古城と青い瞳.1
こちらより一章開始です。
不定期的ではありますが、最低でも週に1回は更新致しますので、よろしくお願い致します!
そのうち、エルフの若者が三人を呼びに来た。東堂の要請への返事を、今日の正午、行うことになっていたのだ。
彼らエルフ族の返答次第で、この旅路の意味や価値が大きく変わる。首を横に振られれば、おめおめとリアズールに戻るしかないし、頷かれれば、早速今後のことについて話し合い、必要であればヴェルデ爵と対峙することになるかもしれない。
獣人たちが蔑ろにされて、雪希が打ちのめされているのを見たとき、絶対にこんな世の中変えてやると思ったものだが…。
ルーナが、集会が行われている会場の扉に手をかけるのを横目に、雪希のほうを見やる。彼女も緊張した面持ちだが、毅然とした様子を崩すことはなかった。
(雪希、か。世界を変える前に、スノウのほうが変わっちゃったな…)
当然といえば当然なのだろうか、と考えているうちに、集会所に着いた。中はエルフだらけだったが、みんな一様に鋭い目つきをしてこちらを睨んでおり、未だ警戒心は薄れていないことが窺えた。
「アネモス様、お越しになりました」しゃがれた声が聞こえる。声の主は、自分の治療をしてくれたカズーラとかいう老人のものだった。
エルフの様子から察するに、カズーラも医者として相応の地位を持つ者らしかった。そんな彼が恭しく名前を呼んだことから察するに、そのアネモスとやらが、このエルフの里のリーダーなのだろう。
「やっとなの?全く、いつまでお客様気分なのかしら」
髭面の老人を想像していた桜倉は、聞こえてきた声があまりに若々しく、高飛車だったことに驚いた。しかし、人垣をかき分けて現れたアネモスの姿を見て、もっと驚かされることとなった。
アネモスは、自分たちと同世代の容姿をしたエルフだった。金色の髪を二つに束ね、青い瞳をした彼女は気品漂う顔つきをしていた。だが、傲慢さもはっきりと浮かんでいた。
胸元が開かれ、へそ辺りの布がない。腰に巻いているパレオも含め、白い肌を惜しみなく見せつけるような服装だった。自分が同じ服装をさせられたら、恥ずかしくて外を出歩けなくなるだろう。
アネモスは三人の前に腕を組んで偉そうに立つと、大仰に咳払いをしてから口を開いた。
「私は、アネモス・アドリード。この気高きエルフの集まりし里の――」
「あー!君、私を撃ち殺そうとした美少女!」言葉を遮られ不愉快そうな面持ちをしたアネモスも無視して、ルーナは続ける。「君が里の長なの?とてもそうは見えないんだけど」
「どういう意味よ!」
だん、と地面を踏み鳴らしたアネモスは、周囲から寄せられた視線に気づくと、鼻を鳴らして気を取り直した。
「ふ、ふん…。獣人なんかには分からない問題があるのよ」
桜倉と雪希は互いに顔を見合わせると、どちらからともなく頷き合い、一歩前に出た。アネモスもそれに気づくと、顎を上げて二人を見下ろした。
「それで、書簡への返事は…?」
「ちょっと、名前くらい名乗りなさいよ。私が名乗ってあげたのよ?」
何だ、その言い分はと内心で眉をひそめながら、大人しく桜倉は名乗る。
「私はふ――じゃなくて、桜倉。桜倉です。そして、こちらが雪希。あっちの無礼な奴がルーナです」
「はいはい、ルーナです!」と無邪気に手を振るルーナ。一方、雪希は淑女らしく軽く頭を下げ、服や怪我のことについて改めてお礼を口にしていた。
雪希が多少なりと丁寧に敬意を示す態度を取ったためか、アネモスも満更でもない表情に変わっていた。ただ、すぐにルーナの奔放さを無視できず、呆れるようなやり取りに戻ってしまった。
「ねえねえ、二人の服はアネモスの趣味?」
「はぁ!?何を呼び捨てにしてんのよ!アネモス『様』でしょうが!」
「えー?どうして?」
「どうしてって、私は里長の娘なのよ。とにかく、偉いの!」
「偉い人の娘だと偉くなるの?不思議な規則で生きてるんだね、エルフって」
「うっ…」
空気を読まないルーナの返し。時折炸裂する、『正論ぶっぱ砲』だ。
アネモスは痛いところを突かれたらしく、しばらく焦った様子で視線を右往左往させていた。そのうち、自分の周囲にいるエルフたちに向かって助けを求めるふうに言う。
「み、みんなも何とか言いなさいよ!」
