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雪桜の華冠  作者: null
二部 一章 古城と青い瞳

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古城と青い瞳.3

 古城への道のりは、極彩色でおどろおどろしい樹木、花、木の実や茸類で埋め尽くされていた。


 古城に近づくにつれてその傾向は強まっていく。


 それは、深い穴に潜っていくことにどこか似ている。底に近付くほど、闇が濃くなることに…。


 視界に映る色は騒々しいのに、生き物の気配はほとんどない。腐臭を放つ巨大な花、その花弁に刻み込まれる紫色の斑模様に、雪希は死を連想する。


 まともな場所ではない。生きる者ならそれが理屈抜きで直感できてしまう場所だ。実際、桜倉やルーナも周囲を警戒して目を光らせている。


 そうしているうちに、茂みのほうから葉がこすれ、枯れ木が折れる音が響いた。大きな音ではなかったが、この静まり返った場所では酷く大きなものに感じられた。


 身構えた三人の正面に、例の花の魔物が現れた。枯れ木を束ねたような体に、色とりどりの花が咲いている。


「何回見ても気味が悪いね、全く…!」


 背中から素早く長剣を引き抜いた桜倉が、すっと、ルーナに目配せする。それに頷きで応えた彼女は、二刀を鮮やかに抜いた。


 独特の鞘滑りの音が、樹木の天蓋を越えて天に届く。


 いつからか、彼女らはアイコンタクトで連携を図れるようになっていた。もちろん、声かけも欠かさないが、阿吽の呼吸とも呼べる滑らかな動きを見せることが時折あった。


 桜倉が敵に向かって袈裟斬りに躍りかかる横を抜けて、ルーナが影の如く背後に回る。


 見た目以上の硬さがあるのか、魔物に振り下ろされた重い長剣の刃は、相手を断つことなく留まった。


 ギリギリ、とロープが締まるような音が聞こえる。魔物が上げる悲鳴にも似た声と相まって、とても不愉快だった。


 動きを止めた魔物が、ぶらぶらと垂れ下がった細腕の先端を桜倉に向けた。だが、彼女はそれを受けても不安そうな様子はない。当然だ、桜倉の役目はすでに果たされている。


「それっ!」


 背後に回っていたルーナが、素早く相手の後頭部に刀の切っ先を突き立てた。絶命には及ばなかったが、流れるように続けて振り払われた桜倉の剣閃が、魔物の首をはねる。


 吊っていた糸が切られたふうに、魔物は崩れ落ちる。末期の痙攣が収まると、血(緑色だが)を刃から拭ったルーナが、桜倉に抱き着くように飛びついた。


「あはは!すっかり良いコンビだね、私たち!」

「まぁ、この一ヵ月くらい、二人で戦ってるからね。自然と息も合うよ」


 やんわりとルーナの体を離す桜倉。


「やっぱり?桜倉もそう思う?」

「うん、そりゃあ」


 もう少し怒ってくれとか、迷惑そうにしてほしいとか、思うところは色々あったが、一番大きな気持ちはそれじゃなかった。


(…面白くないわ)


 魔法が使えない一方、剣術に打ち込んできた桜倉。彼女が同じく剣術を嗜むルーナと意気投合するのは仕方がないことなのかもしれない。しかしながら、許嫁がそばにいるのに他の女とベタベタするのはいかがなものか。


 桜倉と誰よりも息が合う者がいるとすれば、それは本来、『私』でなければならない。


「…お二人とも、お疲れ様でした」

「あ、大丈夫だった?」

「…ええ」


 雪希は、ついでのように心配してきた桜倉を軽く流し、先頭を歩いた。


「雪希ってば、何かご機嫌斜めじゃない?」

「うん…どうしたんだろ」

「さぁ?分かんない」


 後ろで交わされる会話も不愉快だ。


(どうしたんだろ、ではないでしょう…。私というものがありながら、あんなお調子者と…!)


