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雪桜の華冠  作者: null
一部 五章 誇りの炎、その種火を

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誇りの炎、その種火を.4

本日も昼、夜と更新致します。


ご興味のある方は、そちらも是非、お願いしておきます!

 木々の隙間からこぼれ落ちる陽の光を見上げ、フルールは嬉しそうに目を細めた。


 世界がこんなに澄んで見えたのは、本当にいつ以来だろうか、と自分が選んだ道と、この未知の獣道を重ねながら思う。


 フルール一行が、エンバーズの拠点より東に歩みを進めてから数日が経っていた。


 自分が高い壁だと思っていた国境は呆気なく通り過ぎ、すでにグラビデ領に入ってしまっていた。もう少し進めば南下して、今度はヴェルデ領に入るというのだから、想像していたよりも世界は狭いらしかった。


 旅路は決して平凡なものではなかった。獣や魔物は出るし、何度か危うい目にも遭った。しかし、それら全ての状況において、フルールの体得していた剣術が大いに役立ち、障害を切り払った。


 自分が無駄だと馬鹿にされながらも、こんこんと続けてきた努力が実を結んでいる感触に、フルールはこれまでにないほど充足した心持ちでいた。


 「相変わらず、凄い戦いかたするよね、桜倉」


 隣を並んで歩いていたルーナが、先ほど葬った魔物の血を峰の沿った剣(刀、と呼ぶらしい)の刃から拭き取りつつ言った。


「こんなに細い腕でよくやるよ、本当」

「ルーナだって、腕細いじゃん」


 軽やかな笑い声と共に告げられた言葉に、フルールはムッとした。


 剣術は元より、筋肉をつけるための鍛錬だって怠っていない。確かに、あまり実りのある肉体とは言えないが、それでも自分の努力を小馬鹿にされているような気がして、フルールは苛立ったのだ。


 しかし、ルーナはフルールの憤りにもまるで気が付かず、子どものように高い笑い声を発した。


 「いやいやぁ、獣人と人間じゃ元々の筋肉量が違うでしょ」

「えぇ?たいして違わないんじゃないの?」

「ふふ、強情だなぁ、桜倉は」


 ルーナはそう言うと、「少し見ててよ」と不敵に笑ってから空中へ駆け上がるように飛び上がった。


 その軽やかさもさることながら、とにかく高さが凄い。


 体を丸め、くるくると何度も縦に回転して地面に着地したルーナは、フルールのほうを得意げに振り返ると満面の笑みを浮かべた。


 「どう?できる?」


 これには反論する余地もなく、さすがにフルールもため息と共に肩を竦めて首を振った。魔法でも使えれば同じような真似ができただろうが…考えても詮無いことだ。


 「…はぁ、分かったよ、私の負け」

「負け?」と不思議そうにルーナが耳を動かす。「何と戦ってるの?フルール」

「そう聞かれると困るけど…」

「とにかく、腕力だけが力の全てじゃないですぞ、お嬢さん?」


 相変わらずふざけた調子でルーナがそう言うものだから、次第にフルールも真面目に言い返すのが馬鹿らしくなって、自然と苦笑した。


 「分かってるよ。腕力があったって、魔法でどかんと一発されたら終わりだしね」

「えー?そうとも限らないんじゃない?ほら、実際にこの間は中央の魔法騎士をそれ一本で倒しちゃったわけなんだから」


 そう言われて、フルールははっと自分が背負っている長剣を首だけで振り返った。


 柄にはめられた柘榴石が、木々の木漏れ日を吸い込んで輝いている。その様がとても誇らしく思えたフルールは、何だか、ここでルーナの言葉を否定することは、自分の努力だけではなく、もっと気高いものも否定するような気がして、「まぁ…」と曖昧な返事をした。


 「魔法が使えるかどうかにこだわったら、駄目なんじゃないかなぁ?剣士としてはさ」


 ルーナの言葉に、口にするだけなら簡単だ、とフルールはほぞを噛んだ。


 彼女の発言は、自分やスノウのように四大貴族として生まれつき、求められるものを示せなかった人間からすれば、あまりに綺麗事のように感じられた。


 そして、そう感じたのはフルールだけではなかったようだ。


 「聞き捨てならない言葉ですね」


 怒りの込められた言葉を発したのはスノウだ。彼女は、普段の大人しく冷静な雰囲気をかなぐり捨てると、明確な敵意を持ってルーナに続けた。


 「私やフルール様のように、まともに魔法が使えなくなったために人生が大きく変わった者たちの前で、よくもそんな言葉を…」

「え、でも事実じゃない?」

「…忌々しい、行きましょう、フルール様」


 小首を傾げるルーナを振り切るように、スノウは目を丸くしているフルールの手を掴み、先へと引っ張っていった。


 「ちょ、スノウ…!」


 ルーナと同行するようになってから、スノウはやけに口数が少なくなっていた。だが、決して大人しくしているといった感じではなく、こうして何か気に障るようなことがあると、苛烈な冷たさで口を挟んできた。