だが、エルフたちは互いに顔を見合わせ、困った感じで眉を曲げるだけだった。
「何よ、もう…」俯くエルフの少女の横顔に、王族の強かさはない。
どうやら、エルフ族の中にも複雑な問題が存在しているらしい。消沈したアネモスがどこか哀れにも思えるが、今は他所の問題にまで首を突っ込む余裕はない。
「では、アネモス様。お返事をお聞かせ下さいますか?」桜倉の代わりに雪希がもう一度尋ねた。
すると、アネモスは言いづらそうに顔を背け、「あぁ…」だの「いや、その…」だの言い始めた。
「何か、答えられない理由があるのですね」
「そんなことは、ないけど…」
「では、お返事を」
追い詰めるように雪希が早口で告げる。それでいよいよ逃げ場を失ったアネモスは、助け舟を求めてカズーラのほうを一瞥した。
カズーラは、これ見よがしにため息を吐いた。何に対してのものかは、しゅんと瞳を伏せたアネモスの様子を見れば一目瞭然だった。
一歩前に出たカズーラは、三人の顔を順に観察してから、雪希のほうへと視線を向けた。
「その要請については、アネモス様に判断を下す権利はないのだ」
「え?」と三人は声を揃えて驚きを露わにした。「何で?アネモスがこの里の代表ってわけじゃないの?」
カズーラはルーナが主を呼び捨てにしても何も気にかけることはなく、淡々と言葉を続けた。
「いや、アネモス様は里長であるオークウッド様の娘だから代理で仕切ってもらっているというだけで、一族の今後を決めるような権利は持ち合わせておらん。――だから、お主らが持ってきた書簡の返事は、現在やりようがないということなのだ」
自身の出自を鼻にかけただけか、とアネモスのほうを見やれば、彼女はバツが悪そうに、しかし、酷く落ち込んだように片腕を抱いて俯いていた。
もしかすると、アネモスも何か事情があってあのような態度を取っているのかもしれない。
「えぇ?じゃあ意味ないじゃん。君、どうして出てきたの?」相変わらず、無邪気に人を傷つける発言をしたルーナを、アネモスが咎めるより先に桜倉が、「黙って」と叱りつける。ルーナは面白くなさそうに手を頭の後ろで組むと、一応口を閉ざした。
「その里長は、どちらにおいでなのですか?」雪希の問いかけに、カズーラは口をへの字に曲げる。「ここにはおらん」
「では、どちらに?」
カズーラはアネモスのほうを一度振り返ると、許可を求めているふうに首をわずかに傾けた。アネモスはそれを見ても反応せず、ただ俯き、目を細めるばかりだ。おそらく、違うことを考えているのだろう。
「オークウッド様は…」ため息と共にカズーラは窓のほうへと移動した。そして、皺だらけの手で戸を開けた。「あそこにおる」
カズーラが指差す先は、鬱蒼とした森だった。森に入ったまま帰って来ないということだろうか、と小首を傾げていると、不意にルーナが高い声を発した。
「へぇ、だいぶ古い建物だね」
「え、ルーナには何か見えるの?」
「うん。あ、そっか、人間には見えないのかな?」
そう言うと、ルーナは森の奥のほうに石造りの古い城のようなものがあることを教えてくれた。
どうやら、オークウッドはその古城を訪れているらしい。
「それで、オークウッド様は何の用があってあんな遠くに出かけているの?」
「話せば長くなるが…」カズーラは白い眉毛を曲げて、エルフとヴェルデ家の経緯を語った。
カズーラの話をまとめると、このようになる。
元々エルフとヴェルデ爵らの間には不可侵条約が結ばれており、四大貴族が治める土地としては、比較的良好な異種族間関係を保てていたそうだ。
その理由としては、ヴェルデ家の現当主、並びに先代当主は容姿端麗なエルフ族をいたく気に入っており、彼らを差別し、追い詰めるなどもってのほかだという考えの持ち主だったことが大きい。
もちろん、ヴェルデ爵がお忍びでエルフの里を訪れることもあったようだ。そうして、男女問わず数名のエルフを囲っていたらしいが、彼らが乱暴な扱いを受けるということはなく、きちんと約束の日には里に帰って来ていたようである。
つまり、ヴェルデ爵はエルフらと良好な関係を見事築いていたのだ。もちろん、支配者と被支配者に近い縮図ではあるものの、焼き殺されたり、食されたりするよりかは遥かにマシだったろう。
しかし、その均衡は六年ほど前に崩れた。
