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雪桜の華冠  作者: null
一部 六章 雪華は咲く

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雪華は咲く.2

本日も夕方に続きをアップします。

よろしければ、そちらもよろしくお願いします!

 木漏れ日が血のように赤く染まる頃には、フルールらは森の奥深くへと辿り着いていた。


 あれから、何度も同じ花の魔物から襲撃を受けた彼女らだったが、少しずつ相手の行動パターンが把握できるようになってきて、初めのように手探りで戦う必要はなくなっていた。


 だが、何度刃を交えても、奇妙で不気味な違和感は拭えなかった。先にこちらが相手のテリトリーに入ったのに…という、魔物を倒したときの罪悪感がない代わりに、もっと嫌な感覚が残った。もしかすると、あの人の悲鳴にも似た声のせいかもしれない。


 やがて一行は、エルフの襲撃も受けず、開けた場所に出た。そこは森の中とは違い、明らかに人間の手によって整地された広場だった。


 ふぅ、とスノウが疲労感の滲んだため息を吐いた。それを耳にしたフルールが、「少し疲れたね」などと口にしていると、唐突に、後ろから怒号が響いた。


 「貴様ら、止まれ!」


 エルフかと驚いて振り返れば、道の先から来ているのは緑の鎧を着たヴェルデ爵の兵士たちだった。


 「うわぁ、やっちゃった…」


 ルーナがぼやいているうちに、一団の先頭に立っている妙齢の女性が声を発した。


 「ここは立ち入り禁止だぞ!」女兵士は元々険しい顔をしていたのだが、油断してフードや外套を脱いでいたルーナを見ると、すぐに顔色を変えた。「獣人…!?貴様ら、何者だ!」


 一瞬で立ち込める緊張感と敵意に、体が固くなる。


 「お前たち、何をぼさっとしている!こいつらを取り押さえろ!」


 話し合いの余地はなさそうである。悠長にしていれば、問答無用で斬りかかってきそうだ。


 「獣人ってだけで怪しまれるのはなぁ、何だか不服ぅ」

「うだうだ言ってる場合!?来るよ!」


 こんな状況にも関わらず、いつも通り飄々としているルーナを叱りつけたフルールは、女兵士が部下に指示を飛ばす前に長剣を抜き放ち、真っすぐ構えた。


 「スノウ!私の後ろに!」

「は、はいっ!」


 許嫁の盾になるべく、勇猛果敢に兵士らとスノウの間に移動したフルール。彼女は重々しい長剣をぐん、と腰構えにすると、ヴェルデ兵を一睨みして言った。


 「こっちが不利だからね、加減はできないよ!」

「賊紛いの小娘が…!」


 怒り心頭といった様子の女兵士が、部下に素早く攻撃指示を出した。その傍らで、刀を抜き放ったルーナが愉快そうに、「言うねぇ、フルール」と笑う。


 笑っている場合か、と文句をつけてやろうとしているうちに、兵士たちが女の後ろから駆け足で襲い掛かってきた。


 来る、と身構えつつ、相手の力量を図る。


 武術という面から考えれば、グラビデ兵のときと同じで、彼らは隙のある立ち振る舞いだった。


 魔法障壁という便利なものが存在し、それを増幅させる鎧をまとっていることが、彼らを武術の鍛錬から遠ざける一因になっている…そう、信兵衛が嘆いていたのを思い出す。


 事実、彼らは剣の技量という点においては、フルールの足元にも及んでいなかった。


 型も何も学ばず、無闇やたらに剣を振るう。遥か昔の時代であれば、愚の骨頂と揶揄される戦い方が、四大貴族の兵卒たちには当然のものとして浸透していた。ただ、そうなったのは彼らの怠慢ではなく、魔法至上主義の社会だというのが何ともやりきれない。


 四、五人ほどが入り乱れるようにして、フルールとルーナに向かって行った。


 左の二人を自然と相手取る形になったフルールは、まず、迫り来る一刃を長剣を斜めにして受け止めた。それから、間髪入れずに薙ぎ払って弾き返すと、その勢いでぐるりと回るように後退した。


 (防御を固められれば、またあのときみたいに隙だらけになる。――間合いは詰めさせない。来る度に追い払って、一人ずつ確実に無力化するんだ…!)