 そうして目くじらを立てた雪希だったが、振り返って見た桜倉のしょげた顔にその気も失せた。


(駄目ね…。桜倉に、あんな顔をさせたいのではないわ)


 しばらく歩き続けていると、人間の目でもはっきりと古城が見えた。貰った地図のおかげで、最短ルートを進めたようだ。


「うわぁ、大きいねぇ」とルーナが城を見上げる。


 城は古臭い石壁で囲まれていた。苔生した石壁沿いに歩けば、錆びた銅の城門が見えてくる。


「…誰もいないね」


 桜倉が言った通り、城門に番兵はいなかった。門の両脇に建てられた石の見張り台にも、人の気配はない。


「随分と不用心ですが…本当にここが、ヴェルデ嬢の居城…?」

「そのはずだよ。ま、エルフが嘘を吐いてなかったら、だけどね」


「ルーナ、やめなよ」


 いつまでも集会所の一件を根に持つルーナの発言を桜倉が咎める。そんななか、改めて、雪希は建物を観察した。


(…想像していたよりも古いわ。何のために建てられたのかは定かではないけれど…、相当昔のものね。今の時代に戦争で使おうものなら、下手をすれば大魔法の衝撃で崩れてしまいそう)


 その後、三人でぐるりと周囲を見て回ったのだが、どこも同じ石壁。番兵の影一つなければ、入れる隙間もなく、反対側にも同じ錆びた城門があるだけだった。


「本当に兵隊はいないみたいだけど…。さて、どうやって入ろうかな…」最初の地点に戻った桜倉が、顎に手を当ててぼやく。「ルーナ、さすがにこの壁は登れないよね?」


「ぷっ、何?桜倉ってば、私のことお猿だとでも思ってるの?登れるわけがないじゃん」

「…うるさいな、聞いただけだよ」


 幸せそうに笑うルーナと、何だかんだ素に近いであろう表情を見せている桜倉。二人を見ていると、やはりイライラした。


 雪希は彼女らを視界の隅に追いやるように城門に近づくと、そっと表面に触れた。


(見た目の大きさに対し、中身は空っぽそう。これなら…)


 ぱらぱらと剥がれ落ちる赤錆を指先から払い、雪希はゆっくりと後ろも見ずに後退する。振り返れば、未だに小言を言い合っている二人が見えてしまうからだ。


「少し、離れていて下さい」


 右手を扉に向けて真っ直ぐかざし、息を大きく吸う。


 体内に流れる。冷たく、鮮烈な力に意識を傾ける。


(…大丈夫、やれるはず)


