花壇の土があっという間に盛り上がり、地中で爆発でも起きたみたいに泥土を跳ね上げて、また例の魔物が現れた。しかも、一匹だけではない。一つの花壇の中から、四、五匹まとめて現れたのだ。
悲鳴を上げるでもなく、雪希は頭上で自分を見下ろす魔物を凝視した。何か考えがあっての行動ではない、驚きのあまり体が反応していないのだ。
――魔力を消費している今、魔法障壁がどれだけ効果的に発動するかも怪しい。
「スノウっ!」
反射的に、雪希の本当の名前を口にする。
鞘に納めかけていた長剣を担ぎ、全速力で駆ける。
躊躇も、恐怖も、桜倉の頭にはなかった。ただ、間に合うかどうか、それだけでいっぱいだった。
雪希の頭上に鋭い棘のような蔦が放たれる。それが今にも貫かんというタイミングで、桜倉の長剣がそれを弾く。
「くっ!」
一撃を防いだところで、周囲の別個体たちから怒涛の勢いで放たれる攻撃は止めようがない。しかし、身を固くしてしまっている雪希が足元にいる以上、逃げ出すこともできなかった。
とっさに姿勢を低くして、雪希の上に覆い被さる。一応、剣を蓋のようにして急所は守っているが、隙間を縫って背中や肩に突き刺さる攻撃に苦悶の声が勝手に口から飛び出る。
「ぐっ、こ、こんのぉ…!」
ルーナが飛び上がり、迅雷のように駆け出しているのが見える。だが、それより速く、次の攻撃の波がやってくる。
剣を持つ手から力が抜けそうだった。だが、今剣を手放してしまえば、間違いなく首や頭といった急所に攻撃をもらう。そうなれば、致命傷だ。
万事休す。ならばせめて、一か八かに賭けて一閃振り払おう。
そう考えて上体を起こそうとした桜倉の頭上で、魔物の甲高い悲鳴が轟いた。
何が起こったのだろう、と体を起こす。すると、一番近くにいた魔物の頭部に、白い羽が付いた矢が突き刺さっているのが見えた。
そして、続けざまに二発、どこからか同じ魔物に矢が放たれる。
「射撃…!?」
だが、安心したのも束の間、同胞の死を何とも思わないらしい魔物が、再び桜倉とその下の雪希に鋭い蔦を差し向けてきた。
「桜倉っ!」あわや直撃、というところで、救援に駆けつけたルーナの援護が間に合い、相手の攻撃は太刀の腹で弾かれる。
頼りがいのある仲間の姿に、思わず頬が綻びかけたそのとき、三人の後方から鋭い怒鳴り声が響いてきた。
「ちょっと人間!ぼさっとしてんじゃないわよ!そのデカブツは飾りなの!?」
その叱咤に、桜倉はハッとする。
(――そうだ、敵を前にして何を油断しているんだ。まだ、勝負は終わっていない)
長剣を握る手に魔力を込める。今度はゆっくり過ぎずとも、きちんと注ぎ込むことができた。
切っ先を一度地面のほうに振り下ろしてから、大きく仰け反るように振りかぶる。土と擦れて舞い上がる緋色の火の粉は、初めの頃に比べ、少し量が増えている気がした。
隙の多い技だとは分かっていたが、それは目の前のルーナがフォローしてくれると信じていた。実際に彼女は、桜倉を守るように太刀を操り、攻撃を防いだ。
「でやああぁっ!」
気迫のこもった気合の後、長剣を思い切り魔物へと振り下ろす。
その苛烈な剣閃は、まだ動いていた三匹の魔物をまとめて両断し、その切り口からほんの少しだが緋色の炎を瞬かせた。
今度こそ、敵は完全に沈黙した。土の中から現れる様子も、今のところ見られない。
安心したせいで、ガクン、と膝から力が抜ける。その拍子に、呆然として青い顔をしている雪希の隣に腰から座り込んでしまう。
「はぁー…雪希、無事?」
「あ、え、はい…」
「じゃあ、よかった。ってか、痛ったぁ…背中、穴が空いたんじゃないのぉ、これ」
「ふ――桜倉、すみません、わ、私、とっさのことで固まってしまって…!」
慌てて寄って来る雪希に、軽く肩を竦めてみせる。
「いいんだよ、雪希は戦闘経験が少ないんだから、そうならないほうがおかしいんだから」
雪希は納得していない様子だが、内心、桜倉はご満悦だった。
その気持ちを口にする前に、お礼を言うべき相手が他にいることを思い出した桜倉は、顔と上体を少しだけ後ろに逸らして、下から見上げるような姿勢で自分の窮地を救ってくれた相手二人を見つめた。
「確かに私たち、良いコンビだね。ルーナ」
「お!そうでしょ、そうでしょ?『剛』の桜倉と、『柔』の私で良いコンビだよね!」
なるほど、『柔剛』で表すか、と得心しつつ、桜倉はもう一人のほうへと顔を向ける。
「そっちも、本当にありがとうね。おかげで、折角貰った服が穴だらけにならなくて済んだ」
桜倉の真っ直ぐな視線を受けたその人は、ぷいっ、と顔を背けたが、ややあって、顔を赤くしながら言葉を返した。
「や、やっぱり、人間って礼儀も知らないのね。――『そっち』じゃなくて、ちゃんとアネモス様って呼びなさいよ…馬鹿」
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