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雪桜の華冠  作者: null
一部 四章 無邪気な獣人

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無邪気な獣人.3

新しい仲間、獣人の二刀剣士ルーナ。

少しずつ物語が動いていきますので、お付き合い下さい。


今回は短くなってしまっているため、本日中に次をアップする予定です。

よろしければ、そちらもどうぞ。

 「お姉ちゃん!」突如、ドン、と思惟に耽っていたフルールの背中に衝撃が走った。振り返れば、先ほど馬車の中にいた子どもたちが背中に飛びついていた。「ぐ、ぐ…重いよ、君たち」


 きゃあきゃあ、と騒ぎ立てる子どもたちの大声に耳を塞ぎたくなるが、体を支えるために剣を杖の代わりにしているため、それができなかった。


 どうやら、誰かが錠を壊してくれたようだ、と子どもたちの愛らしい顔を横目にしながら考えていると、ふと、自分の前に誰かが立った。陽の光が遮られて、薄闇がフルールの顔に影を落とす。


 「大人気だね、お姉さん」


 顔を上げれば、逆光になった獣人のシルエットがあった。スカートの裾から伸びた足が、健康的な青々しさを放っている。


 「本当、元気が良くて何よりだよ」


 周囲を見渡せば、白煙も晴れていた。立っているのはエンバーズの人間だけ。誰もが傷を負っているようだが、動けなさそうな人はいない。


 ほっとしていいのだろうか、と倒れた兵士の姿を見て、フルールは眉をしかめる。


 やがて、自分にしがみついていた子どもたちが離れ、代わりに獣人の女性のほうに飛びかかった。


 「ルーナっ!遅いよぉ!」

「ごめん、ごめん」


 ルーナ、と呼ばれた獣人の少女は、すっかり安心しきった笑顔を浮かべる子どもたちの頭をそれぞれ撫でると、人差し指を立てて言った。


 「でも、『ありがとう』が最初だぞ?おチビちゃんたち」


 そう言うと、ルーナはくるりとフルールのほうを振り返った。彼女の動きに呼応するように、子どもたちは各々でフルールに寄って頭を下げるなり、飛びつくなりしてお礼を言った。


 「ちょ、はいはい、どういたしまして!分かったから、怪我の手当をしておいで」


「はーい!」と散っていく子どもたち。瞬く間に輝きを取り戻した希望たちを見ていると、とても胸が暖かくなった。


 その行く末を目で追うと、少し離れたところから自分を微笑みと共に見守る、エンバーズの仲間たちが見えた。


 何か言いたげだ。よくやった、なのか、悪くないだろう、なのか、分からない。だが、ちょっと照れてしまう眼差しだった。


 「私からも、ありがとう、お姉さん」いつの間にか隣に来ていたルーナが、やたらと近い距離感で、小首を傾げながら告げる。「初めて見る顔だけど…もしかして、藍さんのところの新入りさん?」


 藍さん、という言葉に、やっぱりこの子もエンバーズだったのかと得心する。


 「え、あ、うーん、そうなるのかなぁ」

「あはは、何その返事!」

「色々と複雑でね。私――」


 そこで、一瞬フルールは言葉を途切れさせた。偽名を名乗ったほうがいいのだろうか、と考えたからだ。だが、どう見てもルーナはこちら側だと判断し、独断で本名を名乗ることにした。