 東堂や他のエンバーズに対する接し方から、スノウが自分に向けてくるお淑やかで、庇護欲をそそるような態度は特別なものだと分かっていた。


 それでも、さすがに誰かを害するような言動はしないだろうと考えていたフルールだったが、スノウがルーナと出会ってからはその認識を改めざるを得なかった。


 「わわっ!私、もしかしてまた余計なこと言っちゃった!?」


 スノウに引きずられながらフルールは、慌てて追いかけてくるルーナを見やり、眉をひそめる。


 「もしかしてって…どれだけ察しが悪いんだよ…」


 ぐんぐんスノウに引きずられていくうちに、いくつもの小川の連なっている場所に出た。


 木漏れ日を反射してきらきら光る水面に、上から落ちてきた葉っぱが乗って下流へと運ばれていく。


 美しい風景だと、フルールは思った。そして、その想いを汲んだようにスノウがこの辺りについて説明してくれた。


 「自然豊かな風景が多くなっているのは、ヴェルデ領が近づいている証拠です。岩山が多いヴェルメリオ領と比べると、ヴェルデ領の美しさは際立って感じられますよね」

「うん。リアズールでも驚いたけど、ここも凄いや」

「グラビデ領も、美しい平原が広がる場所だと聞きます。いつか、そちらも共に参りましょうね?」


 控えめに微笑むスノウの顔を横目で見て、不覚にも胸が高鳴った。今なら、握られた手から伝わってくる温もりには、嘘偽りはないと勝手に思えそうだ。


 こんな女性が自分の許嫁であることが、夢のように思われた。


 あるいは、この旅路そのものが夢のようでもあった。


 自然豊かな見知らぬ土地を、淑やかな許嫁と明朗快活な獣人と共に、エルフの里を目指して歩く。しかも、革命軍の一部として。


 ヴェルメリオにいた頃は、決して叶うことのなかったもの。市井で密やかに出回っている、フレア・ヴェルメリオを元に描かれた御伽噺を読んでいるみたいだった。


 「外のことにも随分と詳しいんだね、スノウ」


 自分を現実に引き戻すみたいに、フルールは言った。


 「はい。…まぁ、あの一室に引きこもってできることと言えば、学ぶことぐらいでしたから」

「んー…、こうして外の世界を旅するなら、剣術ばかりじゃなくて勉強もしてれば良かったかなぁ?」

「フルール様は、今のままで十分素敵です…」

「え、あ、ありがとう」


 そういう話ではなかったのだが、と照れつつも頬をかくフルール。すると、二人の間に割り込むようにして後ろからルーナが駆け寄って来た。


 「もぅ!二人だけでイチャイチャしてないで、私も混ぜてよ!」


 後ろから二人の腕に飛びついたルーナは、迷惑顔を浮かべるスノウのことを気にもせず、にこやかに笑っていた。


 毒気を抜かれ、叱る気も失せる表情だったが、スノウはその限りではないらしく、ブリザに似た冷徹さをもって応じる。


 「邪魔です。離して下さい。私は今、フルール様と言葉を交わしているのです」

「えぇ、いいじゃん!仲間なんだし。ね、桜倉もそう思うよね?」


 二人の視線が自分に集中する。片や無邪気な期待をもって、片や妙なプレッシャーをもって。


 フルールは少しの間、「あー…」とうなった後、今後の旅路のことを考えて、正直なところを口にする。


 「まぁ、除け者にするのはよくないかな」

「ふ、フルール様!」


 「やったぁ」とルーナが尻尾をぶんぶん振り回す横で、キッとスノウの目つきが険しくなった。


 よくよく観察してみれば、彼女の吊り目がちな目元は、とてもブリザに似ている。もしかすると、リアズール家自体がそうなのかもしれない。


 「フルール様は許嫁の私より、獣人の肩を持つのですか」

「いや、そういうわけじゃなくて」


 フルールが小刻みに首を振って否定を示すと、やがて、スノウは表情を暗くして足元を流れる小川に視線を落とした。


 「…それでは、陰気な足手まといの女より、ああいう明るく強い人間のほうがお好きということですか?」


 不安に揺れる眼差しとぶつかり、きゅっと締め付けられるような想いで胸がいっぱいになる。こんな状況でも、前へと引っ張り続けるルーナの気が知れなかった。


 「そんなわけない」迷いなく、フルールは答えた。「私は――」


 そこまで口にしてから、フルールは、ふと言葉に悩んだ。


 自分は、スノウのどこに魅力を感じているのだろうか。


 惹かれる何かがあるのは本当だ、嘘じゃない。しかし、それが具体的に何なのかは説明できそうにない。


 脳裏によぎるのは、ぞっとする、血の気の通わない考え。


 (私がスノウに惹かれてるのって…)