 初めは、薄ぼんやりとした感覚だった。寝起きに力が入らない、あの感覚に近い。


 だが、失われていた力はすでに取り戻している――いや、違う。失ってなどいなかったのだ。


 ずっと、死の閃光と後悔が蓋をしていただけだ。


 あのとき開いた蓋の取手に、もう一度、手を伸ばす。


「…っ!」


 堰き止めていた激流が解き放たれたように、体の隅々にまで魔力が満ちていく。


 四元素を司る、水の力。その枝葉の先にある、氷の魔力。


 息を止める。


 止めた息が凍りつくようなイメージを、指先から放つ。それに伴って、現実でも白くキラキラした霧のようなものが放たれた。


 霧は、風に流されるみたいに自然な動きで扉へと触れた。すると、瞬く間に城門は凍りつき、寸秒後には、大きな音を立てて粉々に崩れ落ちてしまった。


「うわっ…すごぉい」


 目を丸くしているのはルーナだけではない。雪希の魔法を初めて目の当たりにした桜倉は、ルーナ以上に驚愕し、絶句していた。


 言葉もなく自分を見つめてくる桜倉の瞳が、揺れていた。


 ルーナが見せたような感激でも、かつてブリザが雪希に向けていた嫉妬や羨望の眼差しでもない。


 それは、失望だった。虚無的な鐘の音が、桜倉の胸で鳴っていた。


 だが、それに気づくよしもない雪希は、二人の視線を受けると安心したように吐息を漏らし、「行きましょう」とだけ呟いた。



 城門の向こう側へと悠々と歩く雪希の後ろ姿に、桜倉は釈然としないものを感じていた。


 足元には、粉々になった門の破片が散らばっている。こんな真似は自分には逆立ちしたってできそうにない。


「ね、言った通りでしょ?ぴきぴきぱりーん、って」

「…うん、そうだね」


 呑気に笑うルーナを見て、彼女にはきっと一生分からない気持ちなのだろうな、と桜倉は表情も変えずに思った。


 絶大な魔力だ。自分が想像していたより、遥かに…。


 これが、四大貴族の中でも才能に恵まれたとされる雪希――スノウ・リアズールの力。


 勝手に感じていたシンパシーが、段々と陰っていくのを感じた桜倉は、それを振り切るべく、雪希に続いて城内へと足を踏み入れた。


 中の静けさは、森の中に似ていた。


 生命の脈動を感じられない。石壁に囲まれているのだから、当然なのかもしれないが…。


「ヴェルデ嬢、本当にいるのかな、これ」


 桜倉は、上へと続く螺旋階段を上がりながら雪希に問いかける。


「…どうなのでしょう」

「ところで、雪希はヴェルデ嬢たちについて何か知ってる?私、領地的に一番離れてるから、何も知らないんだよね」


 桜倉は少しだけ嘘を吐いた。知らないのは距離の問題ではない。出来損ないではない四大貴族令嬢のことなど知りたくなくて、情報を遠ざけていただけだ。


「いえ、私も特には。ただ、ヴェルデ家の子どもは、女が生まれてくるときは必ず双子なのだと聞いたことはあります。本当かどうかは知りませんが」


「必ずぅ?」素っ頓狂な声を出したのはルーナだ。下から見上げてくるルーナの顔は、とてもあどけなく愛らしい。「何それ、呪われてるの?」


「ふ、そうかもしれませんね」雪希は、失笑と共にルーナの言葉を受け流した。


 人気のない城内を進んでいるうちに、一向は広い中庭に辿り着いた。


「これって…」ぴたり、と彼女らは足を止めた。


 桜倉たちの視線の先にあったのは、背の低い石壁にところ狭しと咲き乱れる、極彩色の花々。


 彼女らは、その花に見覚えがあった。


 桜倉は、咲いている花に近付くと怪訝そうに言葉を足した。


「間違いないよ。この花、森の中に生えてた花と同じだ。こんなところにも咲いてるなんて…」

「本当だね」とあまり興味がなさそうに応じるルーナに、雪希が思案気な表情で問いかける。


「ルーナ、貴方の言うところによると、森に自生しているものではなさそうなんですよね」

「あ、またルーナって呼んでくれた」


 ルーナは、童女みたいに笑う。


「質問に答えて下さい。この花は、貴方が以前にエルフの森を訪れたときは咲いていなかった。間違いないですね?」

「そうだよぉ」


 淡白な物言いに動じることもなく、ルーナは肯定した。


「…だとしたら、なぜこの場所にこの花が…」


 雪希は、何かを考え込むみたいに俯いた。思慮深い面持ちのために設えたような白い頬が、陽の光でぼんやりと浮き上がるのが、芸術品みたいだと思った。


 三人が中庭の花の周りに集まっていると、突然、頭上から鈴が鳴るような笑い声が響いてきた。


 初めは鳥の鳴き声か何かかと思ったが、続いて聞こえてきた高い声にそうではないのだと気付かされ、桜倉たちは顔を上げた。


「あれれ?お客様だよ、エリア」

「そうみたいね、ローレル。でも、私たち、お客様なんて呼んだかしら?」


 そこにいたには、左右対称にしたみたいな姿の二人だった。


 髪色はつむじから毛先にかけて、黄緑から淡黄色へと変わるグラーデションを描き、瞳は右と左で黄緑と淡黄色。口元に描き出された、本能的にぞっとするような三日月までそっくりだ。唯一違うとすれば、右と左で垂らす方向が分かれたサイドテールぐらいだろうか。


