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雪桜の華冠  作者: null
一部 六章 雪華は咲く

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雪華は咲く.3

風の四大貴族との戦いの始まりです。


相互的に尊敬し合える関係って、素敵ですよね。

それを口にできれば、 なお良いですけどね。

 「来るよ」


 そう告げたルーナの顔は、どこか嬉しそうに綻んでいた。それを指摘する暇などなく、打ち倒していた兵士が立ち上がり、シムスと共に陣形を組んだ。


 そうしなかったのは、ルーナの振るう白刃の前に破れ、鮮血に塗れた兵士だけだ。今の多勢に無勢、おまけに魔力的不利を背負った状況を鑑みれば、自分も彼女のように非情になって戦うべきだったのかもしれない。それができるかどうかは、また別だが。


 「今度こそ、スノウは下がってて」首だけで後ろを振り向き、スノウの目を真っ直ぐ見てから、早口で言う。「もしものときは、この指輪を持って里に逃げ込んで」


 フルールの手から離れ、空中を舞った翡翠の指輪。それを慌てて受け取ったスノウが、彼女の勝手な申し出を断ろうとしたとき、戦いの火蓋が切って落とされた。


 まず、ルーナが迅雷の如く敵陣に突っ込んだ。


 彼女は稲妻と見紛う素早さと剣閃をもって、先頭の兵士に飛びかかると、反撃の機会も許さず、深く頸動脈を斬りつけた。苛烈な一撃は、障壁が刃を留めることすら許さない。


 舞い上がる血飛沫も、彼女に追いつくことはできなかった。血が乾いた地面に落ちるより早く、ルーナがまた次の獲物との間合いを詰めていたからである。


 「獣人の動きを止めろ!そうすれば、私の魔法で八つ裂きにする!」


 シムスの号令の元、ルーナを四人の兵士が取り囲んだ。


 「モテモテだけど、囲まれるなら、女の子がいいかなぁ」と呑気な声で包囲網を眺めるルーナに、シムスが狙いを定める。


「させないっ!」


 翠の輝きが形を帯びる前に、長剣を引きずるように加速していたフルールが、囲いを作る兵士の内の一人を背中から斬り払った。


 指先から伝わる、魔法障壁が発生した際の独特な感触に歯を食いしばりつつ、そのまま躊躇なく森のほうへと弾き飛ばす。


 背骨が折れるときの、酷い感触だった。当然である。今回は、加減をして…と考えられるほど状況は甘くなかった。


 フルールには青い信念があり、それを貫こうという気高い意志もあった。しかしながら、自分や大事なものの命が脅かされているときにまで、貫けるほどのものではない。


 「あはは!ありがとね、桜倉!」

「こんなときにまで笑えるなんて、本当に尊敬するよ!」

「えー?それほどでもないけどね!」

「ばかっ、皮肉だよ!」


 囲いを破壊したフルールは、その勢いのまま大きく陣形に切り込んだ。慣れない集団戦になるが、とにかく、あの風の魔法を受けないことが先決だと考えたのである。


 (こうして敵味方入り乱れるように戦えば、あの人も気軽に魔法は使えないはず…!)


 「鈍重なお前が先だな!」シムスの舌打ちと共に、照準がこちらへと向いた。


 鈍重、という言葉に苦笑が浮かぶ。


 確かに、長剣を勢いと重さのままに振り回す、フルールのこの豪快な戦法は、一見すれば鈍く映ることだろう。しかし、実際はその限りではない。


 鮮烈な翠の輝きが、三日月状の刃となってフルールを襲った。彼女も、常に視界の隅にシムスを捉えていたので、容易に危険を察することができた。


 とっさに距離を取るヴェルデ領兵士たち。フルールの周囲から、一切の障害物がなくなった。


 「ふっ…!」


 フルールは深く息を吐くと、戦いの中の流れそのままに長剣で回転薙ぎを繰り出した。当然、誰も当たる相手はいないのだが、彼女はその勢いを利用しながら姿勢を低く屈め、大きくスライドしながら、元いた場所から離れた。