 相手は、空を薙ぐ轟音に寸秒ばかり動きを止めていた。しかし、すぐに我に返ると、再び間合いを詰めてきた。


 それを待ち構えていたフルールは、決して焦ることなく、タイミングを合わせ、高い打点から袈裟斬りを打ち下ろした。


 その一撃を普通のショートブレードで打ち返そうとしていた兵士は、長剣の刃が触れるや否や、眩しい火花と共に後方に大きく吹き飛ばされていった。魔法障壁が生じた感覚はあったが、この質量の差から生じる衝撃をゼロにはできないようだ。


 「何っ!?」


 兵士らに動揺が走る。その隙を穿つため、フルールも、そしてルーナも素早く攻勢に転じた。


 ろくに構えも取れていない相手の懐に飛び込み、右下から放り投げるような軌道で斬り上げを閃かせる。それを続けているうちに、一人、また一人と、魔法を使う暇もなく打ち倒されていった。


 敵を前にして呆けるなど、剣士としてあるまじき行為だ。信兵衛がいたら、拳骨どころでは済まなかっただろう。


 ルーナも、撹乱軌道であちこちを飛び回り、死角に回った不意を突いて、鎧の隙間に切っ先をねじ込んだ。


 (…いける、いけるぞっ!)


 フルールは、確かな手応えに心を踊らせていた。


 やはり、自分の剣技は通じるのだ。命を奪わずとも、相手の無力化を狙えるほどに余裕がある。魔法の壁など、自分が考えていたほど大きなものではなかったのではないか。


 「お前たち、小娘相手に何をしている!」


 そんなことを考えていると、おもむろに女兵士が叫んだ。そして、それとほぼ同時に嫌な風切り音が聞こえた。


 ほぼ反射で地面に転がる。その際、きちんとスノウの手を引いて一緒に倒れ込んだ自分に感心する。


 後方を振り返れば、自分たちのそばにあった草むらが切り裂かれているのが見えた。ぞっとするほどの切れ味で両断された葉っぱに、冷や汗が流れる。


 「こ、この魔法って、まさか…!?」


 フルールは、敵を前にしておきながら相手から視線を外してしまっていた。


 信兵衛がいたら、激怒していただろうシチュエーション。


 だが、ここに彼はいない。生死を賭した戦場において、師の叱責は飛ばない。


 「桜倉!避けて!」


 ルーナの警告を受けて、体の向きを素早く反転させれば、ちょうど目の前に魔力の刃が迫っていた。


 「あ…」


 魔力が凝縮された翡翠色の三日月。もしも、これが自分の想像した通りの代物だったとしたら…自分がまとう程度の魔法障壁は容易く突破され、致命傷を負うような大怪我をすることになるだろう。


 風を切って迫る一撃に、フルールは反射的に目をつむってしまった。


 そのときだった。


 「フルール様!」


 突然、体が突き飛ばされた。時間が止まったような視界の中に、必死な顔をしたスノウが、自分に覆い被さるようにして倒れ込んでくるのが映る。


 翠の三日月がスノウの魔法障壁とぶつかり、派手な閃光を生み出す。それに混じって聞こえてくる、スノウの押し殺したようなうめき声に、フルールはとんでもないことだとハッとする。