「こいつら…!」


 古城のバルコニーからこちらを見下ろす二人の姿を捉えると、桜倉は素早く長剣の柄に手を伸ばした。


 彼女らは互いに『エリア』と『ローレル』と呼んだ。間違いない。エルフたちを苦しめる双子のヴェルデ令嬢、その本人たちだ。


「うぅん、呼んでないよ。エリア」

「そうよね、ローレル」


 くすくすと笑う双子の少女たち。鏡写しにした二人は、何がおかしいのか三人を見下ろし、しきりに体を揺すっている。


「ふふ、なら、どうして彼女らはここにいるのかしら?」

「分かった!きっと、私たちと遊びに来たんじゃないかな?同じくらいの女の子だもの、友だちになりたんだわ」

「まぁ、嬉しい。でも――」


 エリアはそこで言葉を区切ると、細めた目の奥に妖しい光を煌めかせた。


「私は今、素敵な人の相手で死ぬほど忙しいのよ」


 素敵な人、という言葉に胸がざわつく。アネモスやカズーラが言ったように、彼女らの長であるオークウッドがここに来ているのであれば…。


「エリア・ヴェルデ、そして、ローレル・ヴェルデ!」桜倉は凛とした声音で、彼女らの名を口にした。「…で、合ってるよね?アンタたちに、聞きたいことがある!」


 天空を真っ直ぐ駆ける桜倉の声に、二人は顔を見合わせて小首を傾げた。とても愛らしい仕草だったが、それでは誤魔化しきれない邪悪さを彼女らはまとっていた。


「最近、ここにエルフ族の代表者である、オークウッドという人が尋ねてきたはずだ!もしも、彼女がまだここにいるのなら、会わせてほしい。話さなくちゃいけないことがあるんだ」

「…オークウッド様は、貴方の相手をしている暇なんかないわ」


 途端に抑揚のない口調になったエリアが言う。それを聞いて、桜倉は雪希やルーナと視線を交わした。ビンゴだ、と誰もが心の中で思った。


「やっぱり来たんだな、頼む、会わせてくれ!大事な用があるんだ」

「大事な用?」


 そう呟いたエリアの手を、ローレルが遠慮がちに握る。だが、エリアはその手を容易く払うと、一歩前に出て、バルコニーの手すりを握った。


「私とお話すること以上に大事な用なんて、あるわけがないじゃないの」

「何…!?」


 エリアは、天を仰ぐようにして両手を広げると、劇場で詩を唄うように言葉を連ねる。


「そう、そうよ!あの方の、美しい金糸、白い肌、怜悧な青い瞳、神々しい女神さながらの口調と体、そして、金糸雀が鳴くような声を絞る真っ赤な唇!あぁ、甘美な時間だわ!言葉を交わすことが、体を重ねる以上の意味を持つことをあの方は私に教えてくれた!」


 上気した頬、恍惚とした瞳、荒い息遣い。どこからどう見ても、エリアは興奮している。それもまともな様子ではない。


「…異常者ですね。お姉様を思い出します」


 たいして時間をかけずとも伝わってきたエリアの異常さに、桜倉と雪希は顔を歪める。


 ルーナだけが、「うぅん、分かるような、分からないような…」と呑気に唸っていた。


「…その一片の価値も分からない貴方に――あの方は渡さないわ」


 その瞳に宿っているのは、明確な敵意だ。覗き込めば、自ずと身構えてしまうほどの。


「どうやら、仲良くする気は初めからないらしいね」


 ぼやきながら、桜倉は長剣の柄を握る。


「エリア…私も」

「ええ」


 こちらを見下ろすエリアの隣に、ゆっくりとローレルも近づいてくる。ローレルは遠慮がちにもう一度エリアの手を掴んだが、今回は跳ね除けられなかった。むしろ、握り返してもらっている。


「そういうわけだから、私たち、貴方たちと遊んであげることはできないよ」


 ご満悦な様子のローレルは、繋いだ手からエリアの狂気が伝染したかのように恍惚な笑みを浮かべていた。

みなさん、お疲れさまです。


みなさんのちょっとした楽しみになれればと、執筆しておりますが、


一ミリくらいはそうなれているでしょうか?


何はともあれ、ご覧になって頂きありがとうございました!

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