 直後、その空間を魔法の刃が切り裂いた。刃はそのまま森のほうへと飛び込み、一本、太い大木を切り倒してしまった。


 乾いた土の上に描かれた、大きな円。その端のほうで、フルールは不敵な顔を上げる。


 「――その魔法、鈍重な相手にも当てられないんだ?」

「生意気な…!」


 挑発を受け、青筋を立てたシムスが細剣を十字に振るった。すると、途端に何もないところから、再び三日月の刃が浮かび上がる。今度は二本だった。


 相手の目線から弾道を予測し、左へ駆ける。


 地面の上には、夕焼けに照らされた影法師がフルールに寄り添うようにしていた。だが、それは少しずつ消えた。分厚い暗雲が夕日を遮ったのだ。


 まず、縦になった魔法の刃がフルールを襲った。想像以上の速度だったため、当たるのではないかとヒヤヒヤしたが、髪の毛一本かすりはしていなかった。


 しかし、間髪入れずに放たれた二本目の刃は、的確にフルールを捉えていた。


 (二本目の弾道に、おびき寄せられたっ!)


 相手の狙いが分かると同時に、避けきれないことも悟った彼女は、素早く長剣を斜めに構え、衝撃に備えた。


 ドン、と鈍い衝撃の後、フルールの体が浮かび上がる。一応、魔法障壁は発動したらしいが、軋む体の悲鳴はハッキリと彼女の耳に届いていた。


 「ぐっ!」森のほうへと弾き飛ばされ、やがて、地面に落ちる。


 武器を間に挟んでいたというのに、何という衝撃だろうか。幸い、骨に以上はないようだが、じんと痺れる感覚は両手に残っている。


 これが魔法を使える者と、そうではないものの差だ。懐に飛び込まなければ話にならない剣士に向けて、奴らは躊躇なく大砲を放ってくる。そのくせ、やっとの思いで近づいても魔法障壁がある。


 「くそ…、ブリザ様との戦いで、分かってはいたはずだけど…!」


 戦いに巻き込まれ、打ち倒された草木の陰で、ゆっくりフルールは立ち上がった。


 街道では、未だにルーナが奮戦している。飛んで潜っての大捕物をしているようだが、彼女の軽鎧の隙間や、頬には、赤い血と傷がついていた。あれは彼女のものだ。


 ふと、不安げにこちらを見つめるスノウと目が合う。今すぐにでも駆け寄って来そうな様子に、フルールは苦笑を漏らし、気合を入れ直す。


 「許嫁が見てるってのに…舞台から降りるわけにはいかないよね」


 深く、息を吸う。


 長剣を握る両手に、ありったけの魔力を込める。これは少しずつやらなければならなかった。そうでないと、空気が抜けるように失敗する。


 「…まともにやりあったって、勝ち目はない。そんなの、とっくの昔から分かってることじゃんか…」


 自分に言い聞かせるように独り言を呟きつつ、長剣に、自分の中に矮小ながらも宿るヴェルメリオの炎をまとわせる。


 「狙うは一撃必殺。ルーナに気を取られている今のうちに、一気に間合いを詰めて、目が覚めるような一発を――くれてやる…っ!」


 フルールがすぐさま戦線に復帰しようとする一方、ルーナは懸命にその維持に努めていた。


 ルーナが何人斬ったかは定かではないが、敵の数も、もう二、三人といったところまで減ってきていた。今、土の上に転がっている亡骸のほとんどが彼女の手によるものだ。


 ルーナは軽く跳躍して後退すると、一つ息を吐き、おもむろに刀を逆手に持ち替えて、自分の両脇に挟み込んだ。


 「やっぱ、魔法使いを相手に戦うのは楽しいなぁ」


 心から愉快な声を出した彼女は、人間の血と脂で切れ味が落ちることを避けるため、刀をずるりと脇から引いてそれらを拭った。


 ルーナの赤みがかった瞳は、白く美しい輝きを取り戻した刃と似た光を帯びていた。


 「崩し甲斐がある、小さな城だもんね。分かるよ、私。巣穴から獲物を引きずり出して、滅多打ちにするプリミリティブな快感…獣人の獣としての本能が、それを欲しがってるのがさぁ…!」