原因は二つ。一つは、ヴェルデ爵が病に伏せったこと。そしてもう一つは、病床のヴェルデ爵に代わって権力者となった者が、傲慢で狂気的な、ただの支配者であったことだ。
「強制連行…?」咲良はカズーラが口にした、支配の権化のような単語を繰り返した。「そうだ。ヴェルデ爵の双子の娘、エリアとローレルがあの古城へと連れ去ったのだ」
四大貴族ヴェルデ家の令嬢だ、と桜倉は無意識のうちにコートの裾を握る。ルーナも、「四大だ」と小さく呟いた。
「何のために」
「知らないわよ」
桜倉の問いに答えたのは、カズーラではなかった。いつの間にか桜倉たちのそばに立っていた、アネモスであった。
アネモスはとても美しい金髪をしていた。それを二つ結びにしており、実際の年齢より幼い印象を受けた。
「知らない?君、エルフの中でも偉いんでしょ?」
アネモスはルーナの軽い調子の質問に、そのサファイアのような瞳に屈辱と憤りを滲ませて応じた。
「しょうがないでしょ!誰も帰って来ないんだからっ!」
叩きつけるような怒声に、しん、と周囲が静まり返った。肩を震わせて自分を睨む姿に、さすがのルーナも、「ごめん」と真剣に謝った。
「誰も帰って来ない、というのはどういうことですか?」抑揚の無い声で雪希が尋ねづらいことを尋ねる。
アネモスはふいっ、と顔を背けると、古城が見える窓へドスドスと足音を鳴らし近づき、背を向けた。
そんな彼女の代わりに、カズーラが答える。
「言葉通りだ。あの悪魔たちは、時折里へとやって来ると、生贄が必要だとか言って同胞をさらう。まともな理由は口にせん。ただ、不気味な笑みだけを残してみんなを連れて行く」
「そんな、滅茶苦茶な…」
「滅茶苦茶であっても、その理不尽を押し通すのが本来の四大貴族—―ヴェルデ家の姿だ。現当主、そして先代が特別だったのだ」
今まで上手くやっていた相手から突然振り下ろされた理不尽は、彼らにとってどれだけの恐怖と混乱をもたらしただろうか。想像しただけで、桜倉は胸が苦しくなった。
ここでも、ヴェルメリオ領と同じことが起きている。ホビットを焼いた火焔が、ここにもあるのだ。
自分や雪希と同じ立場でありながら、全く違う道を歩んでいる四大令嬢。カズーラが語っていることが真実であれば、シェイムやブリザによっぽど近い。
「それを止めに、オークウッドさんは古城に向かったのですね」
雪希がそう結論づければ、カズーラを含めた多くのエルフが頷いた。
「つまり、その問題を解決しなければ、エンバーズへの協力など望めない…」
雪希は顎に指を添えて目を細めた。深く思案している様子だ。きっと、今の彼女は『世界を変えるために何が効率的か』を考えているのだろう。
ややあって、雪希がこちらを見やった。冷たいが美しい眼差しだ。目的のために邁進する、精神的な強さがみなぎっている。
言葉がなくとも、彼女の瞳が桜倉に『どうしますか?』と問いかけていた。ここを委ねてくるのは、相変わらず自分に何かを期待しすぎているような気がした。
だが、自分が出せる答えは、どのみちそう多くない。
やるか、やらないか――二つに一つだ。
桜倉は雪希に頷き返すと、同じようにエルフたちへも頷いて、最後に背を向けたアネモスに対して声をかけた。
「私たちに、何か手伝えることはないかな?」その言葉に周囲がざわめく。怯んではならない、と桜倉は言葉を紡ぐ。「こういうのが許せなくて、私はここまで来たんだ。だから、できることがあるなら遠慮なく言ってほしい」
ざわざわと言葉が飛び交う中、雪希と目が合った。彼女は少し前に戻ったみたいに、熱っぽい視線を桜倉に送ってきていた。
――…それでこそ、フルール様です。
そんな言葉が聞こえてきそうなほど真っすぐ見つめられて、桜倉は顔を逸らした。
「エルフ族の問題に、どうして人間のアンタが出て来るのよ。関係ないじゃない」
ざわめきの中、いつの間にか体の向きを変えていたアネモスが、強い口調で言った。
「でも、人間だって絡んでる。それに、この問題はエルフだの人間だのって言ってたら、解決できない難題なんじゃないかな」
「ちっ、余計なお世話よ!」
舌打ちしたアネモスは、腕を組んで窓枠にもたれかかった。大胆に開いた胸元が両腕に押し上げられており、とても蠱惑的だった。