 「す、スノウ!」横倒しになった彼女に声をかける。フルールの視界の隅で、素早くルーナがフォローに回るが、彼女にそんなものは見えていなかった。


 抱き起こしたスノウの右肩から左の肩甲骨にかけて、赤い傷痕がハッキリと残っていた。傷から、忘れていたものを思い出すみたいにゆっくりと血が流れ出す。


 赤い血はフルールの頭に、実の妹がホビットたちを焼き尽くした、あの炎を思い出させた。


 恐ろしい炎だった。自分の身には宿らなかった、ヴェルメリオの火焔。あんなに喉から手が出るほど欲しがった炎を、持てなくて良かったとさえ、あの瞬間は思った。


 「し、しっかりして、スノウ!」


 あわやパニックに陥りかけたフルールだったが、スノウが腕の中で、「だ、大丈夫です。大した怪我ではありません」と答えたことで些か落ち着きを取り戻す。


 「…ごめん、私なんかを庇ったせいで」

「よして下さい。貴方の盾になれたのであれば、こんなに嬉しいことはありません」


 自ら体を起こしたスノウの発言を聞いて、フルールはとても危うい感覚を覚える。


 「凄い魔法障壁があるのは知ってるけどさ、死ぬような攻撃の前には絶対飛び出さないでよね」

「…はい、承知しております」


 何か変な間があったことが気になったが、それを確認している暇などない。


 「ちょっと、二人とも無事なの?」二人の身を案じたルーナが、敵を一人斬り倒してから、素早く駆け寄ってくる。「スノウが庇ってくれたから、私は」

「うえぇ?あれから?」


 変な声を出したルーナは、スノウの傷を確認すると、「献身的すぎる気がするなぁ」とフルールの考えと同じことを言った。


 「心配はいりません。貴方の盾にはなりませんから」

「うんうん。絶対にやめてよね、そんなので死なれたら迷惑だからさ」


 明るい声で応じるルーナだったが、自分の発言内容が相手を煽っていることにはやはり気が付かないらしい。苦虫を噛み潰したような顔をしたスノウの苛立ちだけが、一人舞台で踊っている。


 「今のを受けて、その程度の傷で済んだというのか…!?」驚愕した声に、三人は顔の向きを変える。「小娘――いや、貴方は一体…」

「答える義理はありません。貴方こそ、一体何者なのですか?」


 時折、スノウが見せる気丈さ、毅然とした雰囲気に、フルールはきゅっと胸が締め付けられるような気がした。不覚にも、格好良いなと思ってしまったのだ。


 不意に、スノウがこちらを見つめた。何かの意思確認をしているようだったが、自分の心の奥を覗かれているようで緊張した。


 やがて、スノウは浅く頷くと口を開く。


 「今の魔法は、ヴェルデの血筋の者だけが扱える『風刃』とお見受けします。貴方は、ヴェルデ家の人間なのですか?」


 その問いはフルールもぶつけたいと思っていたものだった。どうやら、先ほどのアイコンタクトはこれを確認するものだったらしい。


 「聞いていた話と、随分、年格好が違いますが…」とスノウが付け足せば、女性は少し自嘲するような笑みと共に、「いかにも。私はヴェルデ家の人間ではない」と答えた。


「でも、さっきのは風の魔法だよ」

「あぁ、そうだ」女は姿勢良く真っ直ぐ背を伸ばすと、ゆっくり噛みしめるように告げる。「しかし、ただの風の魔法だ。ヴェルデ本家だけに許される、『風刃』ではない」


 何かが違うというのだろうか、と眉をひそめていると、ぴょこぴょことルーナがそばに寄って来て、自分にも分かるよう説明しろと飛び跳ねた。


 フルールはルーナに対し、四大貴族にはそれぞれ地水火風の四元素の魔力が備わっていること。先天的なもので、努力で身に付けられるものではないこと。四元素を司るだけあって、とても強力な魔法であることを説明した。


 しかし、ルーナは途中で首を左右にこてん、こてんと倒したかと思うと、絶対に理解しようとしていないと思われる曖昧な相槌だけを残し、二本の太刀を血振るいして、再び相手に向き直った。


 「私はヴェルデ爵の姪、シムス・ウィンダ」


 目元に色っぽい黒子のあるシムスは、名乗りと共に腰から細剣を抜いた。


 きらびやかな飾りがあまりに多くあしらわれていることから、何となく、あの剣は見かけだけのものということが分かった。


 剣は、装飾のためにあるものではないのだが。


 「改めて――エルフの里付近への不法侵入罪により、貴様たちを拘束する」

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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