 ぞっとするほど、多幸感に満ちた表情だった。味方のスノウですら、思わず喉を鳴らすほどに。


 ある種の狂気を孕んだ獣人の少女の姿に、ヴェルデ兵がたじろぐ。だが、一団の指揮者であるシムスが一喝したことで、再び戦闘態勢に戻った。


 「怯むな!魔法も使えない獣人相手に、何を恐れることがあるか!」

「そうそう、かかって来てくれないと」低く、ルーナが姿勢を落とした。「…狩りは、獲物がいて、初めて成り立つものだからね!」


 ルーナの言葉と共に踊りかかったのは、彼女自身ではなかった。隙を窺いつつ、加速するタイミングを見計らっていたフルールだ。


 「ちっ、奴を止めろ!獣人のほうは私が仕留める!」


 シムスの号令に従い、残りの兵士がフルールを抑えるべく動き出す。


 ルーナの相手は、普通の兵士ではできないと判断したのだろう。フルール自身、それが正しいとも思ったが、自分の技量を軽く見られているみたいで、些か業腹だった。


 なんとしても、魔法障壁を叩き割るような一撃をお見舞いしたいと、彼女は気合を入れる。そのためにも、横槍を止める必要があった。


 「ルーナっ!」フルールの呼び声に応じ、ルーナは獲物を狙う狼の如く、前触れもなく地を蹴り、眼前の敵兵に迫った。「おっけい、任された!」


 白刃を煌めかせたルーナは、フルールを止めようとしていた兵士の背後に獣じみた速度で移動すると、何の躊躇もなく背中から一太刀浴びせた。


 「はぁっ!」


 攻撃を受けた兵士は、なんとか魔法障壁で一命を取り留めたものの、倒れ込んだ直後、太刀の切っ先で滅多刺しにされ、何度か魔法障壁が発動した後、絶命した。


 こうして障壁を突破していることを知ると、転がる亡骸の数だけ、悲惨な死に様があったのだと心苦しくもなる。


 ただ、ルーナには一切そういう感情がないようで、後ろから斬りかかってきていたヴェルデ兵と楽しそうに鍔迫り合いを始めていた。


 「化け物め…!これでも喰らえ!」


 後少しで、フルールがシムスを間合いに捉える、といったところで、彼女がルーナに向けて風の魔法を放った。


 風切り音を響かせて迫る刃に気づいたルーナは、素早く後退しようとした。しかしながら、我が身を引き裂かれることも厭わない献身的な兵士が、いつまでも彼女から離れなかったために回避が遅れてしまう。


 「あは、良い覚悟だねっ…!」


 無理やり距離を取ろうとするが、それもできない。


 結果として、魔法の刃は味方一人を巻き添えに、ルーナの軽やかな体を捉えた。


 魔法障壁が一切発動しない彼女の体は、フルールのときよりも容易く、勢いよく弾き飛ばされる。


 それを横目に捉えながらも、フルールはひたむきに前進していた。そして、とうとう長剣の間合いに入る。


 「覚悟ぉっ!」


 渾身の力で振り下ろした刃だったが、シムスが片手を掲げて展開した障壁に防がれてしまった。どうやら、この防御法はある程度の魔力を持つ魔法使いの中ではオーソドックスなものらしい。


 「またこれかよっ…!」


 苦しい顔をするフルールに、シムスが似たような顔で言う。


 「お前たち、エルフの里に何の用だ!」

「それを教えたら、こんな戦いやめてくれんの!?」

「はっ、無理だな!」


 すっと、シムスがもう片方の手をこちらに向けた。


 刹那、鈍い衝撃が腹部に走る。息が詰まって、しばらく呼吸できなくなるような、そんな一撃が、間隔をおいて何度も叩き込まれた。


 「ぐっ!」


 胃液が逆流する嫌な感覚。気を抜けば、長剣を握る手から力が全部抜けてしまいそうだった。


 「さっさと、倒れろ!」


 深く沈み込む衝撃に膝から崩れ落ちそうになるフルールだったが、どうにか歯を食いしばり、刃を叩きつけんと両腕に力を込め続ける。


 離してしまったほうが楽だとも思った。こうまでして、自分に戦う義務が果たして本当にあるのかとも。


 だが、すでに賽は投げられてしまっていることも分かっていた。


 (今さら、後には退けない…!白旗振ったって、捕まればどうなるか分かったもんじゃないし、それに…)