 「フルール、フルール…ヴェルメリオ」


 迷いながらも家の名前も口にする。それを聞いたルーナは目を丸くすると、東堂のほうを見やった。

東堂が呆れ顔で頷くと、ルーナは再びフルールの顔を見つめて、にっと微笑みを浮かべた。


 「お姉さん、本物のヴェルメリオなんだ?」

「そうなるね。一応、桜倉っていう偽名もあるから、東堂さんはそっちを名乗れって言ってくるけど」

「へー…じゃあ、そっちで呼ぶね?あ、私、ルーナ。グラビデ領のエンバーズだよ。よろしく」


 ルーナは二本の剣を腰に下げた鞘に納めるとそう言って握手を求めた。チラリと見えたが、刃には赤黒い血が付着していた。


 「よろしく」


 握り返した手は、普通に人間と同じ感触だった。肉球なんかはないらしい。


 「四大貴族のお嬢様が、何でエンバーズに?」

「言ったでしょ、色々と複雑なんだって」

「ふぅん。ね、後でその『複雑な理由』、教えてね、桜倉!」ぴくぴくっと耳が動く。おまけに尻尾も激しく左右に動き始めた。「ちょっと、大事な用事があるから!」


 そうして弾かれたように駆け出したルーナは、一目散に腕組みした東堂へと向かった。


 弾丸みたいなスピードは目を見張るもので、獣人という人間と似て非なる生き物の特徴を示すみたいだった。


 両手を広げたルーナは、晴天をイメージさせるような明るく高い声で、「藍さぁーん!」と叫んで東堂に飛びかかるように抱きついた。


 「お久しぶりです!ルーナ、藍さんに会いたかったですっ!」


 ルーナは直立不動の東堂の首筋に両手を回し、尻尾をフリフリ、耳をパタパタさせて頬ずりし始めた。そのあまりに明け透けな愛情表現に、見ているこちらも顔が熱くなってしまう。


 大型犬が飼い主に飛びついているところを連想させるルーナの姿は、戦闘の後であるということさえ除けば、耳や尻尾の動きも相まって、大変愛らしいものではあった。


 しかしながら、その好意を向けられている東堂の瞳は冷え切っており、むしろ、迷惑千万とでも言いたげな様子だ。


 「ルーナ、離れろ」

「えぇ、どうしてですか?」


「どうしてもこうしてもない。まずは説教だ」と言い放った東堂は、厳しい手付きでルーナを引き剥がすと、「そこに座れ」とルーナを睨みつけた。


「はい!」


 東堂の命令に素早く従ってみせたルーナは多少道化じみて見えたが、やがて、東堂が絶え間なく今回の一件について責め立て始めたので、雰囲気が少しずつ変わってきた。


 「お前一人で護送車を追ってきたのか」

「はい」

「許可は?当然ないんだろ」

「はい」

「どうしてそんな勝手な真似をした」

「そうするしかないと思ったからです」


「そうするしかない、だと?」じろり、と東堂が睨んだ。「そのために、あの村や獣人族そのものを危険に晒してしまうとしてもか」


「それは…申し訳ないと思っています」


 逡巡するようにルーナは頭を下げる。耳も尻尾も心なしかしょげた様子で垂れ下がっていた。しかし、ややあって、彼女は面を上げて胸を張った。


 「でも、私はそれが間違っていたとは思っていません。戦うことができない小さな子どもには、苦境の中にあって、自分の運命を自分で切り開くことはできない。そんなあの子たちを見捨てるのは、エンバーズとしても、誇り高き獣人としても、筋が通っていないと思いますから」


「勝手なことを。そんなものは現実を知らない青い子どもの理屈だ」

「あはは…そうなのかも、しれませんね」

「笑い事なものか。だいたい、お前は…」


 それからも、東堂はルーナを叱責していた。従順で朗らかな様子を崩さなかったルーナだったが、譲らない言い分は決して譲ろうとはしなかった。


 融通が利かない、という感じではなく、もっと青臭くて、清々しい、若さが煌めかせる眩しさみたいなものがあった。


 最終的には東堂のほうが説教することを諦め、肩を竦めて背を向けてしまった。


 各々のメンバーに後処理や今後のことを指示出ししている東堂の真っ直ぐな背中に、ルーナが我慢しきれない様子で飛びかかる。


 フルールは、ぞんざいに扱われても笑顔を絶やさないルーナに、何だか仲良くなれそうな気がしていた。

お目通し頂いている方々、また、ブックマーク等をし付けて頂いている方、

本当にありがとうございます!

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