表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪桜の華冠  作者: null
一部 四章 無邪気な獣人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/53

無邪気な獣人.2

正義と正義のぶつかりは好きですが、逆に勧善懲悪のストーリーが私は苦手ですね…。

何はともあれ、お楽しみ下さい。

 風は、フルールの長い髪の隙間に入り込もうとするみたいにとても弱々しかった。そっと吹きかけるような流れに、無意識のうちに深呼吸してしまう。


 緊張している、と自覚できた。おそらくは、テオドアと戦う前より。


 東堂の肩越しに見えるのは、車輪が粉々になった一台の大型馬車。そして、それを取り囲む鎧を着た十人程度の兵士たち。


 グラビデ爵の手先だ、と誰かが言った。


 地の四大貴族であるグラビデ爵の領地は、リアズール領から見ると、ヴェルメリオ領がある国境とは反対側に位置している。改めて、川から落ちた際に随分と流されてきたのだと思った。


 「話で聞いていた倍はいるが…増援が間に合ったとも思えないな」

「もしかして、後発隊がいたとかですか?」

「そうかもな。ジュリア、もうみんな位置に着いているか?」


 ジュリア、と呼ばれた女性隊員は首に下げていた望遠鏡で周囲を見渡すと、「はい。合図が返ってきています」と答えた。


 「よし」と頷く東堂。


 後は東堂の合図で煙玉が投げ込まれ、戦いが始まる予定だった。こちらも十人足らずの部隊になるので、虚を突けなければ魔法の有無による戦力差を覆せない、と東堂は語っていた。


 「…近くに来ていると思うんだがな」

「来ているって、誰が?」不思議に思い聞き返す。自分でも驚くほど低い声が出た。声が震えなかっただけマシだと思うことにする。


 「例の獣人だ。彼らは祭りの匂いには敏感だからな」


 やがて、誰もが口を閉ざした。鉛のように重い沈黙に、心臓の鼓動は勝手に激しくのたうち回り出す。


 自分に課せられた役割は、あの動かなくなった護送車から、護送されている人たちを救い出すこと。

もちろん、中身の確認を事前に行なわなければならない。100%見た目で判断出来るとは思わないが、明らかに凶悪そうなら解放は一度考えたほうがいいだろう。


 当然、鍵も掛かっているだろうから、壊せるかどうかも考えなければならない。とにかく、その場で判断しなければならないことが多い。それも、フルールの神経を尖らせている要因の一つだった。


 「よし、行くぞ。頭の上に耳が付いた奴が出て来ても攻撃するなよ」と煙玉に火を点けた東堂が呟く。彼女はそのまま駆け出すと、周囲もまたそれに続いた。


 相手の視界に入る前に煙玉が投げ込まれる。一つではない、分散した他のチームも同様の手段を取って接近するようだ。


 短い破裂音の後、白い煙が馬車の周囲に充満する。ざわめくグラビデ兵の声がするほうへと、各々、一目散に向かった。


 「敵襲だ!」とグラビデ兵が叫ぶ。それを後押しするみたいに、エンバーズらの怒号が透けるような青い空へと木霊する。


 ビリビリした。本当の戦いが始まったのだ。


 ブリザのときとは違い、個人としてではなく組織としてのぶつかり合い。その苛烈さにフルールは思わず足が竦んだ。


 これが戦争のような規模だったら、逃げ出したのかもしれない。


 しかしながら、金属同士がぶつかり合う音で我に返ったフルールは、自分の役目を思い出し、せめてそれだけは果たさなければ、と気力を奮い立たせて自分も白煙の中に飛び込んだ。


 争いの中に足を踏み入れると、背負った剣がやたらと重く感じられた。空気に飲まれかけていることが自分でもよく分かった。


 「確か、こっちだったはず…!」記憶を頼りに馬車の後部へと回る。だが、馬車の影よりも先に鎧を着た兵士の影と出会ってしまった。「くっ…!」


 素早く、背負った長剣に手をかける。


 (覚悟の示し方は、何も殺すだけじゃないっ…!)