 フルールの脳裏に、亀のように丸まったスノウの背中が思い起こされる。


 聞いた話では、スノウはたいして思い入れもない犬のために、その身を盾にして理不尽な痛みに耐えていたらしい。


 贖いきれない過去に報いようと思ったのか、それとも、単なる優しさか。どちらでも良かった。ただ、許嫁としてとても誇らしいと思った。


 だが同時に、強烈な嫉妬心も覚えた。


 (私には、それができなかった…!)


 頭の中に、焼き殺されるホビットが浮かび上がる。


 (私には、それができなかった、そんな勇気が出なかったんだよっ!)


 スノウの姿は、フルールの思い描く英雄の姿そのものであった。


 弱者のために、我が身を省みず危険へと飛び込む。


 彼女なら、あのときだって炎の前に躍り出たかもしれない…。そう考えると、自分が恥ずかしくて、情けなくてたまらなくなった。


 「こんな痛み…っ!私にだって、耐えられるっ…!」


 執拗な腹部への攻撃も、自らの誇りのため、そして、自分自身を見限らないためと思えば耐えられた。


 そのうち、シムスの顔に苛立ちが募り始める。


 「やせ我慢を…!なぜ、そこまでして彼女らの里に入ろうとする!?」

「ぐっ…、ほ、誇りのためだっ!」

「誇りだと!?…そうして、聞こえの良い言葉を口にしたとしても、お前たちが不当な輩であることに変わりはない!」


 二人が膠着状態に陥っているとき、吹き飛ばされていたルーナは、空中でくるりと器用に身を翻していた。


 苛烈な勢いそのままで、木の幹に立つみたいにして着地する。


 とんでもない重力加速度が、ルーナの体を襲う。臓腑がずん、と下に向かって沈んでいるのが分かったが、彼女は構わずに両足に力を込めた。


 やがて、ルーナは筋繊維の軋む悲鳴を聞きながら、吹き飛ばされた軌道を反対になぞるようにして、真横に飛んだ。


 鍔迫り合いのような形で押し合っている二人の元へ、両刀を掲げ、一気に間合いを詰める。


 「横から失礼っ!」ルーナの渾身の二刀振り下ろし。シムスはそれを、もう片方の手ですんでのところで受け止めた。


「獣人、お前、生きて――」

「私たち獣人の頑丈さ、舐めてもらっちゃ困るね!」言葉とは裏腹に、痛みに歪んだ顔でルーナは続ける。「桜倉、とどめをっ!」


 聞くが早いか、フルールは刃を魔法障壁にこすりつけるように前方に滑らせると、緩慢な動作で大きく後方へと振りかぶった。


 「悪いけど、どいてもらうよ…!」


 振りかぶった拍子に、長剣に宿るヴェルメリオの炎が、摩擦熱のためか緋色の火の粉を巻き上げる。


 まるで、緋桜のようだった。


 「そ、そういうわけには…いかないっ!」素早く片手の魔法障壁を解除し、風の魔法を放つ準備をするが、一瞬だけ速く、フルールのほうが先に動き出していた。


 背中に、肩に、腕に指先に――渾身の力を込める。


 「ならば、押し通るっ!」


 そして、フルールはシムスに向けて火の粉を纏った剣撃を叩きつけた。

後書きまで目を通していただいている方々、いつもお世話様です。


拙い作品をご覧になって頂いてありがとうございます。


さらにご意見・ご感想、ブックマークや評価をして頂けている方、

いっそうの感謝を申し上げます!


今後とも、よろしくお願い致します!


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