 その先が言葉としてハッキリと輪郭を帯びる前に、幸運にも、ルーナが騒がしく割り込んできた。おかげで、フルールの罪深い沈黙は誰にも悟られずに済んだし、話題も自然と変わっていった。


 「ちょっと!いい加減、二人の世界に浸るのはやめてよ」


 唇を尖らせ訴えたルーナを厭うようにスノウが目を細める。その視線を受けてますます不服そうな表情になったルーナは、二人の腕を勢いよく離すと、行く手を阻むようにして立った。


 「そういうのは夜にやって。さすがの私も、二人の夜伽にまで混ざろうとは思わないからさ」

「夜伽?」絶句するスノウに気付かず、フルールが首を傾げる。「私たち、絵本を読んでもらわないと眠れないほど子どもじゃないけど」

「ん…?それ、本気で言ってる?」

「いや、そうでしょ。ねぇ、スノウ」


 呼びかけを受けたスノウは、顔を真っ赤にさせてそっぽを向いた。


 何かがおかしい、と訝しげな表情でルーナを見やる。すると、彼女は鈴を鳴らすようにケタケタと笑い始めた。


 涙を浮かべてひとしきり笑ったルーナは、明らかに面白がるような顔をして、フルールの前に人差し指を立てて言った。


 「いやいや、やっぱり子どもだよ、桜倉は。いーい?夜伽っていうのは――」

「や、やめて下さい!フルール様に変なこと教えないで頂けますか!?」

「変なことじゃないって。二人にとって大事な話だよぉ。いざってときに、フルールがスノウに呆れられないためにも…」

「いい加減、口を閉じなさい!この犬!」


「えぇ、犬!?」スノウの過激な表現に、フルールとルーナは揃って目を丸くする。「酷いなぁ!獣人差別だよ!っていうか、私は犬の獣人じゃなくて、狼!間違えないでよね、大事なことだから!」

「またそんな嘘を…!貴方が狼の獣人のはずがないでしょう」


 自分を置き去りにして、ぎゃあぎゃあと口論している二人を横目に、フルールはため息を吐いた。


 それから、足元に広がる清らかな水の流れに体を近づけると、両手でそれをすくい、喉を潤した。


 「喧嘩するほど…ってヤツなのかな、これ」


 何か自分には理解できない話題で盛り上がっていた彼女らは、次第に貴族のお嬢様と獣人の少女という上っ面を脱ぎ捨て、互いのことを非難し始めた。


 「だいたいさぁ、スノウってちょっと重くない?フルール“様”って」

「どうして、そんなことを貴方に指摘されなければならないのですか」

「んー、二人って、恋愛経験なさそうだし。アドバイスしてあげようって思ったの。親切心だよ、これ?」

「いいえ、それは老婆心、お節介です!それに、貴方のように貞操観念の緩い人間の教えなど、必要ありません。私は永遠の愛をフルール様に誓っているのですから」

「うわぁ…本当にやめたほうがいいよ、それ。狼なのに鳥肌立っちゃう」

「この…っ!」


 激昂したスノウがルーナの腕を掴もうとするが、スノウのゆっくりとした動きなど、獣人のルーナがまともに相手をすることはなく、ひらりと身をかわした。


 尻尾をぶんぶんと左右に振り、耳を激しくパタパタとさせたルーナは、空振りしたスノウか呆れ顔のフルールへと視線を向けると、心底嬉しそうな声を発する。


 「えへへ…。やっぱり、二人とも面白いね。藍さんと一緒に行けなかったのは素直に残念だけど、こういう同年代での旅も中々良いかも!」


 そのときのルーナの表情には、とても充足した色彩が映し出されていた。彼女は嘘を吐いているわけではない。ルーナという人間に裏表がまるでないのは、とっくに分かっていることだ。


 「そうだ。二人とも、さっきの言葉は撤回させて?」

「さっきの?」とフルールが問う。すると、ルーナは人差し指を頬に添え、鋭く白い犬歯をきらりと光らせて笑った。


「獣人は人間と違って、パートナーは一人って決まってないからね。――夜伽、混ぜてくれたっていいよ?」


 愛らしく、爽やかな笑顔だった。依然として、言っていることは要領を得ないものの、ルーナの少女然とした振る舞いには何だか好感が持てた。


 もちろん、スノウはそういうルーナが気に入らないようで、再び声を荒らげていた。


 彼女らなりのコミュニケーションなのかもしれないが、こうも否定ばかりしていては話が先に進まない。


 スノウも少しはルーナに歩み寄るべきだと考えたフルールが、まぁまぁ、と仲裁に入る。いや、真面目に喧嘩しているのは多分スノウだけなのだが。


 「なんかよく分かんないけど、いいんじゃない?仲間なんだしさ」


 ね、とルーナに微笑んでみせる。


 彼女は獣人らしい、くりくりとした目を大きく見開くと、やがてスノウに怒鳴りつけられるフルールを指差して、童女のように笑うのだった。

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