 そう言い聞かせて剣を抜きかけたフルールだったが、突如、彼女の横から一つの影が飛び出し、相対していた兵士に躍りかかった。


 影は、湾曲した剣で素早く敵の脇腹辺りを撫で斬りにすると、相手が体勢を立て直す前に流れるような袈裟斬り、斬り上げを放った。


 「こいつらの鎧は魔法障壁をまとっている!死にはせんから遠慮はいらん、自分のところに来た奴くらいは吹き飛ばせ!」


 声から、影の主が東堂だと分かった。彼女はそのまま間髪入れずに斬撃を繰り返すと、風のように背後へと回り、装甲の隙間から一突き、兵士の肩を貫いた。


 噴き出る鮮血と悲鳴に身が竦んだが、再度、東堂から檄を飛ばされてフルールは、「分かった!」と返事をして護送車へと近づいた。


 多少ふらふらしてしまったが、何とか護送車を見つけて扉へと手をかける。


 想像していた通り、鍵が掛けられているが、たいしたものじゃなさそうだ。これなら、叩き斬れる。


 剣を抜いて振りかぶる前に、念のため、中を確認する。


 やばそうな人がいたらどうしようかと思っていたが、格子の隙間から中を覗き込んでみれば、そこに詰め込まれていたのは幼い獣人たちだった。


 ぼろ切れをまとい、耳を垂れて怯えた様子で身を寄せ合う獣人たちの姿に、思わず体に力が入る。


 (なんてことを…!こんな幼い子どもまで、異種族だからって迫害するのかっ…!?)


 彼女らが惨い扱いを受けているのは観察するまでもなく、骨ばった四肢や、肌に浮かんだ青痣、火傷の痕を見れば明白だった。


 (こんなことッ…!)


 やはり、統一国家、ひいては、四大貴族が行っている差別と迫害、弾圧は決して許されたものじゃない。


 生まれや能力で人を分類し、扱いを変える。


 そう生まれたからという理由だけで、ある者は跪き、ある者は跪かれ、またある者はただ捨て去られる。


 そこに人間として尊敬するべきものなど微塵もないし、従う道理もない。


 沈黙は金か、それとも、触らぬ神に祟りなしか。


 ここで口を閉ざし、目を背けるのは、等しく下劣な行為だとフルールは確信する。


 「――私は、こんなものを目の当たりにしても、迷うのか…!?」


 ぎゅっと目をつむってから、顔を上げ、無理やりにでも微笑を浮かべる。少女たちが自分を見ている。躊躇や迷いを見せて不安がらせたくなかった。


 「やぁ、こんにちは。すぐに出してあげるから、待っててね」


 自分でも驚くくらい優しく高い声が出る。頭のどこかで、女の子らしい声も出るじゃないか、と自嘲する。


 初めはフルールですら警戒していたらしい子どもたちだったが、そのうち、彼女がガチャガチャと鍵を鳴らし、やがて、「危ないから、下がっててね」と剣を振りかぶり、渾身の力で打ち据え始めたことで、次第に明るい希望を表情に宿した。


 しかし、二回ほど刃を叩きつけたところで、不意に一人の少女が叫んだ。それにより、フルールはハッとして手を止める。


 「お姉ちゃん、後ろ!」


 振り向くと同時に、反射的な動きで長剣を横に構える。直後、苛烈な一撃が剣の腹を打った。肺の息が勝手に外へと飛び出す。


 「く、この…!」目の前には、グラビデ領の兵士。兜の隙間から見える血走った目には、紛うことなき殺気が込められている。


 今度は、やるしかないなどと言い聞かせることはなかった。


 痣だらけで、ゴミ同然の布切れで包まれた少女たちをその目にしたとき、フルールの中で自然と『覚悟』が決まっていた。


 「お、ま、えたちはぁ!」全身に力を込めて、弾き返す。怒りを薪にして、自分の中の炎が燃えているのが感じられた。「こんな小さな子たちに、することじゃないだろうがっ!」


 フルールが横に振り払った一閃を、かろうじて兵士はかわす。しかし、その空振った勢いのまま放たれた回転斬りをまともに受けて、兵士は鎧の破片を巻き上げながら、徐々に薄れつつある白煙の向こうへと消えた。


 「…あっ、し、死んだ…?」


 我ながら、相手の生死を疑いたくなるほどの痛快な一撃が決まってしまい、フルールは複雑な心持ちのまま煙の向こうを見据えていた。だが、再び、少女たちが警告の声を発したことで、ここが戦場なのだということを思い出す。