「自分たちの問題くらい、自分たちで解決してみせるわ」
異種族には冷淡で排他的、そして、容姿端麗。なるほど、確かに噂通りだ。だが、これでは話が前に進まない。エンバーズにとっても、きっとエルフにとっても。
「ふぅん」不意に、ルーナが声を発した。
両手を頭の後ろにやった彼女は、周囲の視線が集中することも恐れずに、のんびりとした足取りでアネモスの正面にまで移動した。
「な、何よ」
警戒心全開のアネモスの瞳を一瞥すると、ルーナは窓の外の古城を、目を凝らして見つめた。
「で、君はこんなところで何をしてるの?」
「はぁ?」
アネモスと同じ窓枠に並ぶようにして立ったルーナ。アネモスを見やった彼女の口元は綻んでいたが、その赤みがかった瞳は笑っていない。
「解決するんでしょ?自分たちだけで」ルーナが言わんとしていることを敏感に察したアネモスは、一気に顔を赤くして目元を吊り上げた。「こんなところにいても、あんな遠くに連れ去られた人は助けられないんじゃない?」
「分かってるわよ、そんなこと。だから、わざわざこちらから出向いて――」
「うん、君のお母さんがね」
初めは、いつもと同じでルーナが空気も読めずに挑発的な発言を重ねているのかと思った。だが、どうやら今回は違うようだ。
止めるべきか、否かを悩んでいる間に、話はどんどん進んでいく。
「これだけ数がいて、一人しか助けに行ってないんでしょ?それって、変じゃないかな?」
「み、みんなにはみんなの仕事があるの。お母様がいない間、私がみんなのまとめ役をやらなきゃいけないようにね」
「それって、言い訳だよね。—―たった一人だけが『みんな』のために、家族のために勇気を出した。…ただ、それだけでしょ?」
冷ややかに告げられた言葉に、アネモスは体を震わせる。が、震わせるだけだ。ルーナに反論することもできず、飛び掛かることもできない。
「エルフってさ、もっと身内には優しいんだと思ってた。その分、周りには冷たいのかなって。でも、違ったね」
周りのエルフを睥睨してみせたルーナは、珍しく冷えた、侮蔑するような負の感情を瞳に煌めかせると、首を左右に振りながら桜倉たちのほうへと戻って来た。
「行こ、桜倉、雪希」
「あ、ちょっと待ってよ、ルーナ!」二人の名前を呼んで、そのまま外に出ようとするルーナを慌てて呼び止める。「行くって…どこに?」
「藍さんたちのところ。これ以上、ここにいても意味ないでしょ」
「いや、でも、東堂さんたちはエルフに協力してもらいたくて、私たちを派遣したんだよ?だったら――」
「協力?そんな必要ないって」さっと言葉を遮ったルーナは、珍しくぴりついた表情で続ける。「臆病者は、エンバーズにいらない」
一線を踏み越えた、と桜倉は思った。雪希もため息を吐いて先に外へと出てしまった。
これだけ侮辱してしまっては、協力なんて見込めない。これだけ遠くに来たのに、無駄足になってしまう。
追い出されるのではないだろうか、とおそるおそるエルフたちのほうを振り返れば、意外なことに、多くのものが俯いていた。アネモスも例外ではなく、憤りや屈辱に顔を紅潮させてはいるが、何も言わず、ルーナを睨みつけるだけだ。
なるほど、彼らも思うところはあるというわけだ。
ルーナが扉の取手に手をかけたとき、後ろからか細い、高い声が聞こえてきた。
「私だって…い、一生懸命…」
振り返れば、アネモスが唇を震わせているのが見えた。
桜倉には、その様子と言葉を聞いて、どうにも彼女が他人のように思えなくなった。
(私も魔法が使えないこととか、剣術のことを馬鹿にされたときは…ずっとあんなふうに独りで落ち込んでたな…)
自分たちが生きている社会において、想像している以上に努力の女神は相好を崩さない。それを知らない者は、何かに打ち込むような努力をしていない者か、よほど幸運な者だ。
アネモスからは自分と同じ匂いがしていた。どうにもならない現実にもがき苦しんでいる者の匂いだ。
それをルーナが知らないかどうかは分からない。ただ、彼女は想像以上の冷徹さをもって最後にアネモスへと言葉を残した。
「家族のために命もかけられない奴が、『一生懸命』なんて言うな」
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