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雪桜の華冠  作者: null
一部 幕間 月明かり、エルフの里

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28/53

月明かり、エルフの里へ

幕間になります。


新たな主要メンバーが少しだけ顔を見せております。

 ぜえぜえと息を荒げながら、ルーナは夜道の森を進んでいた。


 いつもなら、たとえ足場が悪かろうと、数日眠っていなかろうと息が上がることなどない。だが、今回ばかりは事情が事情だった。


 シムスの攻撃を受けながら、無理矢理反撃に転じて以降、どうも太ももの辺りがおかしい。筋繊維に大きな傷が残っていることは想像に難くない。


 その上、両腕には人間二人分の体重がかかっている。いくら獣人の筋肉量が人とまるで違うとは言えど、これは堪えるというものだ。


 「桜倉はいいけど…何でお姫様まで担がなきゃいけないかなぁ、もう…」


 あの後、スノウは糸が切れたみたいに気を失った。


 魔法が使えないのではなかったのかとか、他に何ができるのかとか、本当は色々と質問したかったのだが、さすがにフルールの治療を優先した。


 治療とは言っても、簡易的なものである。ルーナの持つ最低限の知識でできることは、フルールの命を長引かせることだけだった。


 一刻も早くフルールを医者に診せるため、ルーナはエルフの里へと足を運んでいた。揺すっても叩いても起きないスノウも抱えて。


 「…それにしても、すごい力だった」足はひたすらに動かしつつも、ルーナは独り言を漏らした。「あのシムスとかいう女なんか、比にならないくらいぞっとしたね。尻尾、ビリビリしちゃった」


 首をひねって覗き込めば、フルールに負けないぐらい青白い頬をした少女の顔がそこにはある。


 スノウが四大貴族の娘ということは知っていた。だが、まさかあそこまで圧倒的な魔力を秘めているとは夢にも思わなかった。


 同じ四大貴族のフルールと比べれば、雲泥の差だ。あれが四大として求められるものだとすれば、フルールが魔法にこだわるのも分かる気がする。


 影が落ちる獣道は、進む者に、本当にこの道で正しいのかという不安を抱かせるような造りだった。しかしながら、人よりも五感が発達した獣人であるルーナは、この先にエルフの里があることを確信していた。


 問題は、フルールがそれまで持つかどうか。そして、エルフが冷ややかな隣人としての顔を抑えてくれるかどうかだ。


 次第に、木々の匂いに混じってそれ以外の香りが漂ってきた。


 人や獣人の町からするものとはまた違う、鼻を抜ける独特な芳香。決して嫌な臭気ではない。むしろ、心は落ち着く。自然と人間の調和が上手く図れたような匂いだ。


 「里は近いよ、頑張ってね、桜倉」


 力なく四肢を垂らしたフルールにそう告げていると、突然、宵を切り裂く風切り音が聞こえてきた。


 ルーナがとっさに身構えると、斜め向かいから叱り飛ばすような若い女の声が聞こえてきた。


 「止まりなさい!」


 瑠璃色に染まりつつある夜空を背景に、弧月の如き弓矢が見える。どうやら、先ほどの風切り音は放たれた矢のようだった。


 「ここは立ち入り禁止よ!正面からならいざ知らず、裏口からなんて、問答無用で射殺されても文句言えないわよ」


 月にかかった叢雲のために女の顔は見えなかった。だが、この高慢ちきな言動にルーナは聞き覚えがあった。以前も、同じようなことで殺されかけたのだ。


 「ちょ、す、ストップ!ストップっ!」敵意がないことを示すため、両手を挙げたかったが、生憎それはできない。「怪我人がいるの!このままじゃ失血死しちゃう。お願いだから、助けてあげて」


 できる限り、相手の同情を誘うような口調を意識したものの、相手はその言葉に答えることはなく、ルーナの頭についた耳と尻尾を見て目を剥いた。


 「え、嘘?ま、まさか…獣人…!?」

「そうだけど、こっちは人間だよ。片方は気を失ってるだけだけど、もう片方は死にそうなの!」

「獣人が、エルフの里に何の用なのよ!」

「あぁもう!そんなことはどうでもいいから、とっとと入れてよ!」

「入れるわけないでしょ!殺すわよ!」


 次の矢が弦に番えられ、キリキリと音を立てた。どうやら、脅しではなく本気らしい。みなぎる殺意がその証明だ。


 「や、野蛮だぁ…」

「あぁ!?どう見たって、そっちの見た目のほうが野蛮人でしょうが!」


 とんでもない言い分だ、と顔をしかめていると、月にかかっていた雲が晴れた。


 次の瞬間、ルーナは目を丸くした。


 薄い月光を浴びて煌めく金糸も、月の光を吸い込んで輝く碧眼も、血色の良い肌と造りの整った顔立ちも、何もかもが美しく、見事な芸術品だと思ったからだ。


 東堂とは違ったタイプの美人である。パルミラに似たタイプだ。同じエルフだから、当然と言えば当然か。


 確かに、これならさっきの言い分も納得できる。胸を張って、自分のほうが野蛮人らしい容貌ですと言えるだろう。


 「わぁ、美人さんだぁ!ルーナ、眼福です!」


 両肩に背負った重みも忘れ、ルーナが思ったことを能天気に口にしたそのとき、バスッ、と彼女の股の間に矢が突き立てられた。


 「い、意味分かんないこと言わないで…!」危うく、股下辺りの布地に穴が空くところであった。「と、とにかく!さっさと消えなさい!さもないと、次は心臓に当てるんだから!」


 このままでは、フルールどころか自分の身も危うい。


 ルーナはそうだ、と自分がここに来た当初の目的を思い出し、ガサゴソと腰に付けた革袋の中を漁った。スノウを担いだときに抜き取っておいたパルミラの指輪を取り出すと、印籠のようにエルフの女へと掲げる。


 「これ!これ見てよ!エルフに貰った通行証!」

「はぁ?エルフの里に、通行証なんてあるわけ――」


 きらり、と光る指輪を見て、女が口をぽかんと開けたまま停止した。それからややあって唇を震わせると、困惑した様子で言葉を発した。


 「そ、その指輪を、どうしてアンタが…」


 整った、人形のような顔立ちから『アンタ』なんて言葉が発せられたことも驚きだったが、それ以上に、女の全身から発せられていた殺気が嘘のように消えてしまったことに感心させられた。


 どうやら、パルミラが渡してくれたこの指輪は確かな物だったようだ。


 女はしばらくの間、逡巡した様子を見せた。もちろん、こちらを攻撃しようか悩んでいるのではない。彼女の思考は自分の頭の中、つまりは指輪のほうへと向けられていた。


 やがて、すっと弓矢が下ろされる。


 「…分かったわ。そこの勝手口を開けさせるから、入って来なさい」背を向けて櫓から下りようとしている女に、慌ててルーナが声をかける。「あ、けが人の手当てを――」


「分かってるわよ!」


 こちらを振り向きもせず、下に下りたらしいエルフの女は、中からヒステリーな調子で、「変な真似したら、即時射殺だからね!」と叫んだ。


「即時射殺…」


 綺麗な花には棘があるというが、あまりに棘が立派すぎる。


 何はともあれ、東堂から託された使命を全うできそうな流れに、ルーナはほくほくと胸を撫で下ろす。


 「さ、行こっか。まぁ運が良ければ生き残れると思うよ、桜倉、雪希!」

今回はエピローグも含めてアップ致します。

ここまでお読みの方は、是非そちらもよろしくお願いします。

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