 「また来るよ!」


 振り向き、相手を確認する。今度は二人だ、しかも、思ったよりも間合いを詰められている。


 近いほうの一太刀を、斜めに構えた長剣を盾代わりにして防ぐ。すると、すぐさまもう一人が防御姿勢で固まってしまったフルールの側面へと回り込んだ。


 「なっ――」


 多人数戦など、フルールは経験したことがなかった。彼女が腕を磨いた剣術道場では、常に一対一の技量だけが重視されていたのだ。


 かわしたいが、正面の兵士も剣を押し込もうと力を入れてきているので、身を引くことが出来ない。

 斬撃が迫る。刃を白く染める陽光が煙の隙間から差し込んでいた。


 「お姉さん!」獣人の少女の声が響く。「くそっ…!」


 あわや、脇腹に一撃受ける、というとき、フルールと二人目の兵士の間に颯爽と何者かが飛び込んで来た。


 栗色の髪を風で揺らし、革で作られた軽鎧をリズミカルに鳴らした人影は、ふわりとスカートの裾をはためかせると、腰に佩いた二本の剣を素早く抜刀した。


 「ルーナだ!」と囚われの少女たちが叫んだ。


 ぴょこん、と少女たちの声を聴こうするみたいに、頭の上についた毛の生えた耳が小刻みに動いた。


 ――あの耳、間違いない、獣人だ。


 「ほ、本当に来た…!」


 自分と変わらない背丈をした獣人の少女は、その手に東堂と同じ峰の沿った剣を二本持っており、それを交差させて、グラビデ領の兵士へと躍りかかった。


 腰の辺りから伸びたふさふさの尻尾の毛が逆立つ中、驚き呆気に取られていたフルールに彼女は言う。


 「こっちは私が相手をするから、君にはそっちを任せるよ!」


 可愛らしくも、よく通る明朗快活とした声だった。この混戦の最中でも、まざまざとその存在が感じられる。


 相手の呼びかけで、自分も命のやり取りの真っただ中だったことを思い出す。


 そうだ、今は他人の心配なんかしている場合じゃない。


 「分かった!」


 正面の相手に目線を戻す。血走った瞳からは、何とか任務を全うしようという気持ちか、必死さが滲み出ていた。


 しかしながら、相手がこんなことのために必死になっていると思うと、怒りとやるせなさが湧くばかりだ。それでフルールは声を荒げる。


 「お前も…!こんのぉっ!」


 衝突していた剣を体の横へと流し、相手の剣を逸らす。


 互いの間に生じた間合い、それをまた相手が詰めて来る気配を感じ、フルールは体を反時計回りに回転させて、逆袈裟斬りを叩きつけた。


 敵も剣を構えてそれを防いだものの、質量の差でバランスは大きく崩れていた。


 勝機を感じ取り、振り抜いた長剣に逆制動をかける。


 筋肉が悲鳴を上げる音が体の内側から聞こえる。それを無視して、左下から斬り上げを放つ。


 グラビデ兵士が着ている鎧に刃が食い込む。東堂が言ったように、魔法障壁が展開されているみたいな手ごたえだった。


 うめき声が漏れるも、まだ倒れる様子はない。


 (やらなきゃいけない…!いや――)


 斬り上げた勢いのまま、体を回転させる。軸にしている足が、土を抉るように沈む。


 「やるんだっ!」


 ひねりながら、渾身の袈裟斬りを相手の右肩と首の間に叩き込んだ。


 鎧が砕け、兵士の体がガクン、と崩れる。命の糸が切れたみたいな動きに背筋がぞわりと粟立った。


 横たわった兵士に視線を落とす。触れて、生きているかどうか確かめたかった。


 だが、もしも、死んでいたらどうする?


 いや、あんな小さな子どもを傷つける輩の一味なんて、死んでも当然なのではないか?


 …死んでも当然って、何だ。


 死んでも当然の人間って、どんな奴だろう。


 自分の都合で人を氷漬けにしたり、焼き殺したりする人間のこと?


 だけど…それなら自分たちのやっていることだって、自分たちの都合ではないか?


 横たわる彼らもまた、自分と同じように悩みながら必死に家族のためにやっていたら?


 全ての価値基準が、個人の中にしか生まれ得ないことを、私は忘れてはいないだろうか?


 フルールは長い沈黙を保つ兵士の体を見つめ、ゆっくりと目を伏せるのだった。

ブックマークや感想が原動力になります!

「してやってもいいかな?」と思う方は、是非お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